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54.エピローグ②~責任の所在~
空になったスープ皿を脇に避け、私はレオナルトの差し出した大きな手に自分の指を絡めた。
「……ごちそうさま、クラウディア。今まで食べたどんな供物よりも、私を満たしてくれたよ」
「大げさだって言ってるじゃない。……でも、喜んでもらえてよかった」
レオナルトは私の隣に座り、手首を引き寄せると、その内側に深く、熱いキスを落とした。
彼の碧眼が、どろりと甘い熱を帯びている。
「……君を食べるのも、今でいいかい?」
「……レオ……」
彼の低い声が鼓膜を震わせ、心臓が跳ねる。
レオナルトの顔がゆっくりと近づき、彼の銀髪が私の頬に触れた。
熱い吐息が唇の間近に迫り、逃げ場のない執愛の檻に閉じ込められようとした、その刹那――。
――パチンッ!
静かな部屋に、聞き慣れた音が響いた。
「……いやー、僕の知識と魔法をもってしても、タイミングよく登場するってのは難しいものだね。……やあ二人とも、新しい愛の巣の住み心地はどうだい?」
窓際の空間から、転移魔法でひょっこりと黒髪の魔道士が現れた。
ゼノだ。
彼はいつものように薄笑いを浮かべ、まるで自分の家のように部屋を見回している。
「…………ゼノォ!!」
レオナルトが豹変した。
椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がり、腰に下げていた(家の中でも肌身離さず持っている)剣に手をかける。
その瞳には、先ほどの甘い熱など微塵もなく、怒りと殺意が宿っていた。
「貴様……! この場所へは、緊急時のみ転移していいという約束だったはずだ!」
「おっと、怖い怖い。漆黒の魔力は抜けても、沸点の低さは健在だね。……でも、僕にしてみればこれは十分『緊急事態』だよ。君たちの安否確認は、世界の安定に関わるんだから」
ゼノはレオナルトの殺気をひらりと受け流すと、私の目の前まで歩み寄り、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「ちょっと失礼、クラウディア」
ゼノが指先をかざすと、淡い青色の幾何学模様が私の身体を包み込んだ。
一瞬、身体が透けるような、冷たい魔力が巡る感覚に襲われる。
ゼノはその術式に浮かび上がる膨大な情報を、超高速で処理していった。
「……ふむ。神聖力は完全に消失、根元から枯渇しているね。代わりにレオナルトの魔力が、君の血管の隅々まで『潤滑剤』として機能している。……レオナルト、君、相当な量を注ぎ込み続けているね?」
「……うるさい。彼女が衰弱しないよう、最適化しただけだ」
「はいはい、愛の魔力供給ってやつだね。……レオの方も、うん、安定してる。魔王の種は完全に封印されているようだ。……今の君は、ただの『クラウディア中毒の狂騎士』だね」
ゼノは満足げに鑑定を解くと、勝手に空いている椅子を引いて座り込んだ。
レオナルトは依然として剣の柄を握りしめたまま、怒れる龍のような視線をゼノに突き刺している。
「確認が終わったなら、即刻消えろ。……私の、クラウディアとの時間を邪魔するな」
「まあ待ちなよ。僕が今日ここに来たのは、鑑定だけが目的じゃないんだ。……っていうかさー、ガイウスとも話してたんだけど、君たち、このままうやむやにするつもり?」
ゼノがニヤリと、どこか意地の悪い笑みを浮かべた。
私とレオナルトは、首を傾げる。
「うやむやにって、何を……?」
「何をって、決まってるじゃないか」
ゼノはテーブルを指先でリズミカルに叩きながら、爆弾を投げ込むように言った。
「結婚式はいつするの?」
「………………は?」
私の喉から、間抜けた声が出た。
隣のレオナルトは、石像のように固まっている。
