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第二章 とある少年の物語
遭遇
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石と煉瓦でできた小綺麗な街。
人通りはそこそこ多く、ましてや寂れている様子などはない。
神聖メアリス教国に支配されても、庶民の暮らしに大きな変化はなかった。もっとも、亜人や改宗しない異教徒たちはその限りではなかったが。
むしろ彼らを堂々と奴隷として扱えるようになったおかげで――多少の治安悪化と引き換えに――庶民の暮らしはずっと楽に、そして豊かになったぐらいである。
しかし、不自然な繁栄の裏にはいつだって犠牲が存在する。
この大通りをかつて、多くのエルフや獣人族をはじめとした亜人たちが普通に歩いていた……なんて言われても、誰一人信じないだろう。
こうなるまで、ほんの数年だ。
メアリス教の教義における“人ならざる者たち”の生活圏は、日の当たらない裏路地へと追いやられていた。
たったの数年で、活気のある市場からも、工房からも、それどころか冒険者ギルドからすらも、表通りのあらゆる施設から亜人の存在は排除されたのである。
唯一、表通りで亜人の姿が多くみられる店舗は――奴隷商だった。
「あそこが、レイノルズ商会……!」
人々の往来が激しい昼間の一等地。そこに堂々と存在する人身売買組織の本拠地。
それを眺める旅人風の格好をした人物は、まるで人ごみに紛れるように佇んでいた。
(リンスさんが攫われてから、結構時間が経っている……まだ、ここに居てくれるか……?)
その人物が田舎から上京してきたのは、奴隷商人に誘拐された恋人を救出するためである。
(どうか……どうか、無事でいてくれ!)
心の中で必死に願う男。その顔つきは若く、精悍な印象だった。
その旅人の格好に目立った特徴はない。しかし、観察眼のある人間なら、彼の格好が秋口にしては重装備――頭部と腰回りを隠せる服装であることに気付けただろう。
彼はオオカミの特徴を持つ獣人だった。
彼は獣人の隠れ里出身の人物だ。
数年前まではこそこそと隠れ住む必要などなかったのだが、支配者がメアリス教国に代わってから獣人たちは肩身が狭い思いをしていた。
とは言っても、人間との交流が全く無かったわけではない。
彼らが以前住んでいた村とはこっそりと交易を続けていたし、他の土地に比べれば亜人にとっても比較的平和な土地柄だった――欲をかいた人間たちが、卑怯な裏切りを行なうその日までは。
(クソッ……まさか買出しに出た女衆を、村ぐるみで誘拐するなんて……!)
信用していた村人全員が敵に回ったなら、いくら感覚や身体能力に優れた獣人であっても簡単に隙を突けるだろう。
大半の者は逃げることに成功したが、何人かは捕まってしまい――その中に、彼の恋人であるリンスがいた。
さらに教会にも密告され、獣人たちは安住の地を失う。
隠れ里は崩壊し、彼らは逃亡生活を強いられるようになったのだ。
さて、ほとんどの者は散り散りに逃げたが、恋人を攫われた彼は村に舞い戻った。そして、女衆を売り払った相手を聞き出すことに成功したのである。
その際、少々乱暴な手を使ったが……どうせ縁を切るのだ。多少恨まれたところで、どうってことは無かった。
何より、最初に手を出してきたのはあっちである。恨まれる筋合いはない。
しかし、それももう十日前の話である。
恋人がまだ売られず奴隷商に残っているかは分からない。
メアリス教において、亜人や異教徒は家畜と同列に扱われる。
レイノルズ商会の敷地内では、まるでウシかウマのように、鎖につながれた亜人たちが並べられて販売されていた。その中には、彼と同じ獣人もいた。
だが残念なことに、外で売られているのは、労働用の男奴隷ばかりだ。
(最悪だ。やっぱり……女が売られているのは中か……!)
