好きな子の推しになりたくて

ツヅラ

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 数週間かけて集めた情報により、シャックドアの正体におおよその当たりはついた。

「もし、お嬢さん」

 パーティーの開かれている屋敷の人気のない夜の庭。
 そこに、無警戒にひとりで出歩く未婚の美しい貴族令嬢が、シャックドアのターゲットになる。

 ラムダの勢いに負けて、つい頷いてしまったが、冷静になると今回の作戦で一番危険なのは、ラムダだ。
 できることなら、設定とか全て放り投げて、今すぐにでも、あのシャックドアを止めにかかりたい。

「あら……どなたかしら?」
「ジャックドア。ご存じですかな?」

 ラムダに、ちゃんと頭を垂れる様子は、しっかりと貴族の作法に乗っ取っている。
 やはり、予想通りの相手なのだろう。

「えぇ。お噂はかねがね。品なく巷を騒がせる貴方が、私に一体何の御用でしょう」
「貴方の純潔を奪いに参りました」

 シャックドアの言葉に、見事にラムダの表情が凍り付いた。

 完全に解釈違いだもんなぁ……
 うん。怒りを通り越して、ドン引きの領域まで飛んで行ったのだろう。

「では、恨みはありませんが、失礼をば」

 ラムダに向かって走り出したシャックドアよりも速く、ラムダの元へ辿り着くと、抱きかかえシャックドアから距離を取る。

「失礼。お嬢さん」
「なっ……お前は……!?」
「知っているものかと思ったが、これは失礼した。貴殿と同じ名を持つ者だよ。ジャックドア君」

 帽子を取り、大袈裟にお辞儀をしてやれば、シャックドアは狼狽えた様子でこちらを見ていた。

「それとも――」

 指で弾いたコインは、シャックドアの仮面に当たると、その仮面は落ち、見覚えのある男の顔が現れた。
 店先であった貴族の付き人だ。

「シルバ・クロー君、と呼んだ方がいいかね?」

 今回の犯人は、下流貴族バジリコ家だった。
 もっと正確に言えば、バジリコ家当主と一部の使用人たちによるもの。
 理由は、バジリコ家の次女が、ジャックドアに惚れ、崇拝し始めてしまったから。
 当主たちは、このままではいけないと、ジャックドアの悪い噂を流し、恋多き少女の夢を覚まさせようとした。

 そこまでは同情するが、ラムダの解釈違いの怒りは別として、こうして実害が出てしまっていては、ウェルカム家としても動かざる得ない。

「名にこだわりはないが、薄汚い子悪党にやるほど軽い名でもない。君には、今一度、改名する機会をやろう。どうするかね?」

 娘の夢を覚まさせたいというだけなら、ここで諦めてほしい。

 だが、シルバは短剣を抜くと、一息に襲い掛かってきた。

「貴様を殺し、死体を持ち帰れば、全て丸く収まる! そうだろう!?」

 ジャックドアを殺し、その死体を持ち帰れば、ジャックドアの死を隠蔽でき、その後、悪事を働いたとしても、汚名を全てジャックドアに被せ、最後に討ち取ったとしてジャックドアの死体を提出する。
 そうすれば、邪魔な貴族を排除でき、悪党を討ち取った貴族として評価される。

「――全く美しくないな」

 突き立てられる剣の横っ腹を、手の甲で弾く。
 大きく体制を崩したシルバの腹に蹴りを入れてから、大きく咳き込んだ口に、麻酔液を含ませた布を宛がえば、すぐに気を失った。

 シルバの口と鼻にしっかり布を括りつけ、草陰に隠せば、後で別部隊が回収に来てくれることになっている。
 あとは、自分が去ればいいだけ。

「では、ラムダ卿。夜はまだ長い。引き続き、パーティーをお楽しみ――」

 去ろうと声をかければ、左腕を掴まれ、つい言葉が尻すぼみになってしまう。

「ラムダ卿。手を離してもらえるかな?」
「……手を、見せて」

 切れにくい素材とはいえ、剣を殴れば、さすがに切れるらしく、手袋から血が滲んでいた。

「お心遣い痛み入る。だが、この程度、かすり傷だとも」

 今回は、後ろにラムダがいたのだ。絶対に、あの短剣を、自分から先に行かせてはいけなかった。
 ラムダが無傷なら、この程度の傷、なんてことはない。

「心配してるの……! 貴方を……!」

 強く掴まれる腕に、演技も忘れて、息がつまった。

「…………では、お願いしようかな」

 何度も口を開いては、閉じ、ようやく出せた言葉は、ジャックドアとしての言葉だった。

「痛くない?」
「このまま、お嬢さんを攫うことだってできるとも」
「ケガをした人に抱えられるほど、私は軽くないわ」

 俯きながら、切れた左手の手当てをしてくれているラムダの表情は見えない。
 怒っているのか、悲しんでいるのか、それともジャックドアとの会話に喜んでいるのか。

 いや、さすがにそれはないな。この声と雰囲気で、喜んでいるはずがない。

「はい。できたわ」

 顔を上げたラムダの表情は、不安そうに瞳を揺らしていた。

 怪我をしたからだろうか。
 ジャックドアが? それとも、僕が?

「感謝する」

 ありえない想像に、心の中だけで頭を振る。

 でも、ラムダにそんな顔をしてほしくない。
 それは、僕の本心。

「可憐なお嬢さんが、ずっと座っていてはいけない。お手を」

 そして、僕ができるのは、ジャックドアを演じるこんなことだけ。

 月の明かりに照らされるラムダへ手を差し出せば、少しだけ驚いたように目を瞬かせた後、手を取った。
 その瞬間、強く引き上げ、腰に手を添え、抱き寄せる。

「許されるのなら、このまま攫ってしまいたいよ」

 囁きかけるように、ラムダへ問いかければ、その大きな青いの瞳をキラキラと輝かせ、両手で口を覆った。

「こ゛ぇ゛か゛、い゛い゛……っ!!」
「普段から聞いてるよね!?」

 つい口走ってしまったら、仮面越しに冷たい視線が刺さる。

「キャラ」
「先に雰囲気壊したのラムダじゃない……」
「ハァ!? 今のはおちゃらけた感じに笑いながら『お気に召して頂けましたか?』からの、耳元でねっとり『お嬢さん』って囁くところでしょ」

 本当に厳しい。
 でも、いつものラムダに戻ってくれたらしい。

 仕方ないと、少しだけ強い腰を引き寄せ、仮面がギリギリ触れない程度に顔を近づける。

「では、夜の闇へと攫われましょうか。お嬢さん」
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