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番外編
01 今まで ステイシーside
しおりを挟む私は自分の顔が嫌いだった。
この顔のせいで10歳になるまでに三度、攫われそうになった。
11歳の時には、お父様が屋敷に招いた知人の男性に空き部屋へ連れ込まれそうになった。
声が出せなかった。
動けなかった。
私を探しに来てくれたお姉様が、何か叫んで花瓶を男性にぶつけた。
そして踏んだ。
私はお姉様に縋って泣いた。
恐怖から解放された安堵からと、何もできなかった情けなさで。
それから両親は屋敷に人を招くことはなくなった。
お客様は誰も来なくなった。
私が屋敷にいるせいだと気づかないはずがなかった。
私には、どこに行くのも一緒の三人の侍女がつけられた。
「あの子を外には出さないように」
両親が侍女たちに言っているのを
「ステイシーお嬢様がお可哀想です。
美しすぎるお顔のせいで、外にも出られないなんて……」
そのあと侍女たちがそう言ったのをこっそりと聞いて
私はますます自分の顔が嫌いになった。
そして
そんな自分が家にとって、とんでもなく迷惑な存在であることを理解した。
お昼寝がしたいからと昼間からベッドに潜り込んで、私は泣いた。
自分はもう、一生そうしているしかないと思った。
そんな私を「行くわよ」と言って
迎えにきたのはお姉様だった。
大きな荷物と、乳姉妹のベスも一緒だった。
外にいる私付きの侍女たちに、一緒に遊ぶと言って通してもらったのだろう。
でも……《行くわよ》?
涙が止まった。
きょとんとして「どこに?」と聞く私に
お姉様は「外に」とあっさり言った。
―――お姉様は聞いていないんだわ。
そう思って私は告げた。
お父様とお母様が私を外に出さないように言ったことを。
お姉様は笑い飛ばした。
「そんなの屋敷の者たちを欺く嘘に決まっているじゃないの。
お父様とお母様が、貴女を閉じ込めるわけないでしょう」
「……え?」
「《外に出すな》と言って侍女を三人もつけたのよ?
これで誰も貴女が《外に出る》なんて思わない。
楽しいでしょ。
みんなに内緒なの。
――ほら、早くこの服に着替えて。
ベッドにはベスにいてもらうから」
お姉様と一緒に来たベスが私のベッドに潜り込み
私はベスと同じ服を着て、ベスと同じ髪色のかつらを、帽子を深く被り
お姉様に手を引かれて部屋を、馬車で屋敷を出た。
誰にも気がつかれなかった。
「脱出成功!」と笑ったお姉様を見て、ベッドで流した涙とは別の涙が出た。
その日に行った広場で食べた屋台のお菓子の甘酸っぱい味も香りも
清々しい空気も、敷かれていたレンガの色も空の色も全部覚えてる。
私の宝物だ。
屋敷ではお姉様と遊び、学んだ。
その後も、何度も変装してお姉様と出かけた。
お母様が私が屋敷にいるように見せかけてくれて、ベスも一緒に外へ行くこともあった。
成長してから、外ではお父様の信頼する護衛がいつも近くで見守ってくれていたことを知った。
そのうちの一人が、たまに外で会うギルだということを知った時は笑った。
王都の屋敷でも、領地の屋敷でも。
そんなふうに家族に支えられて私は楽しい日々を送った。
特になんといってもお姉様だ。
お姉様がいるから私は、生きていられる気すらしていた。
―――そうして私は14歳になった。
お姉様は16歳になっていた。
あと二年で成人。
跡取り娘のお姉様には、この家に婿養子に入ることを望む貴族の子息から釣書が何枚も届くようになったけれど
お姉様は誰も選ばなかった。
お姉様にどうして?結婚は、どうするの?と聞くと、お姉様は言った。
「このままの私を望んでくれる人がいたらね」
―――お姉様には、想う方がいるのかしら。
令嬢向けの物語を読むのが好きだった私は、ぼんやりとそう思った。
屋敷にお客様は来なかったけれど、親戚はたまに来た。
その中にはお姉様に似合う年頃の従兄もいる。
お父様の弟――叔父様の息子でお姉様と私の従兄だ。
