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第二章
30 第二章 最終話 同じ ※ロウside
しおりを挟む「楽しかったなあ……」
風の竜の巫女――婆さんの家を出た俺は独りごちた。
まさか、こんな気分になるなんて。
この地に来るまでは想像もしていなかった。
――《妖花》が現れた――
――《妖花の竜気が香るストール》を持つ人間が現れた――
――《妖花の竜気が香るストール》を持つ《竜気》のある人間が現れた――
水の竜たちの間で噂になっていた話を聞いた時は最悪の想像をしてたんだ。
―――風の竜は《妖花の竜気が香るストール》を使って、水の竜たちを混乱に陥らせようとしているのか?
そう考えてもおかしくないだろ。
《妖花の竜気》は厄介だ。《番》ではないとわかっていても惑わされる。争いの元だ。
そして《竜気の香るストール》なんて代物を作れるのは、竜の巫女の中でも最高の巫女と言われる風の竜の巫女――婆さんしかいないのだから。
「私も楽しかった。ロウの無鉄砲も、たまには役に立つのね」
横を歩くメイが悪戯っぽく言った。
「えー。たまには、は余計じゃないかなあ。まあいいけどさ」
「風の竜の地に立てて、風の竜の巫女様にお会いできただけじゃない。
《竜気なし》のクルスさんとも、人間のサヤさんとも出会えた。
本当にいい経験をしたわ」
「ああ、俺も。――あれ?
そういえばさ。メイは俺がサヤといても妬いたりしなかったな。
なんで?
俺サヤのあの、あまーい《妖花の竜気》に結構くらくらきてたよ?」
ふふん、とメイは得意げに鼻をならした。
「いくら貴方がくらくらきていても妬いたりしないわよ。
私が妬く必要はなかったの。
だって妬かれていたのは私の方だもの」
「へ?」
「治療のためだとわかっているのに。
私がクルスさんに触れるたびに、サヤさんは泣きそうな顔をするの。
あれを見たら妬く気なんて起きないわよ」
「―――ははっ。そっかあ。なるほど」
ふたりでしばらく笑った。
風が渡っていく。
クルスと市場へ向かう時もこんなふうに風が吹いていたなと思い出し、俺の足は止まった。
「……クルスの背中を押しちゃって。良かったかなあ……」
ちくちくと痛む胸を押さえて呟けばメイに小突かれた。
「なに言ってるのよ。貴方が押さなくてもいずれあのふたりはそうなっていたわよ」
「そうだろうけどさあ……」
そうは思ってもヴィントには申し訳ないことをしたように思う。
ヴィントが、サヤには幸せになって欲しいと願っているとわかっていても、だ。
ヴィントは《番》であるサヤと番えない。
ヴィントはサヤの側にいるだけで我を忘れる。
サヤを傷つけても止まらないほどサヤを求め続ける。
そんな強すぎる、異質な想いを持つという。
婆さんは、はっきり言わなかったけど。
ヴィントのその想いは多分、サヤの命を奪ってしまうほどのものに違いない。
だからヴィントはサヤから離れた。
だから婆さんはサヤを見守り、ヴィントに《サヤのストール》を渡して送り出した。
サヤにもヴィントにも、幸せになってもらうために。
俺もふたりには幸せになって欲しい。
できたら――クルスには悪いが――番って欲しかった。
それが竜のあるべき姿だから、というだけじゃない。
《番》は魂の結びつきだ。
次にヴィントとサヤが生まれ変わったら普通に番える《番》になって、幸せに暮らせるかもしれない。
だけど。
生まれ変わったふたりは、もう今のヴィントとサヤじゃない。
俺の《番》がメイだけなのと同じだ。
ヴィントの《番》はサヤだけ。
サヤだけ……なのに……。
メイは俺が考えていることなどお見通しなんだろう。
ヴィントのことは何も言わなかった。
ただ「クルスさんとサヤさん。ネックレスにしてたわね」と、代わりのように言った。
そうだった。
クルスが言い出して、婆さんが紡いだ《ヴィントの糸》を少しサヤの手元に残した。
サヤがその糸を身に着けていたいと言い、婆さんがならばとネックレスにした。
ヴィントの存在は……クルスとサヤの中に、ちゃんとある。
と。
俺の首に、何かかけられた。
目の前にはどこか照れくさそうなメイがいる。
俺はまじまじと首にかけられた物を見た。
「なにこれ」
「見ての通りペンダントよ。裏を見て。
ほら。私の髪留めと同じ花が彫ってあるでしょう。
お揃いなの。ふたつで一組の物なんだって。
人間の恋人同士が身につける物だそうよ」
「……へえ……?」
「《竜気》で番う。私たち竜にはない発想よね。
《竜気》のない人間ならではの発想。
……私ね。人は可哀想だと思っていたわ。
《竜気》がない。確かな繋がりがない。
心という移ろう、見えもしない、あやふやなものでしか伴侶を選べない。
なんて可哀想なんだろう、って」
「うん」
「でもサヤさんに会って考えが変わったの。
言葉や、側にいて触れ合うことや、こうした物で、必死にクルスさんと繋がろうとするサヤさんの姿は健気で。いじらしくて、愛しくて、なんだか少し羨ましかった」
「確かにな。じゃあこれは俺が貰おう。お揃いなんだろ」
「そうよ。二つで一組」
「《番》ってことだな。代わりはない。唯一無二の」
「そうね」
じゃあ帰ろうかと俺はメイに手を伸ばした。
いつもなら並んで行くだけなのに、何故か今日はメイにたまらなく触れたかった。
ああ――なんだ。
人も、俺たち竜も、変わらないのだと気づく。
愛しいひとと
言葉や、側にいて触れ合うことや、物や、《竜気》や。
なんでもいいから、ただしっかりと繋がりたいのだ。
笑ってメイと手を繋ぐ。
さあ
一世一代の愛を育もう―――――
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