「いやさ、公式には『聖女クラウディアは魔王の攻撃により崩御』ってことになってるじゃん? もう障害とかはないわけで。……けじめって必要じゃない?」
ゼノは楽しそうに、言葉を続ける。
「このままじゃクラウディアは、ただの『銀髪の変態騎士に連れ去られた娘』になっちゃうよ? ガイウスだって、お祝いの準備がしたくてウズウズしてるんだ。……レオナルト、君。まさかこの期に及んで、彼女を『妻』にする覚悟がないなんて言わないよね?」
「なっ……ななな、何を、貴様……っ!!」
レオナルトの顔が、耳まで真っ赤に染まった。
殺意で震えていた手は、今や動揺で小刻みに震えている。
「覚悟、だと……? そんなもの、あの日彼女を抱いた時からできている! 私にとって、彼女こそが唯一無二の伴侶であり、魂を捧げた主だ! 儀式などなくとも、彼女はすでに私の……っ!」
「あー、そういう精神論はいいから。こういうのはドレスとか、誓いのキスとか、公的な証明が必要なものだよ。ねえ、クラウディアも、綺麗な花嫁衣装、着てみたいでしょ?」
ゼノに振られ、私は顔が火を噴くほど赤くなるのを感じた。
花嫁衣装。
レオナルトとの、結婚。
聖女だった頃には、夢に見ることさえ禁じられていた、幸せの極致。
「わ、私は、結婚式をしてみたい……。その……レオが望んでくれるなら……」
私がうつむきながら答えると、レオナルトは机を倒さんばかりの勢いで私に詰め寄り、両肩を掴んだ。
「クラウディア! 望む……望むに決まっている! 君を私の『妻』として、法的にも魔術的にも、そして魂の刻印としても完全に縛り付けられるというのなら、私はどんな悪魔とでも契約する!」
「魔王になりかけた奴が言うと、洒落にならないんだけどね」
ゼノが呆れたようにツッコミを入れるが、レオナルトには聞こえていない。
彼の瞳は、もはや「結婚」という輝かしい未来への執着で、ギラギラと輝き始めていた。
「……ゼノ! すぐに準備を始めるぞ! 世界で最も美しく、最も堅牢な防御魔術を編み込んだ、最高の婚礼衣装を用意する! 式場はこの高台の周囲すべてを結界で囲い、誰にも邪魔させない聖域にして……」
「はいはい。……ま、そういうことなら、話が早くて助かるよ」
ゼノは立ち上がり、満足げに窓枠に腰掛けた。
「準備諸々は、僕からのプレゼントだ。……かつての『聖女』を、この世で一番幸せな『新婦』にしてあげるためのね。……じゃ、今夜のところは退散するよ」
そう言い残すと、ゼノは再びパチンと指を鳴らし、夜の闇に溶けるように消えていった。
後に残されたのは、静寂――そして、先ほどよりも数段熱く、重く、そして甘い空気。
レオナルトは私の手を握りしめたまま、その碧眼に狂おしいほどの歓喜を湛えて、私を見つめていた。
「……クラウディア。こんな形になってしまいすまないが……。私と結婚してくれないだろうか? 今以上に幸せにすると、君に誓う」
レオナルトはひざまずき、騎士の誓いをするように私の手を取った。
「……ええ、喜んで。レオ」
私はレオナルトの手を握りかえし、世界一の幸せを感じながら笑顔を浮かべた。
私たちは、「新婚生活」という新たな章へと、劇的に舵を切ることになったのだ。
「……ごちそうさま、クラウディア。今まで食べたどんな供物よりも、私を満たしてくれたよ」
「大げさだって言ってるじゃない。……でも、喜んでもらえてよかった」
レオナルトは私の隣に座り、手首を引き寄せると、その内側に深く、熱いキスを落とした。
彼の碧眼が、どろりと甘い熱を帯びている。
「……君を食べるのも、今でいいかい?」
「……レオ……」
彼の低い声が鼓膜を震わせ、心臓が跳ねる。
レオナルトの顔がゆっくりと近づき、彼の銀髪が私の頬に触れた。
熱い吐息が唇の間近に迫り、逃げ場のない執愛の檻に閉じ込められようとした、その刹那――。
――パチンッ!
