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2話 産声
03
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「ひどい顔色だ」
久留米少尉の言葉に、恨めしそうな視線を送る牧野は、音もなくため息をついた。
出発前に見かけた武装した兵士たちに、ヴェノム研究所にいる武装した兵士たち。どちらも臨戦態勢であり、ただP03を起こすだけとは思えない。
「あくまで不測の事態に対処するためだよ」
「不測、ですか」
「あぁ。ヴェノリュシオンは、我々の理解を越えたの存在だ。彼女は、その最たるもの」
” 大脳改良型 ”
他の聴覚、視覚、嗅覚、口顎といった既に存在する能力を引き上げるわけではなく、本来人間どころか、生物が持ち得ない能力を手に入れることを目的としている存在。
要は『超能力』と呼ばれる能力を持った新人類を誕生させようというもの。
普段であれば、笑い話だと一蹴するが、彼女は既にその結果を現実に顕してしまっていた。
「記録によれば、彼女は一度もこの中から出たことがないらしい」
試験管の中で造り出され、ただの一度も目を開けたことのない少女。
「ゆりかごの世界でこれだけの影響を与える彼女が、どのような産声をあげるのか。軍曹は、おそろしくないか?」
見ず知らずの存在が、瀕死の重傷を負ったとして、それをたちまち治してしまうほどの異質な力。
それが、”エンジェルポーション”という名前で感染していく様は、まるで世界を変えたウイルス”アポリュオン”のようだ。
「あいつは、そんな……!! いえ、取り乱しました。申し訳ありません」
夢の中の彼女は、世界をどうにかしようなどとは考えていなかった。
死にたくないと願った自分を助け、知らないことを尋ね笑った彼女に、本当にただの子供だったはずだ。
「……軍曹。やはり、P03と会ったことがあるな?」
こちらを見つめる久留米に、牧野は少しだけ言い淀んだが、諦めたように頷いた。
死にかけた人間の見る夢だと割り切るには、すでに現実と結びつきすぎている。
「交わした言葉は少ないですが、彼女に人を害する気はないと思います」
少し背伸びをした女の子。
それが、あの短い時間で感じたP03の印象だった。
「そうか」
眠る彼女のことを知っている者は、ヴェノリュシオンだけだ。だが、彼らの言葉を全て鵜呑みにするわけにはいかない。
だが、もし、その言葉が牧野の物であるならば、産声すら上げられない彼女をこのまま銃殺する必要はなくなる。
「P03の実験中止プログラムを開始してくれ」
「了解」
ひとりが端末を操作すれば、電子音が鳴り始めた。
P03の脳に取り付けられた電極を伝い、数年間続けられていたプログラムが終了していく。
「駐屯地の奴らにも、中止プログラム開始について伝えろ」
他のヴェノリュシオンと異なり、生まれてからずっと試験管の中で育ち、目が覚めないように続けられた実験。それは、試験管の外での暮らしなど、考えられているはずもなかった。
つまり、研究所で用意されていた正式な手順に乗っ取って、P03を目覚めさせようとしたところで、彼女が目覚める可能性は低い。
むしろ、この行為が彼女を殺す行為になる可能性だってある。
「しかし、ヴェノリュシオン同士が距離に関係なく情報交換が可能というのは、予想外だったな」
保護されて以降、彼らはP03と交流していたなどという発言はしていなかった。
だが、先程の牧野との会話によって、彼らが研究所にいた時と変わらず、P03と交流しており、同時にP03がこちらの現状を把握していることが発覚した。
「P03が死亡すれば、彼らにはすぐに伝わるということだ」
P03を銃殺しないならば、次に気にすべきことは、保護されたヴェノリュシオンたちだ。
子供とはいえ、この世界を生きるために作り出された新人類。
自分たちよりも、ずっとこの世界を生き抜くことは容易で、保護など本来必要ない。
だというのに、彼らが保護に応じたのは、再三言い続けている『P03の救出』という目的のためだ。
ならば、救出ができたのなら、牧野たちはもう不要であると、切り捨てられてもおかしくない。
逆に、救出に失敗したなら、彼らが大人しくする必要は無くなる。
今、中止プログラムを止めれば、この危い平穏を続けることができるかと、ありえない考えに静かに目を伏せると、排水が始まった水槽を見つめる。
