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第二章
18 ロウとクルス2 ※お婆さん(占い師)side
しおりを挟むため息を吐いて、ロウは言った。
「クルス。君はサヤが好きなんだろう?だったらさ……」
「……好き?」
「ええー。嘘、そっからなの?」
ロウは頭を抱えた。
「何というか……。あのさ、クルス。
もう少し喋るようにした方がいいよ。
そうしたら自分のことを他者に上手く伝えられるようになる。
俺がいうのもなんだけど、だから《感情なし》なんて誤解されるんだよ。
ずっとそうなの?
小さい頃から話していれば言葉は自然に―――」
はっとして
「いや。ごめん」とロウは謝った。
気づいたのかもしれない。
――《番》なしで生きられる《竜気なし》には感情がない――
その常識は《竜気なし》の子を持った親ですらも同じだと。
竜にとって最も大切な《番》が理解できない《竜気なし》の子どもは、はじめから。
まわりからも。親からも、異質な《感情なし》と決めつけられ育つのだ。
決して多くはない《始祖様のストール》に宿る記憶の中の《竜気なし》たちには
はぐれたのか。
あるいは捨てられたのか。
幼い頃に親と別れた者も少なくない。
そして親どころか仲間の《竜気》も追えない《竜気なし》の子の中には
ただひとりで生き、成長した者もいる。
クルスは
そのひとりだ。
ロウはずっと唸っていた。
「うーん……。そうだな。
君はサヤとずっと一緒にいたいんだろう?ってこと。
《番》のように」
「俺はサヤの《番》じゃない」
「そうなんだけどさ。困ったな。なんて言ったらいいか……。
――あ。
ほら、君が毒――《竜殺し》で弱っている間。
サヤは君が心配で、ずっと離れず付き添っていた。
あんなふうに、サヤには側にいて欲しい。そうだろう?」
「……サヤが俺を心配する必要はない。
俺はサヤの《番》ではないのだから」
「だから。そりゃ《番》じゃないんだけどさ。
……って。―――待てよ。
クルス。もしかして、それ、サヤに言った?」
「…………俺のことでサヤが泣く必要はない」
「ええー…………。あー……なるほどね……。
それでサヤは元気がないのか……。頭が痛くなってきた……」
ロウは空を仰いだ。
クルスはふい、とそんなロウから目を離して目を伏せた。
その顔はいつも通りなのだが、どこか不貞腐れているようにも見える。
しばらくして。
ロウはひとつ大きく深呼吸をすると、ひとり頷いた。
「そうだな。
サヤとヴィントは確かに《番》だ。
それも、何度生まれ変わっても。人間になっても、竜だった時の記憶をなくさず互いを求め続けるほど、強い想いで結ばれた《番》」
「…………」
「凄いよね。
驚いたよ。そんなことがあるなんて。
でも俺が一番驚いたのは、ヴィントがサヤと離れることを選んだことだな。
竜だった時も。身体は人となってからも。
《番》である《サヤの竜気》で狂ってしまう自分が、サヤを傷つけないように。
ヴィントがサヤから離れて生きる道を選んだこと」
「…………」
「俺には、できないかもしれない。
俺は――自分がもし、ヴィントの立場だったら。
メイの側にいれば自分が狂い、メイを傷つけるとわかっていても
メイから離れない方を選んでしまうと思う。
ヴィントのように離れるという選択はきっと、できない」
クルスはロウの話を黙って聞いている。
ロウはひとり語っていた。
「サヤも凄いよ。
あの微かしかない《竜気》。
あれじゃあ他の竜はおろか《番の竜気》も追えない。
だから俺は、サヤの方は《番》なんてわからないと思っていたんだ。
けど違った。
サヤは《番》を知っていて、そして愛していた。
ヴィントを心配するサヤの様子。
見ただろう?
サヤはヴィントをちゃんと愛してる。
竜だった時はもちろんだろうけど、人となった今でもね。
……でも、もう人だからかなあ。
俺や、普通の竜が思っている《番》への愛とは、なんか違うみたいだ」
「…………」
「クルス。
サヤがヴィントを思う気持ちと、君を想う気持ちは違うんだよ。
これまではどうだったか知らないけどさ、今は。
サヤが君を想っている気持ちの方が、俺は《番》への気持ちに近いと思う」
クルスは拳を握った。
「俺はサヤの《番》じゃない」
「うん、そうだね。
俺も竜だ。
だから君が《番》にこだわる気持ちも、
自分がサヤの《番》じゃないことを気にする気持ちもわかる。
《番》は竜にとって唯一無二。
絶対の存在だからね。
……わかるけどさ。
君、初めて会った奴に何て言う?」
「…………」
「初対面の奴にはまず、《はじめまして》だ。
それは誰だっておんなじなんだよ。
そりゃ《番》なら、出会った瞬間から惹かれるものはある。
けれど、《番》だからといっていきなり心は通じ合わない。
《はじめまして》から初めて、お互いを理解していくんだ。
――変わらないんだよ。
《番》であっても、そうでなくても」
「―――――」
「俺の言いたいこと、わかった?」
「…………よく……わからない」
「あーもー。だからさ。
君がサヤといてもいいってこと!」
ロウは怒ったように口を尖らせた。
クルスは困惑した表情を浮かべている。
「……何故そんなことを言う。
ロウはヴィントの身内みたいなものじゃないのか?」
思わずだろう。
ロウは笑うと、さらりと言った。
「身内みたいなものだよ?だから言ってる。
気づいたんだ。
ヴィントが《番》であるサヤから遠く離れることにした理由」
「サヤの《竜気》で自分が狂ってしまうからだろう」
「そうだよ。……わからないかな。
自分が側にいてはサヤが幸せになれないからだよ。
ヴィントはサヤに幸せになって欲しいんだ。
――ねえクルス。
サヤの幸せは、どこにあると思う?」
「…………俺は―――――」
風がクルスの声をかき消した。
クルスが何と言ったのか聞こえなかっただろうが
ロウは聞き返すことなく、話を変えた。
「婆さんにルゥ。
竜の巫女は他者とあまり関わろうとしない、って言っただろ?
気持ちは、わからないではないんだ。
竜の巫女は長い時を生きる。
巫女からしたら他者の命は一瞬だ。
仲良くなってもすぐに見送ることになる。必ずひとり残される。
それはキツいことだろうからね」
「…………」
「クルス。
サヤは昔、竜だったし今も《竜気》がある。
でも人だよ。
竜の俺たちの時間と、人のサヤの時間は違うんだ。
―――わかりあう機会を、永遠に失わないようにね」
クルスは息を呑んだ。
ロウはクルスの肩を軽く叩くと
動かないクルスをひとり残して歩き出した。
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