静かな部屋に、聞き慣れた音が響いた。
「……いやー、僕の知識と魔法をもってしても、タイミングよく登場するってのは難しいものだね。……やあ二人とも、新しい愛の巣の住み心地はどうだい?」
窓際の空間から、転移魔法でひょっこりと黒髪の魔道士が現れた。
ゼノだ。
彼はいつものように薄笑いを浮かべ、まるで自分の家のように部屋を見回している。
「…………ゼノォ!!」
レオナルトが豹変した。
椅子を蹴らんばかりの勢いで立ち上がり、腰に下げていた(家の中でも肌身離さず持っている)剣に手をかける。
その瞳には、先ほどの甘い熱など微塵もなく、怒りと殺意が宿っていた。
「貴様……! この場所へは、緊急時のみ転移していいという約束だったはずだ!」
「おっと、怖い怖い。漆黒の魔力は抜けても、沸点の低さは健在だね。……でも、僕にしてみればこれは十分『緊急事態』だよ。君たちの安否確認は、世界の安定に関わるんだから」
ゼノはレオナルトの殺気をひらりと受け流すと、私の目の前まで歩み寄り、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「ちょっと失礼、クラウディア」
ゼノが指先をかざすと、淡い青色の幾何学模様が私の身体を包み込んだ。
一瞬、身体が透けるような、冷たい魔力が巡る感覚に襲われる。
ゼノはその術式に浮かび上がる膨大な情報を、超高速で処理していった。
「……ふむ。神聖力は完全に消失、根元から枯渇しているね。代わりにレオナルトの魔力が、君の血管の隅々まで『潤滑剤』として機能している。……レオナルト、君、相当な量を注ぎ込み続けているね?」
「……うるさい。彼女が衰弱しないよう、最適化しただけだ」
「はいはい、愛の魔力供給ってやつだね。……レオの方も、うん、安定してる。魔王の種は完全に封印されているようだ。……今の君は、ただの『クラウディア中毒の狂騎士』だね」
ゼノは満足げに鑑定を解くと、勝手に空いている椅子を引いて座り込んだ。
レオナルトは依然として剣の柄を握りしめたまま、怒れる龍のような視線をゼノに突き刺している。
「確認が終わったなら、即刻消えろ。……私の、クラウディアとの時間を邪魔するな」
「まあ待ちなよ。僕が今日ここに来たのは、鑑定だけが目的じゃないんだ。……っていうかさー、ガイウスとも話してたんだけど、君たち、このままうやむやにするつもり?」
ゼノがニヤリと、どこか意地の悪い笑みを浮かべた。
私とレオナルトは、首を傾げる。
「うやむやにって、何を……?」
「何をって、決まってるじゃないか」
ゼノはテーブルを指先でリズミカルに叩きながら、爆弾を投げ込むように言った。
「結婚式はいつするの?」
「………………は?」
私の喉から、間抜けた声が出た。
隣のレオナルトは、石像のように固まっている。
「いやさ、公式には『聖女クラウディアは魔王の攻撃により崩御』ってことになってるじゃん? もう障害とかはないわけで。……けじめって必要じゃない?」
ゼノは楽しそうに、言葉を続ける。
「このままじゃクラウディアは、ただの『銀髪の変態騎士に連れ去られた娘』になっちゃうよ? ガイウスだって、お祝いの準備がしたくてウズウズしてるんだ。……レオナルト、君。まさかこの期に及んで、彼女を『妻』にする覚悟がないなんて言わないよね?」
「なっ……ななな、何を、貴様……っ!!」
レオナルトの顔が、耳まで真っ赤に染まった。
殺意で震えていた手は、今や動揺で小刻みに震えている。
「覚悟、だと……? そんなもの、あの日彼女を抱いた時からできている! 私にとって、彼女こそが唯一無二の伴侶であり、魂を捧げた主だ! 儀式などなくとも、彼女はすでに私の……っ!」
「あー、そういう精神論はいいから。こういうのはドレスとか、誓いのキスとか、公的な証明が必要なものだよ。ねえ、クラウディアも、綺麗な花嫁衣装、着てみたいでしょ?」
ゼノに振られ、私は顔が火を噴くほど赤くなるのを感じた。
花嫁衣装。
レオナルトとの、結婚。
聖女だった頃には、夢に見ることさえ禁じられていた、幸せの極致。
「わ、私は、結婚式をしてみたい……。その……レオが望んでくれるなら……」
私がうつむきながら答えると、レオナルトは机を倒さんばかりの勢いで私に詰め寄り、両肩を掴んだ。
「クラウディア! 望む……望むに決まっている! 君を私の『妻』として、法的にも魔術的にも、そして魂の刻印としても完全に縛り付けられるというのなら、私はどんな悪魔とでも契約する!」
「魔王になりかけた奴が言うと、洒落にならないんだけどね」
ゼノが呆れたようにツッコミを入れるが、レオナルトには聞こえていない。
彼の瞳は、もはや「結婚」という輝かしい未来への執着で、ギラギラと輝き始めていた。
「……ゼノ! すぐに準備を始めるぞ! 世界で最も美しく、最も堅牢な防御魔術を編み込んだ、最高の婚礼衣装を用意する! 式場はこの高台の周囲すべてを結界で囲い、誰にも邪魔させない聖域にして……」
「はいはい。……ま、そういうことなら、話が早くて助かるよ」
ゼノは立ち上がり、満足げに窓枠に腰掛けた。
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そう言い残すと、ゼノは再びパチンと指を鳴らし、夜の闇に溶けるように消えていった。
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レオナルトは私の手を握りしめたまま、その碧眼に狂おしいほどの歓喜を湛えて、私を見つめていた。
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