奴隷という存在は、労働力だ。
故に、基本的には、女子供より肉体の出来上がった成人男性のほうが高値で取引される。
そこに例外があるとすれば――見た目の美しい女や少女は、男の奴隷の倍以上の値段で取引される。用途は、言わずもがなだろう。
そして、顧客の手に渡るまでの間、奴隷商はその美しさを維持する必要がある。
つまり、当然その扱いは、普通の奴隷よりも丁寧なものになるのだ。
彼は内心で舌打ちをした。
外に居てくれるならまだよかったが……建物の中では救出の難易度が跳ね上がる。
とはいえ、諦めるという選択肢はない。
まずは、情報収集が大事だ。
旅人風の男は、商会の大きな建物の裏手に回ってみることにした。
……どうやらこの建物は、販売所や従業員の宿舎(あるいは、奴隷の保管場所と言うべきか)、そして代表の邸宅も兼ねているらしい。
比較的新しい商売となる奴隷産業は、かなり景気が良いのだろう。その館は下手な領主の住居よりもよっぽど豪邸である。
裏手はどうやらプライベートな居住スペースとなっているようで、奴隷だけではなく普通のメイドも働いていた。
恋人を救出しに来た例の男が目を付けたのは、下働きをしているメイドのうちの一人だった。
そのメイドは珍しいピンクブロンドの髪ををしていた。
そして、磁器のような白い肌で、年頃は十歳前後か……丁稚奉公と言うやつだろうか? ほかの従業員と比べても、かなり小柄な少女だ。
しかし、彼が気になったのは、外見ではなく匂いだった。
(あいつ、上手く隠してるけど……仄かに亜人の匂いがする……?)
その血は限りなく薄いし、上手く化粧と香水で誤魔化している。たとえ犬系の獣人でも、普通なら気付かないだろう。
だが、田舎者の――野生の勘を失っていないオオカミ獣人の鼻は誤魔化せなかった。
森の番人たるエルフ族も、今では立派な経済動物だ。たいていの場合見た目が整っている上に精霊魔術も使えるため、奴隷としては人気の商品である。
もちろんハーフやクォーターでも、それは変わらない。むしろ純血のエルフより価値が下がる分、ひどい扱いを受けるのが常だった。
つまり、彼女も自分と同じ側の弱者である。
(……あいつなら、話を聞いてくれるかもしれない)
最悪、亜人の血を引いていることをネタにして脅せばいい。
無理やりにでも、協力してもらおう。
男は覚悟を決めると、少女に声をかけるタイミングを窺うため、植え込みの茂みに身を潜めた。
人通りはそこそこ多く、ましてや寂れている様子などはない。
神聖メアリス教国に支配されても、庶民の暮らしに大きな変化はなかった。もっとも、亜人や改宗しない異教徒たちはその限りではなかったが。
むしろ彼らを堂々と奴隷として扱えるようになったおかげで――多少の治安悪化と引き換えに――庶民の暮らしはずっと楽に、そして豊かになったぐらいである。
しかし、不自然な繁栄の裏にはいつだって犠牲が存在する。
この大通りをかつて、多くのエルフや獣人族をはじめとした亜人たちが普通に歩いていた……なんて言われても、誰一人信じないだろう。
こうなるまで、ほんの数年だ。
メアリス教の教義における“人ならざる者たち”の生活圏は、日の当たらない裏路地へと追いやられていた。
たったの数年で、活気のある市場からも、工房からも、それどころか冒険者ギルドからすらも、表通りのあらゆる施設から亜人の存在は排除されたのである。
唯一、表通りで亜人の姿が多くみられる店舗は――奴隷商だった。
「あそこが、レイノルズ商会……!」
人々の往来が激しい昼間の一等地。そこに堂々と存在する人身売買組織の本拠地。
それを眺める旅人風の格好をした人物は、まるで人ごみに紛れるように佇んでいた。
(リンスさんが攫われてから、結構時間が経っている……まだ、ここに居てくれるか……?)
その人物が田舎から上京してきたのは、奴隷商人に誘拐された恋人を救出するためである。
(どうか……どうか、無事でいてくれ!)
