異界育ちの幻使い

yasunari311

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37話

能面のまま、進む

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 ──黙って歩いていた。

 幻装はまだ身に纏っている。
 だが、その力に張りはなかった。
 拳に集う気配も薄く、ただ“形”として残っているだけ。

 

 アヤトの足取りは鈍い。

 動ける。進める。戦える。
 けれど──疲れていた。

 身体ではない。心が、だ。

 

 ここまで、屠りに屠り尽くしてきた。

 異形だけではない。
 かすかに理を持ち、言葉を交わせそうな“知性体”すらも──
 例外なく、その拳の前に沈めた。

 

 かつては人間だったのだろう。
 あるいは、そういう“形”だったのかもしれない。

 だが、それが何だというのだ。

 対話も、猶予も、迷いも──
 今のアヤトには、すべて無意味だった。

 

 拳を向け、叩き落とす。

 破片となって潰れ、沈む。

 

 アヤトは、それをただ見ていた。

 表情は動かず。声も出さず。

 ──まるで、能面のように。

 

 怒りも、悲しみも、思い出せない。

 もしかすると、まだどこかに残っているのかもしれない。
 だが、それを掘り返す余力など、とっくに底をついていた。

 

 幻の拳は、まだその腕にある。
 だがもはや“戦い”のためではない。
 ただ、進むための──形式。

 

 異形の気配は消えていた。

 街の広範囲域を、一帯また一帯と屠り、何も残さなかった。

 この先に、戦いはない。そう思えるほどに。

 

 「……もうすぐ、島だな」

 

 声に熱はなかった。
 だが、その一言だけが、まだ“人間らしさ”を残していた。

 

 目的地は近い。
 地図に名を残すだけの島。
 かつて“師匠”が祀られていたという──忘れられた祠の地。

 

 アヤトは、能面のまま歩みを止める。

 岸辺に立ち、静かに水面を見つめた。

 

 渡し舟も、橋も、もう存在していない。

 風はなく、波もない。
 ただ──静寂だけが、そこにあった。

 

 アヤトは、幻を練った。

 指先に集めた淡い力が、音もなく形を成していく。

 

 杭。板。舷。

 無駄を削ぎ落とした線が、ひとつの舟を描いてゆく。

 ──幻にて、舟を組む。

 

 刃にも鎧にもなるその力を、今はただ“運ぶため”に使うだけ。

 

 舟は淡く、薄く、それでいて確かに浮かんでいた。

 揺れず、軋まず、最初からそこにあったかのように。

 

 アヤトは幻装を解き、その舟に乗り込む。

 拳も、力も、今はもう──不要だった。

 

 片手をかざす。
 舟が音もなく、水面を滑り出す。

 

 向かうは、島。
 祠のある、その地へ。

 

 風も波も、気にしなかった。
 幻の舟は、ただ淡々と進み続けた。

 

 アヤトの心の奥に、微かな熱が残っていた。

 舟は、ただ進む。
 何も語らず、何も残さず──
 アヤトを、あの島へと運んでいた。
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