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第一章
19 先へ ※王子side
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「とんだとばっちりを食わせてしまいました」
遠くに王城を見れば声になった。
「そうだねえ」
「この国はきっと《竜》を神と崇めるでしょうね。
再び《竜》に怒りを向けられないように」
隣で笑う方の頬を見る。
「あの時は何故、怪我を?」
「不意をつかれたんだよ。クルスが横でいきなり《竜》になったから」
「そうでしたか。人によるものでなくて良かった。
貴女の怪我がもし、人によるものであったのなら――あの場に《生き物》は残らなかったでしょうから」
「《皆》を呼んでしまって厄介なことになった、と思ったけれど。
場をおさめるには役に立ってくれたね」
「《我ら竜が守る娘》とは。素晴らしいハッタリをありがとうございます」
「《竜》の《性》のとばっちりを食らわせ、さらに《おまけ》まで付けたがあのくらいは良いだろう。
《皆》が来た良い《理由》になった。
お前さんの《番》はあれでこの先、人に命を狙われることもないだろうよ。
―――《皆》の《咆哮》が相当に効いたようだったからね」
「《皆》は貴女の無事を喜んでいただけですけどね」
「人に《竜》の言葉はわかりゃしないよ。
……お前さんが真実を人に伝えれば、また違うだろうけどね」
「…………」
「……《行く》のかい?」
「―――ええ。
人に私の暴走の、とばっちりを食わせてしまったのは確かですが。
私の《番》を射殺そうとしたことを許せるほど、私は《竜》ができていない」
「そうかい。お前さんはまだ《魂》も心も《竜》だからね」
「はい。そうらしいです」
再び王城に目を向ける。
《竜の魂》を持った王子がいたことは災難だったが幸い優秀な王女たちがいる。
国は続いていくだろう。
「良く……やったね」
「は?」
「《番》を突き放したことだよ。
《番》を拒絶するなんて《竜》にできることではないのに」
「――ああ。……私にも何故できたのかは……。
ですが案外、単純な話ではないでしょうか。
《番》を《食う》より《突き放す》方がまだ救われるのですから」
「……そうかい」
風が肩にかけたストールを揺らす。
ほんの少し前に、この場所で触れた彼女の手の柔らかさを思い出した。
あの時はようやく彼女と――《番》といられるのだと信じて疑わなかった。
「《彼女のストール》はどうだい?……まとうのは辛くないかい?」
ストールにそっと触れる。
《彼女》の《記憶》が《織られた》物だ。
苦く言う。
「ええ。《痛い》です。とても。……これほど《痛い》とは思わなかった。
私は自分の方が辛いと思っていました。
《番》を《食いたい》などというおぞましい思いを抱く自分の方が、彼女よりはるかに辛いと。
……ですが違った。
これほど《痛い》思いを私は彼女に――《番》にさせてしまっていたのですね。
告げれば良かった。
私の、おぞましい想いを隠さず告げていれば。
その方がまだ彼女は救われていたでしょう。
そうすれば彼女にさせずに済んだ。こんな《痛い》思いを。何度も何度も……」
「―――37回だよ」
「え?」
「お前さんたちが転生を繰り返した回数さ。今世で37回目」
思わぬ言葉に驚愕した。
「……何故……ご存知なのですか……」
「クルスに教えていたからね」
「クルス……」
「覚えているかい?最初に《番》を迎えに行かせた臣下のことを」
「……ええ。思い出しました。
《竜気》がなく《感情がない》と言われていたので、《番》の迎えには最適だと思い行かせた。
それが、あの――」
「――《墓》に行ってる。36個のね。
そうする理由は、本人には良くわからないようだが」
「《墓》に……?」
「《あたたかい》そうだよ。そんなクルスの《記憶》は。彼女には」
「―――――」
思わず目を瞑った。
狂おしいほどの妬ましさが心を苛む。
だが……よそう。彼女には幸せなことだ。
「……そうですか。
私のしたことで……やはり、彼を迎えに行かせたことだけは正解だったようだ」
「彼女に会わずに行くのかい?」
「ええ。会えばきっとまた彼女の香りに《酔って》しまうでしょう。
それに私には《これ》がある。《これ》は今までの彼女そのもの。
《番》の《記憶》だ。――《これ》があれば私は生きていけますから」
私は《彼女のストール》の《痛さ》を噛みしめた。
隣からはただ「そうかい」とだけ、返事が返ってきた。
「それにしても、何故そのような姿を?貴女に歳が関係あるとも思えませんが」
「私が《この姿》だと皆、話がしやすいらしいんだよ。話し方もね」
「なるほど確かに。私も胸の内を晒してしまえた」
「すっきりしたようだね」
「はい。ありがとうございました。
では私はこれで。……彼女を頼みます。――《始祖》様」
「やめてくれ。それは《こっち》だ。私じゃあない」
《尊き方》は羽織っている織り物を振ってみせた。
「同じでは?貴女は《始祖》様の《記憶》を持つ方なのですから」
「大きな違いだよ。お前さんが《彼女》の《記憶》を持ったのと同じだ。
私も《始祖》の《記憶》を持つだけ。私は私だよ」
「そうですね。では……《巫女》様。彼女をよろしくお願いします。
……遠くから幸せを願っていると伝えてください」