心の中で必死に願う男。その顔つきは若く、精悍な印象だった。
その旅人の格好に目立った特徴はない。しかし、観察眼のある人間なら、彼の格好が秋口にしては重装備――頭部と腰回りを隠せる服装であることに気付けただろう。
彼はオオカミの特徴を持つ獣人だった。
彼は獣人の隠れ里出身の人物だ。
数年前まではこそこそと隠れ住む必要などなかったのだが、支配者がメアリス教国に代わってから獣人たちは肩身が狭い思いをしていた。
とは言っても、人間との交流が全く無かったわけではない。
彼らが以前住んでいた村とはこっそりと交易を続けていたし、他の土地に比べれば亜人にとっても比較的平和な土地柄だった――欲をかいた人間たちが、卑怯な裏切りを行なうその日までは。
(クソッ……まさか買出しに出た女衆を、村ぐるみで誘拐するなんて……!)
信用していた村人全員が敵に回ったなら、いくら感覚や身体能力に優れた獣人であっても簡単に隙を突けるだろう。
大半の者は逃げることに成功したが、何人かは捕まってしまい――その中に、彼の恋人であるリンスがいた。
さらに教会にも密告され、獣人たちは安住の地を失う。
隠れ里は崩壊し、彼らは逃亡生活を強いられるようになったのだ。
さて、ほとんどの者は散り散りに逃げたが、恋人を攫われた彼は村に舞い戻った。そして、女衆を売り払った相手を聞き出すことに成功したのである。
その際、少々乱暴な手を使ったが……どうせ縁を切るのだ。多少恨まれたところで、どうってことは無かった。
何より、最初に手を出してきたのはあっちである。恨まれる筋合いはない。
しかし、それももう十日前の話である。
恋人がまだ売られず奴隷商に残っているかは分からない。
メアリス教において、亜人や異教徒は家畜と同列に扱われる。
レイノルズ商会の敷地内では、まるでウシかウマのように、鎖につながれた亜人たちが並べられて販売されていた。その中には、彼と同じ獣人もいた。
だが残念なことに、外で売られているのは、労働用の男奴隷ばかりだ。
(最悪だ。やっぱり……女が売られているのは中か……!)
奴隷という存在は、労働力だ。
故に、基本的には、女子供より肉体の出来上がった成人男性のほうが高値で取引される。
そこに例外があるとすれば――見た目の美しい女や少女は、男の奴隷の倍以上の値段で取引される。用途は、言わずもがなだろう。
そして、顧客の手に渡るまでの間、奴隷商はその美しさを維持する必要がある。
つまり、当然その扱いは、普通の奴隷よりも丁寧なものになるのだ。
彼は内心で舌打ちをした。
外に居てくれるならまだよかったが……建物の中では救出の難易度が跳ね上がる。
とはいえ、諦めるという選択肢はない。
まずは、情報収集が大事だ。
旅人風の男は、商会の大きな建物の裏手に回ってみることにした。
……どうやらこの建物は、販売所や従業員の宿舎(あるいは、奴隷の保管場所と言うべきか)、そして代表の邸宅も兼ねているらしい。
比較的新しい商売となる奴隷産業は、かなり景気が良いのだろう。その館は下手な領主の住居よりもよっぽど豪邸である。
裏手はどうやらプライベートな居住スペースとなっているようで、奴隷だけではなく普通のメイドも働いていた。
恋人を救出しに来た例の男が目を付けたのは、下働きをしているメイドのうちの一人だった。
そのメイドは珍しいピンクブロンドの髪ををしていた。
そして、磁器のような白い肌で、年頃は十歳前後か……丁稚奉公と言うやつだろうか? ほかの従業員と比べても、かなり小柄な少女だ。
しかし、彼が気になったのは、外見ではなく匂いだった。
(あいつ、上手く隠してるけど……仄かに亜人の匂いがする……?)
その血は限りなく薄いし、上手く化粧と香水で誤魔化している。たとえ犬系の獣人でも、普通なら気付かないだろう。
だが、田舎者の――野生の勘を失っていないオオカミ獣人の鼻は誤魔化せなかった。
森の番人たるエルフ族も、今では立派な経済動物だ。たいていの場合見た目が整っている上に精霊魔術も使えるため、奴隷としては人気の商品である。
もちろんハーフやクォーターでも、それは変わらない。むしろ純血のエルフより価値が下がる分、ひどい扱いを受けるのが常だった。
つまり、彼女も自分と同じ側の弱者である。
(……あいつなら、話を聞いてくれるかもしれない)
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