ショートざまぁ短編集

福嶋莉佳

文字の大きさ
3 / 7

義理妹を選んだ婚約者様、どうぞ堕ちて下さい

エミリア・ホッチは、夜会の会場となった王都第一公爵邸の大広間を、ひとり静かに歩いていた。

金糸を織り込んだ深い蒼のドレスが、動くたび、わずかに光を返してきらめく。

「エミリア嬢はお一人?」
「婚約者がいたのでは?」

──本来なら、この場には彼女の婚約者、クロード・レーヴェンが並ぶはずだった。

だが、その姿はどこにもない。ヒソヒソと交わる視線と噂が、胸の底をざわめかせる。

そのとき、扉の向こうからざわめきが、波のように走った。

「……クロード様では?」
「隣にいるのは……妹のシェリア嬢?」

豪奢なシャンデリアの光を受け、クロードと、その腕を取るように歩く義妹シェリアが現れる。

エミリアの目には、淡いピンクのドレスをまとった義妹が、まるで今宵の主役のように映った。

会場の空気が一瞬で変わる。

「エミリア嬢を放置して?」

周囲の視線には、婚約者を置き去りにされた無礼への戸惑いが、はっきりと滲んでいた。

(……やはり、シェリアを選んだのね)

エミリアは、胸の奥に広がる冷たいものを押し込み、静かに一歩前へ進む。

「……クロード様。どういうことか、ご説明いただけますか?」

彼はわざとらしく肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべた。

「シェリアは一人じゃ可哀想だろう? だからエスコートしたまでだ」

そのとき、シェリアと目が合う。彼女はふっと口角を上げ、含みのある微笑を返した。

──もともとクロードは学園時代から、女性の噂が絶えない男だった。

彼の傍にはいつも誰かがいた。「彼女はどういう関係で?」と尋ねても、“友人”という言葉を盾にし、「誤解だ」と笑って済ませる。

気づけば“友人”の名のもとに、彼の周囲は女ばかり。贈り物をもらった者たちは、みな同じ言い訳を口にした。『ただの友人ですわ』と。

そして最近、その矛先は義妹シェリアにまで向けられた。

「君と違って、華やかで美しい」

そう言って、贈り物を贈っていたのだ。

香水、リボン、宝石の髪飾り……どれも“妹への気遣い”という名目で。

エミリアが何度忠告しても、「君は嫉妬深いな。妹を気遣って何が悪い」と笑い飛ばすばかりだった──。

「婚約者の妹と親しくして、何か問題でも?」

今もクロードは余裕の笑みを浮かべ、その場を押し切ろうとするように見えた。

「……たしかに、妹なら仕方ないのかもな」
「家も近しいし、兄のように接していただけかも」
「あれくらいの距離なら、“友人”とも言えるか……」

ざわり、と空気が揺れ、周囲から同調するような声が上がり始めた。クロードは勝利を確信したように、胸を張った。

だが次の瞬間、シェリアが小さく微笑み、一歩前へ出る。

「私は一度も、クロード様と仲良くしたつもりはございません」

その言葉に、会場は一瞬、音を失った。

「むしろ、言い寄られて迷惑でした」

そしてシェリアの声は震え、瞳に涙をにじませた。

会場がざわめく。クロードは戸惑い、声を荒げた。

「シェリア! あんなにもよくしてやったのに!」

「俺はただ……家の名に恥じぬよう、優しくしただけだ! エミリア、誤解だ! お前までそんな目で見るのか!?」

エミリアは一歩前へ出て、冷ややかに告げる。

「クロード様、以前から申し上げていましたよね。シェリアと距離を取りなさい、と」

「それでも“友人だ”と聞き入れなかったのは、あなたですわ」

「シェリア! 君だって贈り物を喜んで受け取っていたじゃないか!?」

シェリアは涙を浮かべたまま、静かに続けた。

「贈り物は勝手に届いただけ。私は一度も使っていません。でも、お姉さまの婚約者ですもの。公爵家に無礼はできませんから……」

「シェリア嬢も被害者だったと……」
「なんてこと……」

周囲の囁きの調子が、明らかに変わっていくのを、エミリアは感じ取った。

クロードは顔を真っ赤にし、言葉を失って震えた。

会場奥の扉が、軋む音を鋭く響かせて開く。

──エミリアは胸の奥で、小さく息をついた。

本来なら政務の要人と打ち合わせのはずのレーヴェン公爵が、姿を現したのだ。

彼女は数日前、公爵にささやかに告げていた。「妹にまで不用意な贈り物をしている」と。

「……クロード!」

父の声が大広間を切り裂く。

「ち、父上……!」

クロードが顔を上げると、公爵の目は冷たい怒りで自分の息子を射抜いていた。

「婚約者を公の場で辱め、その妹にまで手を伸ばし、挙げ句の果てに我が家の金を女に注ぎ散らしたとは――恥を知れ、愚か者が! レーヴェン家の名を背負う資格などない!」

杖を床に叩きつける音が、雷鳴のように響いた。

「この場をもって、エミリア嬢との婚約は破棄する。お前のような不見識を次代に据えるわけにはいかぬ。本日をもって嫡男の座を剥奪し、レーヴェン家から出て行け!」

重圧に押し伏せられるように、大広間は水を打ったように静まり返った。

「父上、待ってください、誤解です!」とクロードは叫ぶ。

「俺は悪くない! 愛想を振りまいたのはあの女のほうだ! 俺は……!」

だが公爵は顔を背け、動かない。

