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第一章
02 逃げる
しおりを挟む「本当に……妃にと望む私の申し出を受けてはくれないのか?」
まだ言うの。
もう、うんざりなのに。
何度言われても私の返事は決まっている。
「はい。お断りいたします」
それしか言わない。
「私は……諦めきれない。どうしても君がいい。
せめて少し、考えてはもらえないだろうか」
私は――笑った。
殿下――彼は眉を寄せる。
「何がおかしい」
「殿下。ではお聞きしますが何故、私なのですか」
「それは……先程――」
「――教養。社交性。気品。性格。そして評判、でしたか。それならば私程度の者など山とおりましょう。それ以上の方も、もちろんおられるでしょう」
「そんなことはない!君は――」
「――この容姿なのでしょう?」
「……は?」
貴方がいつも一緒にいた可愛らしい女性。
髪色は蜂蜜色だったり、亜麻色だったり、緋色だったり。
瞳は琥珀色だったり、榛色だったり、若葉色だったり。
さまざまな女性たちだったけれど、全員が庇護欲を誘うようなたおやかで可愛らしい女性ばかりだった。
―――《今の》私の、見た目のような
だからこれほど言うのね。《妃に》なんて。
ねえ、知らないでしょう。
貴方が熱い眼差しを向けている可愛らしい女性の中身は私なのよ。
《見た目》が違うだけ。
舌打ちした
冷たい目で見た
「これほどつまらない女だとは思わなかった」と言い放った
貴方の大嫌いな私、なのに―――
もう………たくさんよ。
「お望みなのはこの容姿なのでしょう?はっきりそうおっしゃればいいのに」
「違う、私は――」
「でも……知っていますか?こんなもの、すぐになくなるんですよ。
例えばほら……少し爪で引っ掻いてやれば」
彼が叫んだ。
「――なにをするっ!」
頬にほんの少し痛みがはしる。
ほんの少しだ。こんなもの何でもない。
蒼白な彼に笑ってみせる。
「もう傷物ですわ。
これで未来の王妃にはなれませんわね」
「なんてことを……」
「お気に召しませんか?ではどこか体の一部を潰しましょうか。
二度と人前に出られないように」
「やめろ!何を言っているんだ、自分自身を傷つけるなんて!君が――」
「――これほどつまらない女だとは、思わなかった?」
「―――」
「お話はなかったことにしてくださいませ。
私とて、痛い思いをするのはもう懲り懲りですから。
――それでは失礼いたします」
二度と会うものか。
そう覚悟を決めて一歩を踏み出す。
家には帰らない。
殿下――彼には、私のことなど諦めるようにと言った。
それでもと望むなら私がどんな手に出るか……わかっただろう。
追っては来ないはずだ。
けれど、陛下がすでに動いているかもしれない。
あの強欲な両親なら二つ返事で私を王家に差し出すだろう。
逃げるんだ。
遠くへ
できるだけ遠くへ
足よ、震えないで!
動いて!
乗ってきた馬車を見つけた。
御者に急いで馬車を出すように言う。
万一を考えて準備しておいて良かった。
馬車の中で着替え、髪を切り外をうかがう。
どこかで馬車から飛び降りなければならない。
速度が落ちる場所は―――
降りてしまえば夜の闇が包んでくれる。
私がいないことに気がついても遅い。もう、見つからないだろう。
宿もすでに取ってある。
もちろん、平民のものだ。
気付かれるはずはない。
逃げられるはずだ。
橋にさしかかった。
馬車の速度が落ちる。草むらがある。
飛び降りるには絶好の場所だ。
どうか無事に降りられますように、と祈る。
修道院でも、牢獄でも、国外追放でも、毒杯でも、極刑でも。
彼の妻にならずに済むのなら何でも受け入れる。
けれど……できたら死にたくない。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
死ねばまた、始まってしまうだけだから―――――
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