私はただ一度の暴言が許せない

２０ これまで スカーレットside

「刺繍でもしながらゆったりと暮らしていただけるように、努力します」

私が最初に会った男性に言われた言葉だ。


貴族なのに夜会やお茶会どころか、屋敷に誰ひとり招かない貴族らしからぬ家。
そんな私の家でも一応は爵位と領地を持つ貴族の家だ。

どこから情報をつかんでくるのか。
長女で跡取り娘の私には、数は多くなくとも釣書が届いていた。

婿養子に入りたいと望む、貴族の子息。
このままなら将来平民となる、継ぐ爵位を持たない長子以外の子息たちのものだ。


様々な家の子息たち。
だが彼らが言うことは決まっていた。

「領地のことは私が上手くやりますのでご心配なく」

自分は男性だから。

「貴女は家を守り、跡取りとなる立派な男の子を産んでください」

私は女性だから。


そして彼らは全員、最後には判で押したように同じことを言った。

「領地経営に携わっているのですか？女性なのに？
苦労なさっているんですねえ。
でももう大丈夫です。
私の妻となってくだされば《そんなことはさせませんよ》」


家を守るのは大切なことだ。
子を産むのは男性にはできない。
それを求められるのが嫌だとは言わない。

けれど。

私は顔を合わせた男性たちに「結婚の申し込みを受けます」とはどうしても言えなかった。

もちろん、大切な妹ステイシーに会わせようとも思わなかった。


わかっていた。
彼らがこの国の貴族の普通。
変わっているのは自分の方だ。


それでも
私は譲れなかった。


――「どうして女の子じゃだめなの？」――


小さい頃から何度もそう言って泣いて父を困らせた。
女の子だから父の跡を継げないと言われてからずっと。

それがこの国の国王陛下が決めた法だから。

それを知ってから
私はずっと思っていた。


女性でも爵位と領地を持てるように
国王陛下に法の改正をお願いしたい、と。


でも私は下位貴族の娘だ。
国王陛下に謁見など許されない。

たとえ許されたとして、下位貴族の小娘ごときが
《女性にも爵位を継ぐ権利を》と訴えたところで相手にされるはずがない。


諦めるしかなかった。
けれど。
運命とは不思議なもので、国王陛下にお願いできるかもしれない日が訪れた。


マティアスからの結婚の申し込み。

驚いた。

彼はすでに彼のお父様から爵位を受け継ぎ、一人前の貴族となっていた。
婿養子になってもらうことはできない。

私は悩んでお父様に相談した。

お父様は笑って

「私に相談するということは、もう決めているんだろう？
言ったろう？ウチのことを気にする必要はない。
―――お受けしなさい。
おめでとう、スカーレット。幸せになるんだよ」

と言ってくれた。


私は彼の求婚を受けた。

理由はマティアスが高位貴族の息子だったからではない。

けれど、
期待する気持ちは止められなかった。

マティアスにも。
高位貴族であるマティアスの実家の力にも。


結婚前は会えなかった。

作物の病気が流行り、あっという間に国中に蔓延したせいだ。
お互い何とかしようと必死で。
対策を相談する手紙のやりとりしかできなかった。

だから結婚してから相談しようと思っていた。

実家の後継者をどうするか。

私の実子。
養子。
それとも……父がいうように、諦めるか。

本当は自分が父の跡を継ぎたいのだと打ち明けようと思っていた。
マティアスはあの釣書の婿養子希望者たちとは違う。

女性でも爵位と領地を持てるように。
国王陛下に法の改正をお願いしようと言ってくれるかもしれない。

そんなこと無理よ、と思う反面
やはりどうしても期待する気持ちは止められなかった。

私はマティアスに多大な期待をしていたのだ。

けれど

結婚式にマティアスの暴言を聞いて
期待は見事、粉々に打ち砕かれた。