「プログラム終了。バイタル、正常範囲。P03、生存しています」
空になった水槽の中で、ガラスに寄り掛かり座り込む少女は、その瞼を震わせると、ゆっくりとその目を開いた。
完全に開き切らない目が、ゆらゆらと揺れる。
マ キ ノ
ガラスの向こう、P03の声が聞こえた気がした。
気が付けば、ガラス越しのP03に駆け寄っていた。
「軍曹、裏です! 裏が開きます!!」
慌てた声と共に、水槽の背面が開いた。あそこから中に入れるらしい。
牧野はすぐに裏に回ると、P03を腕の中に抱く。
あの時、届かなかった手が、今度は確かに彼女に届いている。
「……ふふ」
腕の中で小さく聞こえた笑い声に、P03を覗き込めば、夢と変わらない表情で微笑み、何か口にしようと口を開くが、不思議そうな表情で瞬きを繰り返す。
「無理するな。休めってのも、少し違うか……そうだな……今は、俺に任せてくれ」
細く軽すぎる体を抱き上げようとすれば、後ろから近づいてくる武器を持っていない兵士たち。
「いえ、我々に任せてください。バイタルチェックとかもあるので」
「そ゛、ですねっ!!」
容赦なく訂正される言葉に、牧野も少し頬を染めながら、P03を抱き上げようとすれば、腕の中でもぞもぞと動く感覚に、視線を戻す。
「怖くないからな。大丈夫だ」
目を覚ましたら、銃を構えた大人が自分を囲んでいたら、大人だって怖い。
安心させるように声をかけたが、聞く耳持たず、P03は牧野の体を弄り続ける。
「なになになに!? 危ないから、変なところ触らない!」
森を抜けるためにも、武装はしてきており、銃が暴発でもされたら困ると慌てて手を捕まえれば、微かに動く唇。
「……れ、らく、あの子、たち」
か細く掠れた言葉の意味を考えていれば、新しく近づいてきた足音が牧野の隣に膝をついた。
「無線を貸せと言っているのかな?」
「無線?」
「どうやら、向こうは予想通りの事態が起きているらしい」
久留米が差し出した無線機からは、保護していたはずのヴェノリュシオンが部屋を破壊し、暴れているという連絡が入ってきている。
「このまま話してくれれば、向こうに聞こえるはずだ。頼めるかな?」
P03は、差し出された無線機を見つめると、小さく息を吸った。
久留米少尉の言葉に、恨めしそうな視線を送る牧野は、音もなくため息をついた。
出発前に見かけた武装した兵士たちに、ヴェノム研究所にいる武装した兵士たち。どちらも臨戦態勢であり、ただP03を起こすだけとは思えない。
「あくまで不測の事態に対処するためだよ」
「不測、ですか」
「あぁ。ヴェノリュシオンは、我々の理解を越えたの存在だ。彼女は、その最たるもの」
” 大脳改良型 ”
他の聴覚、視覚、嗅覚、口顎といった既に存在する能力を引き上げるわけではなく、本来人間どころか、生物が持ち得ない能力を手に入れることを目的としている存在。
要は『超能力』と呼ばれる能力を持った新人類を誕生させようというもの。
普段であれば、笑い話だと一蹴するが、彼女は既にその結果を現実に顕してしまっていた。
「記録によれば、彼女は一度もこの中から出たことがないらしい」
試験管の中で造り出され、ただの一度も目を開けたことのない少女。
「ゆりかごの世界でこれだけの影響を与える彼女が、どのような産声をあげるのか。軍曹は、おそろしくないか?」
見ず知らずの存在が、瀕死の重傷を負ったとして、それをたちまち治してしまうほどの異質な力。
それが、”エンジェルポーション”という名前で感染していく様は、まるで世界を変えたウイルス”アポリュオン”のようだ。
「あいつは、そんな……!! いえ、取り乱しました。申し訳ありません」
夢の中の彼女は、世界をどうにかしようなどとは考えていなかった。
死にたくないと願った自分を助け、知らないことを尋ね笑った彼女に、本当にただの子供だったはずだ。
「……軍曹。やはり、P03と会ったことがあるな?」
こちらを見つめる久留米に、牧野は少しだけ言い淀んだが、諦めたように頷いた。
死にかけた人間の見る夢だと割り切るには、すでに現実と結びつきすぎている。
「交わした言葉は少ないですが、彼女に人を害する気はないと思います」
少し背伸びをした女の子。
それが、あの短い時間で感じたP03の印象だった。
「そうか」
