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5話
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「どうぞ、お納めください」
呪術師スイハが、恭しく腕輪を献上する。
「ご苦労」
皇帝は、それだけ言って、渡された腕輪を片手で摘まむ。宝石が散りばめられたかのようなそれは、豪華ではあるがどこからどう見ても普通の腕輪だ。
「まぁ綺麗!」
しかし、ハフィザは気に入ったようだった。
「お前が気に入ったのなら、好きに使うといい」
「ありがとうございます!とっても嬉しいですわ」
そう言って、大事そうに手で包み込む。
このままでは、宝石箱の中に仕舞われ、いつ日の目を見ることやら…。俺は、腕を後ろ手にひねり上げられながらも精一杯叫んだ。
「どうか、お返しください!それは、私の物です!!」
より哀れに見えるように頭を床に擦り付けて、懇願する。
「ふふふ。嫌だわ、お父様。みっともない…」
「お前がそんなに必死になるとは…愉快だ。ハフィザ、つけて見せてやれ」
「はい!」
二人が俺を見つめる目は、良い余興が見つかったと心底愉しげに細められている。
しかし、それも全て思惑通り。
ハフィザがするりとそれを腕に通すと、腕輪は彼女の腕の細さに合わせて、縮み始めた。
「あら…!すごい」
しかし、彼女が普通に話せたのは、ここまでだった。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁーー!!いたい!!やだ!!!」
ハフィザが急に苦しみ出したことで、皇帝が殺意のこもった目を向けてくる。
「お前、何をした?」
「私は…なにも」
訳が分からないといったように、驚きの表情を作り上げる。
「…もしや、所有者を選ぶのでしょうか?」
俺が、何も言わなくても呪術師スイハが尤もらしい理由を捻り出してくれた。それに、内心ほくそ笑みながら、事態を見守る。
「サリフ。もし…知っていて、黙っていたなら…」
低く抑えた声からは、怒りが伝わる。俺はひれ伏しながら、見えないように舌を出して言う。
「申し訳ございません。私には、どうすることも…。このようなことになるとは、想像だにしませんでした」
俺が、腕輪をはめる前に止めたことを思い出したのか、チッと舌打ち、ハフィザの側に寄る。
「大丈夫か!?」
皇帝が、力を込めて腕輪を取り除こうとする。
「い゛た゛い!!もう、ヤダ!!!だれか、たすけっ」
皇帝の姿などまるで見えていないようで、泣きわめき暴れている。暫くすると、彼女の顔が崩れてきているのに皆が気がついた。文字通りドロドロと、まるで粘土のように…。美しい顔は二目と見られたものではない姿になってしまう。
「ひッ」
美しいものが好きなスイハが、まず始めに悲鳴を上げ、のけ反った。ハフィザは、その間も痛みを感じているようで、悲鳴は止まない。
「いっそ、腕を切り落としたらどうか?」
そう冷静に言ったのは、今や大宰相となったセリムだ。
「しかし、それは…」
皆が動かない中、セリムがまたしても口を開いた。
「気休めにしかならないかもしれませんが、鎮痛剤を持っています。ですが、今の状態では口移しで飲ませるしか…」
「私が、やろう」
皇帝は、ハフィザの顔を直視しないように目を瞑り、薬を含んだまま、口づけた。
「…んぅ…い゛や゛…なんで、私が…んん」
暴れる彼女を押さえつけてなんとか飲ませることに成功すると、疲れたのかハフィザは気を失ってしまった。
「連れていけ」
そう家臣に命じると、皇帝は皆に向き直った。
「…このような事態を引き起こしたのだ。
サリフ今すぐお前を殺してやりたいが…」
「お待ちください、陛下。それは、いつでもできます。今は、彼女を元に戻す方法を考えましょう」
遮られたことに一瞬ムッとするも、セリムの言う通りだと思い直し、意見を募る。
「どうすれば、いいと思う?」
「いっそ、もう彼女の姉を精霊に捧げてしまっては?」
スイハが先程、腕輪を手渡した失態を覆そうと言い募る。精霊の存在を軽視していたにもかかわらず、あまりに必死な様子だった。
─お前が言ってくれるのか…。
俺は、喜びに震えたが、すぐに俯き、まるで恐ろしいことを聞いてしまったとばかりに顔を両手で覆った。
「なんと…残酷なことを…」
そして、思わず漏れてしまったとしか思えない言葉を呟いた。
「はははっ…!それは、いい!すぐに準備させろ、スイハ!今や何の力も持たないサリフはごみくず同然だが、お前が手伝ってやればきっと奇跡は起こるだろう!」