いつも私たち姉妹にお土産を持ってきてくれる明るい人だった。
いとこ同士なら結婚できる。
―――もしかしたら、お姉様は……
私はそんなことを、呑気にも考えていた。
そんな時、私は叔父様がお父様に自分の息子――従兄と、お姉様を結婚させてはどうかと提案していることを知った。
お姉様は従兄が好きなのかもしれない。
もしそうなら叔父様の提案を喜ぶだろう。
けれど私は胸が苦しかった。
お姉様を失うような寂しさを感じた。
でもお姉様には幸せになって欲しい。
二人が結婚するなら祝福しよう。
そう思っていた。
けれど。
ある日。
庭で本を読んでいると、屋敷に来ていた従兄が私のところにやってきた。
従兄は侍女たちには聞こえないように囁いた。
ねえステイシー。
僕、スカーレットと結婚しようと思うんだ。
そうしたら、その時はステイシー。
僕の愛人に―――――
私は従兄に本をぶつけて走り出していた。
うまく息ができなかった。
泣きながら走った。
気づいたから。
お姉様が結婚相手を――婿養子を決めなかったのは、
きっとこの屋敷にこんな私がいるせいだと気づいたから。
お姉様の幸せを願っていた。
なのに私が邪魔をする。
この顔で。
お姉様が外に連れ出してくれた。
家族が私を支えてくれた。
私は変わったと思っていた。
変われたと思っていた。
でも……違った。
小さい頃から何も変わっていない。
私は結局、迷惑な存在でしかないのだ。
いきなり走り出したので、侍女たちは私に追いついていなかった。
私は自分の部屋に戻るとドアに鍵をかけ―――ひとり泣いた。
ドアの外からは侍女たちの声が聞こえていたが無視して泣いていた。
ふと顔をあげると
暖炉にあった火かき棒が見えた。
―――この顔さえ……なかったら―――
一番早かったのはお姉様だったそうだ。
お姉様は執事の持つマスターキーを使って私の部屋のドアを開けた。
一番初めに部屋に飛び込んだのはお母様だったという。
お母様は私の持つ火かき棒を素手で掴んで離さない私と揉み合いになった。
お父様はそんな私とお母様に水をかけたらしい。
正気に戻った時。
私はベッドの上にいた。
両手で顔に触れる。
……なんともなかった。首と肩は焼けるように痛むのに。
声もなく笑った。
枕元にはお姉様だけがいた。
私は声を絞り出し言った。
言わずにいられなかった。
「こんな顔、だいきらい」と。
大っ嫌いよ。こんな顔。
こんな顔でなければ。
こんな顔で産まれてこなければ―――――
吐くように、言った。
少しして。
私の言葉を黙って聞いていたお姉様は
「私は大好きよ」と言った。
私は大好きよ。
ステイシーの顔。
見ると嬉しくなるの。
ねえ、ステイシーが生まれてきてくれて
私がどんなに嬉しかったかわかる?―――――
そして
私の手をとると
苦しそうに言った。
「貴女に狂った仕打ちをした奴らのことも、
貴女を守りきれなかった私のことも怒ってくれていい。
けれどお願いよ。
さっきの言葉。
お母様にだけは……言わないでね」
見開いた目からは、涙が溢れてきた。
お姉様に、私を《守りきれなかった》と言わせてしまったこと。
私を産んでくれたお母様の気持ちを
お姉様のように思いやれなかったこと。
どうして私は、こんなに情けないのだろう。
どうして無力なのだろう。
「強くなりたい」
自然と言葉が出ていた。
強くなりたい。
お姉様のように。
私だって
「いつまでも守られているだけなんて嫌」
「ステイシーはずっと私たちを守ってくれているじゃないの」
私の言葉を聞いたお姉様はそう言って笑った。
きょとんとして言葉のでない私に
お姉様は「貴女がいてくれるからみんな笑顔になれるのよ」とあっさり言った。
お姉様に抱きしめられ私は泣いた。
そのうちやってきたお母様が、お姉様と私を抱きしめて
そのあとお父様が、お母様とお姉様と私を抱きしめてくれた。
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