護衛が動き、クロードは引きずられるように連れ出されていった。

重苦しい沈黙の中、シェリアはそっとエミリアへ身を寄せ、耳元で囁く。

「お姉さま、ようやく片がつきましたね」

シェリアは微笑みながら、声を落とした。

「派手な女がお好きでしたから。妹として少し愛想を振りまけば、簡単に釣れましたわ。……“友人”なんて、都合のいい逃げ道ですよね」

その笑みは、さきほどまでの涙を帯びた顔とは別人のように冷ややかだった。

エミリアは妹の手を取り、くすりと微笑む。

「ありがとう、シェリア。あなたが味方でいてくれて、私は誇りに思うわ」

「ええ、あの方の浅はかさには助けられましたね。少し仕掛けただけで、自ら罠に飛び込んでくれましたもの」

シェリアは小声で笑い、ふとドレスの裾を揺らす。

「ところで、お姉さま。あの山ほど届いた贈り物……どうなさいます?」

「ああ、あれね。慈善団体へ寄付してしまいましょう。孤児院や女学会が喜ぶわ」

「素敵ですわ。悪趣味な贈り物が無駄にならずにすみますもの」

二人は顔を見合わせ、クスクスと笑いながら大広間をあとにした。

――後日。

慈善団体への寄付の話が、あちこちから耳に入るようになった。

「立派なご判断ですわね」
「さすがホッチ家のご令嬢」

そんな声を聞くたび、エミリアは静かに受け流した。

レーヴェン家の一件も、しばらくは話題に上ったようだが、
彼女はもう振り返らない。

「もう、終わったことだわ」

これから先に何が待つのかはわからない。
けれど――少なくとも今は、歩き出せる。

エミリアはシェリアと並び、未来へ進むことを胸に刻んだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと知っていても

竹本 芳生
恋愛
悪役令嬢に生まれましたがそれが何だと言うのです。

婚約破棄する王太子になる前にどうにかしろよ

みやび
恋愛
ヤバいことをするのはそれなりの理由があるよねっていう話。 婚約破棄ってしちゃダメって習わなかったんですか? https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/123874683 ドアマットヒロインって貴族令嬢としては無能だよね https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/988874791 と何となく世界観が一緒です。

お針子と勘違い令嬢

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日突然、自称”愛され美少女”にお針子エルヴィナはウザ絡みされ始める。理由はよくわからない。 終いには「彼を譲れ」と難癖をつけられるのだが……

殿下、それ恋人やない、ただのクラスメイトや

mios
恋愛
王子様が公爵令嬢に婚約破棄を告げた会場にたまたま居合わせた令嬢が、新たな婚約者として指名されたが… *婚約破棄モノ、一度書いて見たかったのですが、難しかったです。

《完結》妻を残して王都へ出稼ぎに出た夫、博打にハマり、借金して簀巻きにされて川へ捨てられる。

ぜらちん黒糖
恋愛
​「俺は必ず帰る。お前がいる故郷へ。」 ​四年前、王都で一旗揚げるはずが、賭博に溺れて全てを失ったベッツ。 ​彼はついに帰郷を決意するが、その直後、借金取りの無頼者たちに襲われ、瀕死の状態で川に投げ込まれてしまう。 ベッツを救ったのは、心優しい娼婦テレサだった。 ​無頼者たちの追跡を逃れるため王都を脱出しようとした時、ベッツとテレサは、王都の治安を守護するフェルス伯爵と、人外の力を持つ謎の執事コロネルの陰謀に巻き込まれていく。 ​そしてやっとの思いでベッツは故郷に辿り着くが、彼の目に映ったのは、壊滅した街の姿と、予想だにしなかった妻アンヌとの「再会」だった。 ​全ての苦難を乗り越えたベッツが最後に辿り着いた、真実の愛と贖罪のビターエンド物語。

どうせ嘘でしょう?

豆狸
恋愛
「うわー、可愛いなあ。妖精かな? 翼の生えた小さな兎がいるぞ!」 嘘つき皇子が叫んでいます。 どうせ嘘でしょう? なろう様でも公開中です。

婚約破棄されてしまいました。別にかまいませんけれども。

ココちゃん
恋愛
よくある婚約破棄モノです。 ざまぁあり、ピンク色のふわふわの髪の男爵令嬢ありなやつです。 短編ですので、サクッと読んでいただけると嬉しいです。 なろうに投稿したものを、少しだけ改稿して再投稿しています。  なろうでのタイトルは、「婚約破棄されました〜本当に宜しいのですね?」です。 どうぞよろしくお願いしますm(._.)m

【みんな大好き、ざまあです  Ⅲ 】仕組まれた婚約破棄、不倫したのは私じゃありません!

透理
恋愛
今回、ざまあする相手は、私の、元、お友達。 奔放さが魅力でもありましたが、自分が不倫をしておきながら、ばれそうになったら私に罪を被せて、私の元婚約者と婚約?  結婚式に招待してあげる?   その、思い上がり、叩き潰して差し上げます。 ショートショートで、軽く読み切れる程度(5分~10分)3話~5話くらい、で数本、投稿する予定です。 週に一本程度かな? 応援よろしくお願いします。