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海の魔物

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俺は姫につかまり、手紙に指定されていた海岸に来た。他の者は表立って連れて来てはいない。この話を聞きつけた人狼の王やハーピーたちが、勝手に仲間とともに観戦に来て遠くから見ているだけで、トロールやオーガ、コボルト、ゴブリンなど魔王軍の主力は来ていない。
「いいのですか、陛下おひとりで。海は奴らの領域。相手の得意とする場所にノコノコひとり出て来て、大丈夫ですか?」
「ああ、いいんだ。俺の力が見たいとだけ書いてあるから、まずは、俺が会って話をして、全面戦争になるなら、みなを呼ぶ。が、俺一人で済む話なら、それでいい。それに、ここが俺の不利な場所と決まったわけじゃない」
俺はこの世界に召喚された時に感じた自分の特徴についての考察で、まだ試してないことがあった。それを確かめるにはいい機会だと考えていた。
そして、しばらく待つと目の前の海がググっと盛り上がり、その余波の大波が、海岸にいた俺たちを一気に襲った。姫様はすぐに空に逃げ、観戦に来ていた人狼やハーピーたちも津波から逃げるように海から離れた。だが、波をまともに食らった俺は、そのまま波に引っ張られるように沖に流された。
「フッ・・・」
最初はその波に驚いたが、流された海の中で、俺は自由に泳げた。この世界に召喚された直後、自分が、イカやタコやイソギンチャクのような水棲生物じゃないかと思った、そして、今、思った通り、簡単に水に浮いたし、無数の触手で、イカやタコのように自然に泳げた。海水に浸かっても問題はないようだ。
「おお、逃げずに来たか。関心関心」
クラゲのように海に漂う俺に向って、海から現れた巨大なクラーケンに乗っている半魚人の王らしき人影が、俺に笑いかけていた。
しかし、本当にでかいタコだった。俺の世界でも聞いたことある帆船を一匹で沈めるという海の化け物に相応しい巨体だった。俺はクラゲのように海面に浮かびながら、苦笑を返していた。苦笑を返すと言っても、顔はないから声だけだが、言い返した。
「おいおい、人を呼び出しておいて、いきなり海水をぶっかけるとはずいぶんなあいさつだな。まさか、ひとの力を見るのが、こんな失礼な不意打ちじゃないよな。」
俺は触手をうまく使って海面に優雅に漂っていた。
「いやいや、この程度で死ぬような者に、魔王などを名乗られたらたまらん。軽い挨拶ですよ」
「なるほど、挨拶か」
怒りはなかった。あの手紙には、お互い仲良くしましょうではなく、魔王としての力を示せとあった。
こういう荒っぽい挨拶があってもおかしくはない。
「で、俺が魔王を名乗るためには、どうすれば、いい?」
「こいつと戦ってもらう」
半魚人の王は自分が乗っているクラーケンを撫でた。
「こいつと一対一の勝負だ。どうする? 逃げても構わんぞ。その時は、我らは臆病者とは二度と会わんというだけだ」
なんとも、野蛮で分かりやすく単純な力の示し方だ。
「で、勝負を仕掛けておいて、勝者に報償なしというのはやめてくれよ」
「ああ、分かっておる。お前が勝ったらこの魔界の王と認めよう、それから、人魚を何人か魔王陛下に献上しよう。もちろん、人魚たちには、人間の足になれる秘薬も添えてだ。どうだ?」
「いや、魔王と認めるだけじゃだめだ。こちらが協力を頼んだら人間たちと戦うための兵を出してもらう。それが条件だ」
「うむ、良かろう。魔界の王と認め、人魚を献上し、兵も出す。これでいいな」
「ああ、それでいい」
双方が条件に納得すると半魚人の王はクラーケンから飛び降りて、海に入った。
「では、勝負はじめ」
俺は一気に潜るとクラーケンもついてきた。俺の触手を使った泳ぎと巨大なタコのクラーケンは泳ぎ方が似ていた。
俺は海中で触手を伸ばして、クラーケンを拘束した。
タコの足より、俺の触手の方が多く、しかも良く伸びた。
二匹の大きさの違うタコが絡み合うように深海へ。俺の方が数が多く、クラーケンのすべての足を封じても余裕があり、真っ暗な深海へと、限界深度を確かめるようにどんどん海の底に引きずり込んだ。
どれだけ息をせずにいられるか測ったことはない。さて、我慢比べだ。どこまで水圧に耐えられるか。どんどん海面が遠くなり、辺りは真っ暗になり、追って来た半魚人の王も観戦をあきらめて上昇に転じた時、クラーケンも嫌がるように暴れだした。ここがこいつの水圧の限界深度なのだろう。ここから先は深海魚の聖域だろう。おれは、まだ余裕があったが。クラーケンがぐったりして動きを止めたので上昇に転じた。急潜航による水圧の変化に耐えられなくてぐったりしたクラーケンを触手でつかんで水面につれてくると半魚人の王は笑った。
「お見事。まさか素潜りで陸の者にしてやれるとは」
触手で海面まで持ち上げられたクラーケンを、半魚人の王が軽くたたくと巨大タコはビクッと目を覚まし、恥じ入るように足をうねうねさせた。俺とクラーケンとでは、水圧の耐性性能に差が大きかったようだ。さすが、神様のくれた肉体。
半魚人の王は肩をすくめていた。
「こやつは、我々の中で最も大きく、強いのだが、それを潜水勝負で負かすとは。よかろう、我々は、そなたを魔王と認めて必要なとき兵も出そう、献上品もすぐに送らせる」
後日、魔王城に現れた人魚たちは、どれも一級の美人で、当然俺の触手の虜にした。
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