眠る彼女のことを知っている者は、ヴェノリュシオンだけだ。だが、彼らの言葉を全て鵜呑みにするわけにはいかない。
だが、もし、その言葉が牧野の物であるならば、産声すら上げられない彼女をこのまま銃殺する必要はなくなる。
「P03の実験中止プログラムを開始してくれ」
「了解」
ひとりが端末を操作すれば、電子音が鳴り始めた。
P03の脳に取り付けられた電極を伝い、数年間続けられていたプログラムが終了していく。
「駐屯地の奴らにも、中止プログラム開始について伝えろ」
他のヴェノリュシオンと異なり、生まれてからずっと試験管の中で育ち、目が覚めないように続けられた実験。それは、試験管の外での暮らしなど、考えられているはずもなかった。
つまり、研究所で用意されていた正式な手順に乗っ取って、P03を目覚めさせようとしたところで、彼女が目覚める可能性は低い。
むしろ、この行為が彼女を殺す行為になる可能性だってある。
「しかし、ヴェノリュシオン同士が距離に関係なく情報交換が可能というのは、予想外だったな」
保護されて以降、彼らはP03と交流していたなどという発言はしていなかった。
だが、先程の牧野との会話によって、彼らが研究所にいた時と変わらず、P03と交流しており、同時にP03がこちらの現状を把握していることが発覚した。
「P03が死亡すれば、彼らにはすぐに伝わるということだ」
P03を銃殺しないならば、次に気にすべきことは、保護されたヴェノリュシオンたちだ。
子供とはいえ、この世界を生きるために作り出された新人類。
自分たちよりも、ずっとこの世界を生き抜くことは容易で、保護など本来必要ない。
だというのに、彼らが保護に応じたのは、再三言い続けている『P03の救出』という目的のためだ。
ならば、救出ができたのなら、牧野たちはもう不要であると、切り捨てられてもおかしくない。
逆に、救出に失敗したなら、彼らが大人しくする必要は無くなる。
今、中止プログラムを止めれば、この危い平穏を続けることができるかと、ありえない考えに静かに目を伏せると、排水が始まった水槽を見つめる。
「プログラム終了。バイタル、正常範囲。P03、生存しています」
空になった水槽の中で、ガラスに寄り掛かり座り込む少女は、その瞼を震わせると、ゆっくりとその目を開いた。
完全に開き切らない目が、ゆらゆらと揺れる。
マ キ ノ
ガラスの向こう、P03の声が聞こえた気がした。
気が付けば、ガラス越しのP03に駆け寄っていた。
「軍曹、裏です! 裏が開きます!!」
慌てた声と共に、水槽の背面が開いた。あそこから中に入れるらしい。
牧野はすぐに裏に回ると、P03を腕の中に抱く。
あの時、届かなかった手が、今度は確かに彼女に届いている。
「……ふふ」
腕の中で小さく聞こえた笑い声に、P03を覗き込めば、夢と変わらない表情で微笑み、何か口にしようと口を開くが、不思議そうな表情で瞬きを繰り返す。
「無理するな。休めってのも、少し違うか……そうだな……今は、俺に任せてくれ」
細く軽すぎる体を抱き上げようとすれば、後ろから近づいてくる武器を持っていない兵士たち。
「いえ、我々に任せてください。バイタルチェックとかもあるので」
「そ゛、ですねっ!!」
容赦なく訂正される言葉に、牧野も少し頬を染めながら、P03を抱き上げようとすれば、腕の中でもぞもぞと動く感覚に、視線を戻す。
「怖くないからな。大丈夫だ」
目を覚ましたら、銃を構えた大人が自分を囲んでいたら、大人だって怖い。
安心させるように声をかけたが、聞く耳持たず、P03は牧野の体を弄り続ける。
「なになになに!? 危ないから、変なところ触らない!」
森を抜けるためにも、武装はしてきており、銃が暴発でもされたら困ると慌てて手を捕まえれば、微かに動く唇。
「……れ、らく、あの子、たち」
か細く掠れた言葉の意味を考えていれば、新しく近づいてきた足音が牧野の隣に膝をついた。
「無線を貸せと言っているのかな?」
「無線?」
「どうやら、向こうは予想通りの事態が起きているらしい」
久留米が差し出した無線機からは、保護していたはずのヴェノリュシオンが部屋を破壊し、暴れているという連絡が入ってきている。
「このまま話してくれれば、向こうに聞こえるはずだ。頼めるかな?」
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