私の幸せは貴方が側にいないこと【第二章まで完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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第二章

01 異国にて ※王子side

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今日の相手は執拗だった。


目が合った。
だから私が目当ての者ではないとわかったはずなのに、どこまでも追ってきた。

人混みに紛れれば追うのを諦めるかもしれないと、市場に入った。
用心のために用意してあった皮袋にストールを入れて、人波をかき分け進む。

しかし、奴は諦める様子がない。
どこまでも追ってきた。

この大陸に渡った時。
もしかしたら、と予感はあった。

悪い勘ほど当たるものだと苦笑する。

チラチラと視線を送られることには慣れた。
だが、こんなふうに絡まれるのはたまらない。

奴がどうしたいのか知らないが、力の差が大きすぎる。
向こうは遊びのつもりでも、こちらは命を落とすかもしれないのだ。


故郷の大陸を捨て、船で海に出た。
いくつかの港に寄港し、長い長い旅路の後この国に入った。

この国に入ってまだそれほど日は経っていない。
だが、日に日に絡まれることが多くなっている。

奴らの間で噂になっているのかもしれない。
わからないではないが……これほど興味を持たれるとは思っていなかった。


どうする?

故郷の大陸に帰るか。
しかし、どのみち興味を持つ者はいる。


それに、そこには彼女が―――


私は首を振った。
よそう。今は追いかけてくる奴をどうにかする方が先だ。

市場の中でも、大きい店を選んで中に入る。
そして何食わぬ顔で店の奥に進み、従業員用と思われる裏口から外に抜けた。

しかしこれで奴を欺けたとは思っていない。
奴らは鼻が効く。欺くことなど無理なのだ。

私にできることはとにかく、相手の興味が失せるまで逃げ切ること。
それだけだ。

酒場を探す。
酒の匂いで、しばらくなら奴を誤魔化せるかもしれない。

私は細い裏路地を縫うように走った。
奴はまだ見えない。

走って走って。
ようやく壁際に酒樽が積み上げられている建物を見つけた。

間違いなく酒場のようだ。
建物の中から聞こえる陽気な声にほっとする。

店の表にまわろうとして―――だが背後から声をかけられた。


「あー、いたいた」


……酒場に入ることは断念して、声のした方に振り返る。

執拗に追いかけてきた奴とは違う男だった。
ひとつに束ねた黒髪。黒い服。

そいつは積み上げられた酒樽よりさらに上――屋根から、さも面白そうに私を見下ろしていた。
もう一匹いたようだ。

逃げ切れなかった。

こうなっては仕方がない。
私は平静を装いながら後ろ手に背中に隠したナイフをそっと確かめた。

相手の出方次第では争うことになる。

そうなれば勝てはしないだろう。
勝てたところで相手の仲間たちも黙ってはいまい。

結局、私にはなす術はないのだ。
だが……何もせずにやられる気はない。

黒髪、黒服の男の出方をうかがう。
若い男のようだった。

力の差がある。

こちらは命の危機だと身構えているというのに、男の方は余裕たっぷりだ。
拍子抜けするほどのんびりした調子で言った。

「お前、何?どっから来たの?
困るんだよなあ、この国に変な物を持ち込まれたら」

「……変なもの……?」

「あー。自覚がないのか?
そのストールだよ」

「ストール?」

そうだろうな、とは思ったがとぼけてみせる。

黒髪、黒服の男は「まいったなあ」とため息を吐いた。

「自覚が無くて当然か。お前、一応《人間》のようだしなあ……」

私はそれには答えなかった。

目の前の男はこのストールに興味を持ち、絡んできた奴らとは違うようだ。
ストールが欲しいのではなく、問題を解決したいだけのように思える。

どうしたいと言うだろう。

私は黒髪、黒服の男の言葉を待ってみる。

だが男の提案は、残念ながら他の奴らと変わりはなかった。

「とにかく。
ほら。そのストールはこっちに寄越してくれ。そんな物、持っていたら―――」

「―――断る」


まさか私が断ると思っていなかったのか。
男は目を見開いた。


「はああ?断る、だあ?
お前ね。命があるうちに俺に会えたことを幸運だと思えよ。
今日だけじゃない。何度も絡まれただろう?
――そのストールのせいだ。
いいか?
そのストールをこのまま持っていたら、お前そのうち殺されるぜ?」

「……構わない」

「お前、馬鹿なの?親切に教えてやってんのに。
あのな。脅しじゃないんだよ。
悪いことは言わないから、そのストールはこっちに渡して――」

「――渡しはしない。お前が《何者であっても》。
これは私の唯一。
この《彼女のストール》がなければ私は嘆き、不幸を呼ぶ。結果は同じだ」

「……ああ。なるほどー」


黒髪、黒服の男はくしゃりと笑った。


「なんだ。とぼけやがって。お前《竜》かよ。身体以外は」


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