加藤くんと佐藤くん

春史

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「今週の金曜日、佐藤くんの歓迎会だって」
 橘先輩から出欠確認の紙が渡された。加藤は課長と話している佐藤をチラリと見る。
「先輩は参加ですよね?」
「もちろん参加するよ。悠季もだろ?」
 そうですよね、と出席に丸をつける。それぞれ終業時刻がばらばらなため、加藤のいる課は全体での飲み会は少ない。歓送迎会、仕事納めの忘年会、年度初めの決起会くらいなので、よっぽどの事情がない限り強制参加である。それでも毎回律儀に回ってくるその紙を、向かいの人に手渡した。
「どうだった? 佐藤くん、回りながら思い出話でもできた?」
「いやーそれが全然で…」
 親しげに話すような間柄ではなかったので、長い間会っていなかった分余計に何を話せばいいかわからないのだ。加藤は正直に答えた。
「なので、ほぼ仕事のことばっかで…昼飯も結局時間なくなっちゃって、ゆっくり食べれなかったし」
「そうなの? 佐藤くん、悠季と顔合わせたときすごく嬉しそうだったじゃん」
 今朝の佐藤の笑顔を思い出し、更に加藤は首を捻った。
「うーん…」
「あ、待って待って。今日晩飯行こう。ゆっくり聞かせてよ」
「ゆっくり話すようなことでもないですけど…」
「いーじゃん、今日はもう終わりだろ?」
「ですね」
 決まり、と橘先輩がパソコンや書類を片付け始めたので慌てて加藤も後に続いた。
「お先でーす」
「お先に失礼します」
 二人で部屋を出ようとしたら、机に戻っていた佐藤とばっちり目が合った。目を逸らすのも感じが悪いかと咄嗟に手を振ると、佐藤は嬉しそうに手を振り返した。


「で? 佐藤くんとはどんな感じだったの?」
 いつものファミリーレストランで橘先輩がメニューを開く。
「うーん…さっきも言ったんですけど、俺佐藤くんとは別に仲良かった訳じゃないんですよね。小中が一緒で同じクラスになったこともありますけど、グループも違うかったし」
 うんうんと頷きながら先輩は俺これ、とハンバーグ定食を指す。タッチパネルで二人分の注文をすると加藤は続けた。
「連絡先も知らないくらいだし、久々に会ったからってなんか気まずいっていうか…」
「でもさっきも言ったけど、佐藤くんはなんか悠季と会えて嬉しそうだったよね?」
「…誰にでもあんな感じの奴なんだったと思います…」
 そう、誰に対しても優しく人懐こい奴だった。入学当初は話していたような気もする。話さなくなったのはいつからだったのだろう。
「悠季は佐藤くんのこと苦手だったの? なんで?」
「すっげーしょーもないんですけど、」
 そう前置きしてから、名字の聞き間違いが何度かあり、そのせいで中学の頃に嫌な目に合ったことがあることも話した。佐藤自体が問題だった訳ではなく、周囲の目が嫌だったのだ。
 橘先輩はなるほどねぇと届いたハンバーグを一口食べる。
「二人が正反対だからなんか面白いってのはまぁわかるっちゃわかる、かな。佐藤くんは爽やかイケメン系だし、悠季は可愛い系だもんね」
 口に含んだ水を吹き出しそうになり慌てて飲み込む。
「可愛い系なんかじゃないですよ! 根暗とかオタクとか言われてましたから」
「そいつらは見る目がなかっただけだよ」
 橘先輩がじっと加藤を見る。加藤は恥ずかしくなって目を逸らした。
 橘先輩──橘千種の第一印象は、綺麗な人、だった。切長の目に通った鼻筋、白い肌に薄い唇。初めて話掛けられた時はとても緊張した。見た目に反してチャラいところがあるが、明るく面倒見がよい上に話し上手聞き上手で、成績も常にトップなのだ。営業先でもたくさんのファンがいるとは、他の先輩の談である。そんな橘先輩は何故か加藤をとても可愛がってくれている。
「佐藤くんはいい子そうだし、また仲良くできるよ。後輩になる訳だしね」
 橘先輩に言われると、そうな気がする。あまり身構えなくてもいいのかもしれない。
「それにしてもこの年になって地元でもない所で再会するなんてすごい偶然だよね」
 加藤は注文したパスタを食べると、確かにと頷いた。

「なんかデザート食べる?」
 先に食べ終わった橘先輩がメニューを見ながら聞く。
「いや、今日はやめときます」
「じゃあ俺もやめとこー」
 メニューを元に戻した先輩が窓の外に目をやると、あ、と声を上げた。
「なんかありました?」
「あれ、佐藤くんじゃない?」
 続いて加藤も見ると、確かに佐藤だった。加藤の自宅方面へ歩いている。
「悠季と同じ方向だよね?」
「そうですね…すげー偶然…」
 加藤と橘先輩はたまたま同じ最寄駅だがアパートの位置としては反対側にある。この辺りはアパートはたくさんあるので不思議ではないが、珍しいこともあるものだと加藤は思った。橘先輩も同じように思ってい様子で去っていく佐藤を見ていた。
「佐藤くん初日なのに結構遅くまでいたのかな。俺らもそろそろ行こうか」
「ですね」
 席を立つと橘先輩が一緒に支払ってくれた。いつも加藤も財布を出すのだが、毎回断られてしまう。その代わり喫茶店やちょっとしたお菓子なんかを加藤はお返しにするようにしているが、それでも申し訳なく感じている。
「ごちそうさまでした」
 店を出て加藤が頭を下げる。気にすんなと橘先輩は笑う。
「じゃあまた明日」
「はい、お疲れ様です」
 それぞれ自宅への道を歩き出す。加藤は明日のスケジュールを思い出しながら帰路についた。




 
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