彼と彼女の日常

さくまみほ

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さくら(彼女)

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会社から最寄駅の間にある花屋で買ったのは、数本の桜の枝。
まだ蕾があるこの子を手に取ったのは、彼からのメールがきっかけだ。

<うまく撮れた>

添付されていたのは、綺麗な青空と、満開の桜。
下からのアングルで、どこにいるのかまではわからなかったけど。

「地方ロケが続くから、あんまこっち来れないかも」って言われた先週の半ば。
宣言通り、顔を見ることが減った。
それと同時に、今まで業務連絡だったメッセージに、少しだけ日常が混ざってきた。
今日の飯って、地方の美味しそうな海産物たっぷりのご飯とか、これいる?ってお土産の相談とか。
私はそんな彼からのメッセージに、美味しそうとか、いいねとかしか返せていないけど。

彼と付き合い始めてから、いろんな景色を見せてもらっている。
本人は多分半分意識的に、半分無意識的に、だと思うけど。
照れ屋で、言葉よりも行動で示す彼らしさに、心が少しずつ絆されてきている。

彼と出会った時は、まだ硬い殻に閉じ籠っていた時期。
絶妙な距離感で、気づいたら隣にいた。
最初はあからさまなアプローチで、思わず苦笑いを浮かべてスルーしてたのに、なぜか諦めてくれなくて。
でも直接的な言葉はないから、ずっと平行線を辿ってた。
彼の職業は早い段階で知っていたから、ご飯行こうの誘いも、飲みの誘いも仕事を理由に断ってた。
今考えると、こんなめんどくさい女、なんで諦めなかったんだろうなぁって不思議な気持ちになるけど。
諦めないでいてくれてありがとうっていう気持ちもある。

家にあった唯一のフラワーベースに桜の枝を生けて、1枚写真を撮る。

<うちにも桜>

そう一言つけて送ると、すぐに既読がついて。

<へーいいじゃん>
<満開になる前に帰るから>

彼にしては直接的な言葉に、そろそろ彼に渡してもいいかなって気持ちになった。

<プレゼント用意しておくから>

そう打ち込んで、消す。
直接、彼に渡すまで、内緒にしておこう。
会うまでの間に、気持ちが揺らぐかもしれないし。
まぁ揺らがないとは思うけど。

<体調気をつけてね>

そう打って、紙飛行機のボタンを押す。

<そっちもちゃんと食べて寝てください>

帰ってきたメッセージに、「あ、ご飯食べてない」と気づく。

<ねぇ、ぜったい忘れてたでしょ>
<うん、言われて気づいた>
<ほらー俺よりそっちじゃん>
<だね。今日何食べたの>
<今日はロケ弁だから何の参考にもなんないよ>
<そっか>

彼のご飯の内容で私の夕飯が偏るのも、言わなくてもバレてることにおかしくなる。

<せめて野菜食え>

カップラーメンの準備をしているのを監視されているかのようなタイミングで、メッセージが来て、ビクッとしてしまう。

<どうせカップラーメンで済まそうとしてんでしょ>
<えー怖いなんでバレた?>
<会社の日で、俺が遅い日、9割それだからじゃん>
<そんなことないよ?>
<そんなことあるの>
<そうかなぁ>
<そうなの!いいから野菜食べろよ>
<はーい>
<絶対食わないやつじゃん>
<またバレた>
<俺の青汁飲んでいいから、それ飲んで寝て>
<いや、お高いやつじゃん>
<いいから飲むの>
<わかったわかった。いただきます>
<もーほんっと心配>

この会話の後も、結局寝るまで小言を呟かれたけど。
甘えたな彼の、気まぐれなちょっかいなんだろうなって、なんかくすぐったくなって。
結局最後は電話を繋いでおやすみの挨拶。

きっと明日の朝にも「おはよう」のメッセージが来てるんだろうな。



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