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勇者と共闘

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いずれ人間たちが再び、門をくぐって攻めて来ることを想定して、俺はデュラハンと吸血鬼の姫の二人に、門の近くに堅牢な城を築くことを頼んだ。巨人たちが運んだ石垣を基本に、堀を巡らせて、見た目は武骨だが、堅牢な城郭を築いた。門の近くに城を築くということの重要性は、脳筋の多い魔族たちでも充分に理解でき、コボルトやゴブリンらも積極的に協力して短期間に堅牢な城ができた。さらにその守りとして、手先の器用なコボルトが怪鳥の彫刻を作り、それに姫が魔力を込めてガーゴイルにし、城のあちこちに設置した。つまり、有事にはガーゴイルが空に飛び立ち、城を守るというわけである。
多くの魔族の助けにより数日で立派な城が築城された。石垣のあちこちに置かれたガーゴイルは二百体を超えていた。ガーゴイルは普段はただの石像であるが、姫が念じれば動き出して、頼もしい戦力になる。
門が見え、その近くの賢者の屋敷が見渡せる城壁の上に立ち、デュラハンは満足そうな笑みを浮かべていた。
「この城を見たら、さぞや、陛下も喜んでくださるだろう。そのときの褒美はやはり・・・」
あの触手の感触を思い出して、思わず、身震いした。
しばらく、俺と戯れていないことを思い出して股間がうずいたのだ。
吸血鬼の姫とは違い、デュラハンには俺のもとを自由に行き来できる翼はない。
築城の指揮を執るためここ数日、ここに詰めていた。魔界の要となる大事な仕事なのは分かっている。やりがいのある仕事だったが、俺の触手と離れているのが寂しいと感じられる程度には、彼女は俺の触手に愛着を持ち始めていた。
魔族は人間よりも欲望に忠実であり、邪神様の教えでも、欲望に忠実なことを是としていた
だが、もうすぐだ。巨人たちの協力もあって城の外観はほぼ出来上がっていた。あとは内装を整えれば門ににらみを利かせる立派な城の完成だ。
「ん?」
ふと何かを感じて、門の方を見たとき、門の中から誰かが出て来た。
「あれは、確か」
上級の魔族としての優れたデュラハンの目が、門から出てきた人物を捕らえる。だが、彼女よりも吸血鬼の姫の方が、魔力の感知には長けていて、すぐに門の異変に気づいて、ガーゴイルに魂を込めるのをやめて飛び出し、その人物のそばに舞い降りた。
「おやおや、この門は、確かどこかの神官様が張った結界で通行止めのはず、それを解除して出てくるとは、どこのどなたでしょうか?」
皮肉っぽく声をかけた相手は、その神官本人だったが、来訪者は神官だけではなく、勇者や小さな軍師に赤備えの兵らがぞろぞろ、神官に続いて門を出て来た。
「おや、おや、これはまた、お久しぶりです勇者殿」
戦場で見覚えのある人物に挨拶をするが、彼女たちは姫に挨拶を返す余裕はなかった。なにしろ、彼女たちを追いかけてきた武装集団が門から出て来て、彼らと勇者らが戦闘を始めたのだから。
再び、人間たちが攻め込んできたと思ったが、戦っているのは人間同士なので、姫様は肩をすくめていた。
「ちょっと、ちょっと、なによ、これ。いきなり門から出て来たと思ったら。何の騒ぎ」
「あ、あいつは、どこだ」
勇者が見覚えのある吸血鬼の娘に向かって叫ぶ。
「あいつ?」
「触手野郎だ。お前たちの王様は、どこだ。今すぐ会いたい」
「なぜ、陛下が人間と?」
「どうか、すぐ謁見させてほしいのだ。頼む!」
「勇者が魔族に『頼む』ですか、これは面白い、いいでしょう、陛下への客人として、会わせて差し上げましょう。陛下も、人間界のことは気にかけているようですから」
姫が即決すると、それに気づいたらしい勇者追撃部隊を指揮していた将軍が、叫んだ。勇者たちが魔界に逃げ込むのを見て、魔王と勇者が手を組むかもということは容易に想像できたから、兵たちに慌てて叫んだ。
「く、させるな、早く、早く勇者を討て!」
いくら皇帝へのごますりが得意で出世したとはいえ、敵だった魔王の元に勇者が駆け込む、その結果どうなるか分からないほど無能ではなかった。
「勇者を殺せぇ!」
あくまでも皇帝の犬として働く将軍が、必死に叫んでいた。だが、神官の「戦の歌」で強化された、女戦士と赤備えの皇女らが、魔族と会話する勇者を守っていた。
勇者追撃隊の方が兵は多いが、赤備えの兵士たちと女戦士と皇女と神官が奮戦して、その数的不利をおぎなった。
「うるさいですね。まず、このうるさい連中を排除してから、詳しい事情を聞かせていただきましょうか」
吸血鬼の姫は、できたばかりのガーゴイルたちを呼び寄せた。石の怪鳥が、城から飛来し勇者を追撃してきた兵に襲い掛かった。
硬い石のくちばしで兜ごと兵の頭を突いて潰す。その石の重さを利用してドンとの押し潰すガーゴイルもいた。
「な、なんだ、この化け物は」
「剣が効かん」
全身石なのだから人間を切ることに特化した刃でかなうわけがない。
石のくちばしで兜ごと頭をつぶされたり、石の爪で引っかかれ、血を流す兵がただ増えていく。
石垣を降りて、その場に慌ててデュラハンが駆け付け時には、勇者を追いかけてきた連中が、惨めに門の向こうに撤退した後だった。
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