私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
12 / 38

12 考える



結局、その日もネイトは屋敷の門から一番遠い場所で馬車を降ろされた。

屋敷を横目に見ながら歩いて門へ向かう。


―――何もしない駄犬―――


ネロという犬のことだ。

だがネイトは落ち込んでいた。
自分と毛色と瞳がそっくりな犬。

自分のことを言われた気がしていた。

侍女長だったヘレンのこと。
スカーレットの妹、ステイシーのこと。

気にはなっていた。
心に引っかかるものはあった。

《ヘレン》の名を聞いた時の侍女の反応。
マティアスが《花のよう》と言ったが、噂もなく誰からも聞いたことはなく、
姉スカーレットの結婚式にも姿を見せなかったステイシー。

少し調べれば、すぐにわかったことを
調べなかった。

何もしなかったのだ。

主人を支える執事として、最悪ではないか。


前回は早く屋敷へ戻らねばと急ぎ足で進んだが、今日はそんな気力はなかった。
俯き、とぼとぼと歩く。

そんなネイトの耳に、屋敷の中から何人かの声が届いてきた。
屋敷の端だ。
どうやらこの辺りは仕事をさぼる時の良い休憩所になっているらしい。


「どうなるのかねえ。
暴言吐いて結婚式は中止。それだけでもいい笑いものになってるのに……。
この上、もし離婚なんてことになったら……」

「なるんじゃないか?離婚に。どう考えても」

「そうしたらどうなるんだよ、この屋敷は」

「マティアス様、ご両親とご長男様に絶縁されたんだろ?
まずいんじゃないか?
俺たち、ここに見切りをつけて別の屋敷で雇ってもらった方が……」

「そうだな。早い方が良いだろう。雇ってくれるところを探し始めるか」

「いいところが見つかればいいけどな。
全く、なんてことしてくれたんだよマティアス様は。こっちはいい迷惑だ」

「昔からなんか頼りない方だったが。ここまでとはなあ」

「少しはしっかりしてくれないとな。
やっちまったことは仕方ないが、次は離婚だなんてごめんだぞ」

「そうだけど。あれじゃ、どうしようもないだろ。
マティアス様は何にもできずおろおろ、奥様は毎日実家にお帰りときた」

「酷いもんだよな。奥様も。嫌味で夜、寝るために帰ってくるだけだぜ?
なんだかんだ言っても、もうこの屋敷の奥様になったっていうのに。
それをなんだよ、あの態度」

「マティアス様が下手に出るからつけあがってるんだよ。
マティアス様も強気でせめりゃあいいのに」


かあっと頭に血がのぼった。


確かにマティアスの結婚式での行いは酷いものだった。
恋愛結婚で結ばれたマティアスの両親と兄はマティアスを許さなかった。

中断した結婚式で。

マティアスの両親と、そして兄夫妻は、
自分がしてしまったことに茫然自失となっていたマティアスより先に、花嫁スカーレットの家族とスカーレットに跪いて謝罪した。

大勢の参列者の前で。
自分たちの方がはるかに高位であることなど全く関係なしに深く頭を下げた。

そしてその場でマティアスに絶縁を言い渡したのだ。
期間はスカーレットとその家族全員に許しをもらえるまで。

許してもらえなければ――そう。
離婚ならば一生絶縁だ。

だから話は間違いではない。

スカーレットが毎日実家に帰っているのも本当だ。


もともとの原因は夫マティアスにある。
だがそのマティアスではなく
こんなふうに妻であるスカーレットを責める者もいる。

この国では夫の方が妻より社会的地位が上だ。
それが理由で
《妻は従えるもの》と考える奴もいるのだ。

人はそれぞれだ。
考え方が違う。

しかしネイトは話をしている者たちが許せなかった。

怒鳴ってやろうと口を開く。


だが―――


――「本当に駄目ね。貴方、執事でしょう?
怒るなとは言わない。けれど平静を装うくらいしなさいよ」――


スカーレットに言われたことを思い出して動けなくなった。

そうだ。
この場で、感情のままに話している者たちを怒ったところで何になる。

この場限りで終わるだけだ。
何も変えることができない。

自分は執事なのだ。
若くとも、主人を支え男性使用人たちをまとめる立場。


ネイトはぐっとかたく拳を握り
湧いてくる怒りを抑えた。

怒るな。感情に流されるな。
考えろ。

どうしたら良い?


――「憶測でものを言わないことね。調べるくらいできるでしょう。
本当のことで勝負しなさい。
そうでなければ執事は務まらないわよ?」――


再びスカーレットに言われたことを思い出す。


木と柵の間からちらりと見える姿。
そして聞き覚えのある声。

ネイトは話をしていた者、全員が誰なのか。
覚えてから屋敷の門の方へと歩き出した。

調べてやる。
その性格、勤務態度、生活、他にも。

相手を知る。
そして本当のことで勝負する。


―――相手にもっとも効く叱り方を考えるのだ―――


「―――――」


ネイトはぴたりと足を止めた。
しばらくそのまま立ち尽くす。

そして

突然、走り出した。

走りながらネイトは考えた。


スカーレットと、彼女の執事ギルが自分に対して距離が近いのは、
自分と毛色と瞳がそっくりなネロという犬のせいだった。

それは本当のこと。

では

スカーレットが、ヘレンのことを教えてくれたのは?
お仕着せを新しくするようにと提案してくれたのは?

スカーレットは、自分に酷いことを言ったお詫びだと言った。

そうかもしれない。
確かに執事の自分の助けになることだ。

けれど
それだけ、なのだろうか。

朝早くから夜、暗くなるまで実家の屋敷に行っていて夜だけ帰宅する。
その生活にはマティアスをはじめ屋敷の者は、誰も入り込む余地がない。

自分を含めて屋敷の者はたぶん皆、それを
先ほど使用人たちが言っていたように《嫌味》だととっている。

関係を改善する気がないと、思い知らせるための行動だと。

だが

それは想像。
そう思っているだけだ。

本当は?


――「調べるくらいできるでしょう」――


ネイトは決めた。
スカーレットが言ったのだ。

調べさせてもらおう。
彼女の全てを。

彼女を知るのだ。

そして
本当のことで勝負する。


―――彼女が本当に望んでいることを見つけるのだ―――


感想 193

あなたにおすすめの小説

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

嘘つきな貴方を捨てさせていただきます

梨丸
恋愛
断頭台に上がった公爵令嬢フレイアが最期に聞いた言葉は最愛の婚約者の残忍な言葉だった。 「さっさと死んでくれ」 フレイアを断頭台へと導いたのは最愛の婚約者だった。 愛していると言ってくれたのは嘘だったのね。 嘘つきな貴方なんて、要らない。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 11/27HOTランキング5位ありがとうございます。 ※短編と長編の狭間のような長さになりそうなので、短編にするかもしれません。 1/2累計ポイント100万突破、ありがとうございます。 完結小説ランキング恋愛部門8位ありがとうございます。

愛は全てを解決しない

火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。 それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。 しかしデセルバート家は既に没落していた。 ※なろう様にも投稿中。

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。