神殺しの英雄

淡語モイロウ

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第一章

#14

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 一際月夜を望める場所から、緩やかな坂道を下った先に集まっている者たちは、一目で真っ当な人間でないことが見て取れた。
 それぞれが武器を携えており、軽鎧や鎧具足を身に付け、尋常ならざる気配を放っている。
 いずれもが野盗山賊の類と見て間違いなかった。
 手段を問わず、弱気を挫き、強奪を当然の行いとするーーー
 そんな連中が一箇所に数十人も集まればいさかいが起きるのは当然だ。
 だからといって、雇い主として金銭を払っている以上、度が過ぎる勝手な行いを許すつもりはない。

「一体、何の騒ぎだ!?」

 目くじらを立てて、近くにいた雇われ護衛の一人に質す。
 背後から突然怒鳴りつけられて、驚いたように振り返ったその雇われ護衛は、何かを説明しようと口を開く。が、どう言葉をたて並べていいものか迷ったらしく、自分の目で確認してくれとばかりに、とある方向へと視線を向ける。
 その態度に思わず顔をしかめるも、仕方なく視線を追うようにそちらへ目を向けると・・・
 何やら言い合うーーーというより一方が言葉を投げつけているばかりの、二人組の姿があった。

「何でお前まで来るんだよ! 一緒にいた子はどうした!?」

「うーん、それがね、僕のこと離してくれないから、首の後ろを手でこう・・・ちょんっ! て」

「ちょんっ! って何だ! お前のはそんなもんじゃないだろうが! てか、置き去りにしてきたのか!?」

「まさかー。誰かに見つからないように、ちゃんと背の高い木の枝に引っかけてきたよ」

「何だ、その扱い! 肉食獣が狩った獲物か!?」

 一人の青年と一人の少女。
 二人は既に周りを取り囲まれていることに気付いていないのか、頓着していないのか、喧嘩・・・というにはあまりにも双方の態度が違いすぎるやりとりを続けている。
 この闖入者たちにどう対処していいものかと、取り囲んでいる雇われ護衛たちも困惑気味であった。
 そんな周囲のことなどお構いなしの二人・・・その間にある距離は不自然なほど離れており、なんとも奇妙な光景として目に映ったが、それらはどうでもいい。
 大事なのは、この二人が招かれざる客だという事実だけ。
 二人をつまみ出すよう指示を口にしかけたが、こちらに気付いた少女がぱっと顔を上げると、軽い足取りで駆け寄ってきた。

「あなたが、領主様?」

 近寄ってきた少女を一目見るなり、思わず目を瞠り感嘆のため息を漏らしてしまった。
 花に喩えるならば、その少女はまだ蕾。今はまだ固く閉じられているばかりだが、この先の数年後には他に類を見ないほど大輪の花を咲かせるだろうことを予感させた。
 ーーー悪くない・・・
 女の色香も漂わない子供に興味はない。が、将来途轍もない美貌を約束された若苗を、自らの手で育て、自分好みに仕込んでみるというのも、また一興ではないだろうか。
 新しく見出した楽しみに、口元を歪めて笑う。
 とても領主という立場ある人間が浮かべているとは思えない、下劣で低俗な笑みだった。
 今は未完成ながらも、数年後には見事な曲線を描くであろう少女の身体を舐め回すような目で見つめているとーーー
 そんな上機嫌に水を差す視線があった。
 少女の背後に距離を空けて立っている青年の、睨み据えるような視線。
 その青年の外見は、完璧の一言に尽きた。
 女の興味関心を引くために、甘い言葉の囁きも愛想笑いも必要ないだろう。
 ただ、そこにいる。それだけでどんな女も潤んだ眼差しを向けてくること確実な、まさに美形と呼ぶに相応しい容貌。
 ーーー気に入らない。
 上々だった機嫌は一気に下降し、不機嫌も露わに顔をしかめる。
 もう一瞬たりともその姿を見ていたくないと、くるりと背を向けて下知を下した。

「その男はつまみ出せ。そっちの娘は捕らえておけ。ああ、なるべく傷は付けんようにな」

 雇い主の明確な命令に、困惑気味だった雇われ護衛たちが動き出す。
 じりじりと、二人を取り囲む輪が狭められていく。
 と、一番近くにいた一人が、少女を捕らえようと手を伸ばしてーーー
 突如として響いたのは鈍い、尚且つ激しい音。
 それは言葉として喩えるならば、ドゴとかバゴとか、とにかく暴力的な音だった。
 驚いて首を竦めた後、咄嗟に振り返ろうとしてーーー
 背後から何かが勢いよく衝突してきたのは、ほぼ同時であった。

「ぎょぼえ!?」

 思わず蛙が潰れたような声を上げて地面に倒れ伏す。
 一体何が起きたのかと、体を起こそうとして、誰かが自分の上に覆い被さっているーーーそれが雇われ護衛の一人だということに気づいた瞬間、頭に血が上った。

