彼と彼女の日常

さくまみほ

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すれちがい2-2 side彼

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その日も楽屋でイライラしてたら、メンバーから声をかけられた。

「ねーこれ違う?」

目の前に吊り下げられたのは、俺のキーケースに似ているそれ。

「え」
「スタッフさんが、これ違いますかー?って」
「え」
「見たことあるなーって思ったから預かってきたんだけど、違う?」
「え」
「いや、えしかいってないから」
「いや多分俺の。なんで?」
「知らないよー。どっかに置いてきたんじゃないの?」

荷物少ないのに置き忘れなんて珍しいねぇー、なんてメンバーが言ってた言葉すら聞き逃すほど、手元にあるキーケースを凝視する。

「……ない」
「えー?なんか言ったぁ?」
「いや、なんでもない。ありがと」
「はーい」

少し離れたテーブルで、勉強の世界に戻ったメンバーとのやりとりも、パニック状態の頭では上の空だ。

そう。
キーケースの中にあるはずのものが1本なくなっている。

え、なんで?
なんでピンポイントで?
自宅の鍵よりも大事な彼女の家の鍵が、忽然と姿を消していた。

それから、どうしようとか言うよりも先に、持ってきてくれたメンバーに、該当のスタッフの特徴を教えてもらうも、見つけることができなくて。
どのタイミングで手元から離れたのかもわからなくて、記憶を辿ってみても、イライラしかなかった過去の自分に信頼性は皆無。

仕事の合間でメッセージを送り、メンバーやマネージャーに状況を伝え、またその合間に出ることのない電話をかけ続ける。

Bot画面だったメッセージは、あっという間に消えて、自分からの焦った気持ちと謝罪の言葉が折り重なっていく。

乗り慣れた移動車の中もくまなく探して、自宅に着いたら着いたで、ジャケットからパンツ、棚から鞄とありとあらゆるところを探す。
自走掃除機を解体して、ゴミを見たり、その流れでゴミ箱を漁ってみたり。
無いであろうところにいたりするから、冷蔵庫とか電子レンジの中とか、ベランダとか。

それでもなくて。
絶望しながら一向に既読にならないメッセージを送り続けるしかなかった。

翌日が午後からだったから、既読になるまで起きていようとソファで携帯と睨めっこしていても、気付いたら朝で、手元の携帯は充電切れをおこしていた。

急いで充電器がある寝室に駆け込み、コードを繋ぐ。
……画面が復旧する時間がもどかしい。

電源が切れている間に電話が来ていたらどうしようとか、何からどう説明すればいいんだっけとか、寝起きの頭は思った以上に働かない。

でも、電源が入った画面には、昨日最後に送った自分のメッセージが最後で。
昨日送ったメッセージは、全部まだ未読のままだった。




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