「はっ!仰せのままに」
呪術師スイハが、恭しく腕輪を献上する。
「ご苦労」
皇帝は、それだけ言って、渡された腕輪を片手で摘まむ。宝石が散りばめられたかのようなそれは、豪華ではあるがどこからどう見ても普通の腕輪だ。
「まぁ綺麗!」
しかし、ハフィザは気に入ったようだった。
「お前が気に入ったのなら、好きに使うといい」
「ありがとうございます!とっても嬉しいですわ」
そう言って、大事そうに手で包み込む。
このままでは、宝石箱の中に仕舞われ、いつ日の目を見ることやら…。俺は、腕を後ろ手にひねり上げられながらも精一杯叫んだ。
「どうか、お返しください!それは、私の物です!!」
より哀れに見えるように頭を床に擦り付けて、懇願する。
「ふふふ。嫌だわ、お父様。みっともない…」
「お前がそんなに必死になるとは…愉快だ。ハフィザ、つけて見せてやれ」
「はい!」
二人が俺を見つめる目は、良い余興が見つかったと心底愉しげに細められている。
しかし、それも全て思惑通り。
ハフィザがするりとそれを腕に通すと、腕輪は彼女の腕の細さに合わせて、縮み始めた。
「あら…!すごい」
しかし、彼女が普通に話せたのは、ここまでだった。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁーー!!いたい!!やだ!!!」
ハフィザが急に苦しみ出したことで、皇帝が殺意のこもった目を向けてくる。
「お前、何をした?」
「私は…なにも」
訳が分からないといったように、驚きの表情を作り上げる。
「…もしや、所有者を選ぶのでしょうか?」
俺が、何も言わなくても呪術師スイハが尤もらしい理由を捻り出してくれた。それに、内心ほくそ笑みながら、事態を見守る。
「サリフ。もし…知っていて、黙っていたなら…」
低く抑えた声からは、怒りが伝わる。俺はひれ伏しながら、見えないように舌を出して言う。
「申し訳ございません。私には、どうすることも…。このようなことになるとは、想像だにしませんでした」
俺が、腕輪をはめる前に止めたことを思い出したのか、チッと舌打ち、ハフィザの側に寄る。
「大丈夫か!?」
皇帝が、力を込めて腕輪を取り除こうとする。
「い゛た゛い!!もう、ヤダ!!!だれか、たすけっ」
皇帝の姿などまるで見えていないようで、泣きわめき暴れている。暫くすると、彼女の顔が崩れてきているのに皆が気がついた。文字通りドロドロと、まるで粘土のように…。美しい顔は二目と見られたものではない姿になってしまう。
「ひッ」
美しいものが好きなスイハが、まず始めに悲鳴を上げ、のけ反った。ハフィザは、その間も痛みを感じているようで、悲鳴は止まない。
「いっそ、腕を切り落としたらどうか?」
そう冷静に言ったのは、今や大宰相となったセリムだ。
「しかし、それは…」
皆が動かない中、セリムがまたしても口を開いた。
「気休めにしかならないかもしれませんが、鎮痛剤を持っています。ですが、今の状態では口移しで飲ませるしか…」
「私が、やろう」
皇帝は、ハフィザの顔を直視しないように目を瞑り、薬を含んだまま、口づけた。
「…んぅ…い゛や゛…なんで、私が…んん」
暴れる彼女を押さえつけてなんとか飲ませることに成功すると、疲れたのかハフィザは気を失ってしまった。
「連れていけ」
そう家臣に命じると、皇帝は皆に向き直った。
「…このような事態を引き起こしたのだ。
サリフ今すぐお前を殺してやりたいが…」
「お待ちください、陛下。それは、いつでもできます。今は、彼女を元に戻す方法を考えましょう」
遮られたことに一瞬ムッとするも、セリムの言う通りだと思い直し、意見を募る。
「どうすれば、いいと思う?」
「いっそ、もう彼女の姉を精霊に捧げてしまっては?」
スイハが先程、腕輪を手渡した失態を覆そうと言い募る。精霊の存在を軽視していたにもかかわらず、あまりに必死な様子だった。
─お前が言ってくれるのか…。
俺は、喜びに震えたが、すぐに俯き、まるで恐ろしいことを聞いてしまったとばかりに顔を両手で覆った。
「なんと…残酷なことを…」
そして、思わず漏れてしまったとしか思えない言葉を呟いた。
「はははっ…!それは、いい!すぐに準備させろ、スイハ!今や何の力も持たないサリフはごみくず同然だが、お前が手伝ってやればきっと奇跡は起こるだろう!」
「はっ!仰せのままに」
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