「このっ・・・無礼者が!」

 激しい叱責の言葉に、しかし、無礼を働いた雇われ護衛から謝罪の言葉はない。既に気絶している者に、そんなものは望めるはずもなかった。
 顔の中心にはっきりと残る拳の痕ーーー力技で気絶たらしめた痕跡を呆気に取られた表情で見ていたが、ふと視線を上げる。
 そこには、あの可憐な少女の姿があった。
 右の拳を前に突き出す格好は、何かを殴った後の様にも見える。
 まさか、この少女がやったのか?
 頭に浮かんだ疑念を、失笑と共に振り払う。
 有り得ない。あんな華奢な細腕に人を殴り飛ばせる威力などあるはずがない。
 自分にそう言い聞かせていると、真っ直ぐにこちらを見つめる少女と視線がかち合う。
 少女は笑った。朗らかに、可愛らしく、にっこりと笑顔を浮かべていた。
 その瞬間、背筋を戦慄が駆け上る。
 根拠はない。ただ直感だけで悟った。
 あの笑顔は、自分の立場を根底から危うくさせるものであると。

「な、何をしている! 構わん、二人とも始末しろ!」

 震える声を張り上げて、新たな命令を下す。
 少女のことは勿体ない気もするが、そんなことを構っている場合ではないと理性が警告している。
 雇い主の新たなる下知にーーーこちらの方がよほど本来の性分にあっているのだろうーーー雇われ護衛たちは嬉々として応えた。

<言霊を以て命ずるーーー>

 次々に放たれる言葉。武器に施された刻印から解放される言霊の力。
 それは取り囲んだ獲物二人に対しての、抹殺宣告に他ならない。
 もはや嬲り尽くされるばかりの相手を前に、先陣を切ったのは珍奇な武器の使い手だった。
 その武器を一言で言い表すならば、鎖付きの鉄球。
 鉄球の表面にはびっしりと棘が生えており、相手を傷つける意図がありありと窺える。
 武器としては何とも扱いにくそうに見えるーーー事実、それは到底まともに扱えるものではなかった。
 ・・・言霊の力がなければ。
 重く風を切りながら振り回されていた鉄球が、轟然と放たれる。
 その瞬間、鎖が異様なほど伸びて鉄球に追随する。
 有り得ない現象を生み出しているのは、当然言霊の力に因るものだ。
 人間の頭部ほどの大きさがある鉄球は、本来ならば投げつけるどころか、持ち上げることすら厳しい。
 それを可能にしているのは、使い手の腕に刻まれた刻印ーーーおそらくは腕力を特化する効力を発揮できるものだろう。
 鉄球が獲物と定めた少女に迫る。当たれば痛いどころではないことは一目瞭然だ。
 その脅威に対して少女は、何ら臆することなく平然と蹴り返した。
 返礼された鉄球は、投げつけた時より遙かに凄まじい速度で使い手の許へ帰還するや、その腹部に直撃・・・のみならず、まったく勢いを落とさないまま茂みの奥の奥の奥まで吹き飛ばしていった。
 ーーーうわあ、痛そう・・・
 その光景を目の当たりにした誰しもが驚愕の後、まったく同じ感想を胸中で呟いた。
 これにより、雇われ護衛たち全員が理解する。
 単身で挑んで勝てる相手ではない、と。
 今度は視線で意思を合わせた数人が一斉に飛びかかる。
 数で押せば押し切れる・・・その考えはあまりにも浅はかであり、相手を見縊みくびっていたのだと即座に思い知らされた。
 束になって飛びかかったことにより、蹴りの一撃で一掃されるとは想像だにしていなかったのだろう。
 一人を蹴り飛ばせば、すぐ横にいたもう一人に当たり、次はその横の・・・
 人が人を巻き込む連鎖で、まとめて吹き飛んでいった。
 その様を見て怯む気持ちは、確かにあるだろう。だが、この場に集められて雇われ護衛を担っているのは、己の技量と刻印の施した武器に揺るがぬ自信を持つ者ばかりである。
 むしろ、誰かがやられる度に我こそは、と猛者としての血を滾らせて挑んでいく・・・そしてやられる。
 そんな様子を、完全に標的外とされて放置状態のエリックは頬を引き攣らせて見守っていた。
 不本意とは言え、ここまで行動を共にした少女が普通ではないことは既に承知済みである。
 だが、ここまでとは・・・
 驚愕すべきことに、少女は一切言霊を使っていない。
 思い返せば、ありとあらゆる場面で使っていた試しがない。
 言霊の力に対抗できるのは、同じ言霊の力だけ。
 常識として世の中に浸透している事柄を、あの少女は身体能力だけで破っていた。
 速さと鋭さを増した刃も、決して狙いを外さぬ矢尻の正確さも、岩をも砕く打撃も・・・
 全てが少女に届く前に無効化されて、意味の成さないものへと成り果てる。
 化け物・・・
 以前にも抱いた感想を、もう一度少女に向けて送る。
 常軌を逸して余りある様相に、戦慄にも似た念を抱いていると・・・
 視界の端で動く人影があった。
 はたと視線を向ければ、この騒ぎに乗じて逃走する肥満体の姿を見つけた途端、呆けていた思考が鮮明となり、目的を思い出す。
 ーーー逃がすものか!
 その後ろ姿を、当然のようにエリックは追う。
 雇われ護衛たちは少女という強敵に掛かり切りで、邪魔する者は誰もいなかった。
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