《巫女》様はにこりと笑った。
「ああ、伝えておこう。お前さんも元気で。――幸運を祈っているよ」
遠くに王城を見れば声になった。
「そうだねえ」
「この国はきっと《竜》を神と崇めるでしょうね。
再び《竜》に怒りを向けられないように」
隣で笑う方の頬を見る。
「あの時は何故、怪我を?」
「不意をつかれたんだよ。クルスが横でいきなり《竜》になったから」
「そうでしたか。人によるものでなくて良かった。
貴女の怪我がもし、人によるものであったのなら――あの場に《生き物》は残らなかったでしょうから」
「《皆》を呼んでしまって厄介なことになった、と思ったけれど。
場をおさめるには役に立ってくれたね」
「《我ら竜が守る娘》とは。素晴らしいハッタリをありがとうございます」
「《竜》の《性》のとばっちりを食らわせ、さらに《おまけ》まで付けたがあのくらいは良いだろう。
《皆》が来た良い《理由》になった。
お前さんの《番》はあれでこの先、人に命を狙われることもないだろうよ。
―――《皆》の《咆哮》が相当に効いたようだったからね」
「《皆》は貴女の無事を喜んでいただけですけどね」
「人に《竜》の言葉はわかりゃしないよ。
……お前さんが真実を人に伝えれば、また違うだろうけどね」
「…………」
「……《行く》のかい?」
「―――ええ。
人に私の暴走の、とばっちりを食わせてしまったのは確かですが。
私の《番》を射殺そうとしたことを許せるほど、私は《竜》ができていない」
「そうかい。お前さんはまだ《魂》も心も《竜》だからね」
「はい。そうらしいです」
再び王城に目を向ける。
《竜の魂》を持った王子がいたことは災難だったが幸い優秀な王女たちがいる。
国は続いていくだろう。
「良く……やったね」
「は?」
「《番》を突き放したことだよ。
《番》を拒絶するなんて《竜》にできることではないのに」
「――ああ。……私にも何故できたのかは……。
ですが案外、単純な話ではないでしょうか。
《番》を《食う》より《突き放す》方がまだ救われるのですから」
「……そうかい」
風が肩にかけたストールを揺らす。
ほんの少し前に、この場所で触れた彼女の手の柔らかさを思い出した。
あの時はようやく彼女と――《番》といられるのだと信じて疑わなかった。
「《彼女のストール》はどうだい?……まとうのは辛くないかい?」
ストールにそっと触れる。
《彼女》の《記憶》が《織られた》物だ。
苦く言う。
「ええ。《痛い》です。とても。……これほど《痛い》とは思わなかった。
私は自分の方が辛いと思っていました。
《番》を《食いたい》などというおぞましい思いを抱く自分の方が、彼女よりはるかに辛いと。
……ですが違った。
これほど《痛い》思いを私は彼女に――《番》にさせてしまっていたのですね。
告げれば良かった。
私の、おぞましい想いを隠さず告げていれば。
その方がまだ彼女は救われていたでしょう。
そうすれば彼女にさせずに済んだ。こんな《痛い》思いを。何度も何度も……」
「―――37回だよ」
「え?」
「お前さんたちが転生を繰り返した回数さ。今世で37回目」
思わぬ言葉に驚愕した。
「……何故……ご存知なのですか……」
「クルスに教えていたからね」
「クルス……」
「覚えているかい?最初に《番》を迎えに行かせた臣下のことを」
「……ええ。思い出しました。
《竜気》がなく《感情がない》と言われていたので、《番》の迎えには最適だと思い行かせた。
それが、あの――」
「――《墓》に行ってる。36個のね。
そうする理由は、本人には良くわからないようだが」
「《墓》に……?」
「《あたたかい》そうだよ。そんなクルスの《記憶》は。彼女には」
「―――――」
思わず目を瞑った。
狂おしいほどの妬ましさが心を苛む。
だが……よそう。彼女には幸せなことだ。
「……そうですか。
私のしたことで……やはり、彼を迎えに行かせたことだけは正解だったようだ」
「彼女に会わずに行くのかい?」
「ええ。会えばきっとまた彼女の香りに《酔って》しまうでしょう。
それに私には《これ》がある。《これ》は今までの彼女そのもの。
《番》の《記憶》だ。――《これ》があれば私は生きていけますから」
私は《彼女のストール》の《痛さ》を噛みしめた。
隣からはただ「そうかい」とだけ、返事が返ってきた。
「それにしても、何故そのような姿を?貴女に歳が関係あるとも思えませんが」
「私が《この姿》だと皆、話がしやすいらしいんだよ。話し方もね」
「なるほど確かに。私も胸の内を晒してしまえた」
「すっきりしたようだね」
「はい。ありがとうございました。
では私はこれで。……彼女を頼みます。――《始祖》様」
「やめてくれ。それは《こっち》だ。私じゃあない」
《尊き方》は羽織っている織り物を振ってみせた。
「同じでは?貴女は《始祖》様の《記憶》を持つ方なのですから」
「大きな違いだよ。お前さんが《彼女》の《記憶》を持ったのと同じだ。
私も《始祖》の《記憶》を持つだけ。私は私だよ」
「そうですね。では……《巫女》様。彼女をよろしくお願いします。
……遠くから幸せを願っていると伝えてください」
《巫女》様はにこりと笑った。
「ああ、伝えておこう。お前さんも元気で。――幸運を祈っているよ」
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