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15. ジェレミーの思い違い
しおりを挟むジェレミーがじっと私を見つめてから口を開いた。
先程からベッドサイドに跪いているから、上半身を起こした私の方を見上げるようにしている。
「美香、帰るところがないならここでずっといられるのか?」
「いられるというか、もう他に行くところがないの。ジェレミーはアニエスのことが好きじゃないみたいだし、どうしたものかな……。ここに来た目的はジェレミーの恋愛を成就させるってことだったから……」
ジェレミーがアニエスに失恋して闇堕ちするという展開は、恐らくもうないだろうけど。
結局、私がこの世界に来た意味がなくなってしまった。
こうなったら、この世界で推しのジェレミーを見守りながら何か自分に出来ることを探すしかないのかな。
まあそれも楽しそうだけど……。
「俺の恋愛を成就させるのが目的だったんなら是非協力してくれないか?」
……今、何と?
「え?」
「先程も伝えようとしたんだが、美香が気を失ってしまったからな。……実はあの森で美香を見つけた時、俺はその不思議な存在に目を奪われた。見たことのない奇怪な服を着て、初めて会ったというのに俺の名をとても嬉しそうに呼んだな。その瞬間に分かったんだ」
跪いたままでベッドの上の私の手にジェレミーは手を添える。
さりげなく添えるその手が小憎らしい……。
私に振り解くことなんて出来ないのに。
自分の鼓動が耳に響いて煩いくらいで。
これはまさか……。
「俺の定められた縁はこの女子に繋がっていると」
ちょ……っ! ちょっと待ってください!
これはもしや、愛の告白というやつですか⁉︎
「あの……、それってどういう……」
もしも! もしも、私の勘違いだったらものすごく恥ずかしいからきちんと確認しておこう。
「つまり、天の計らいで美香という天使様が現れたのは俺の為だと思ったのに、その天使様は俺と他の令嬢の仲を取り持つ為に来たと言う。それなら俺のこの想いはどこへ持っていけば良いんだろうな?」
悪魔的にかっこいい苦笑いを浮かべたジェレミーは話を続けた。
もう私は黙って聞いていようと決心した。
「美香、はじめに言ったな? 俺とアニエス嬢の仲を取り持つことが叶わなければ、この世界に来た意味がないと。それではこれから意味を作れば良い」
ここでジェレミーは姿勢を正した。
つられて私もベッドの上であったが姿勢を正す。
「俺と一緒にこの世界で生きてくれないか。俺としてもこんな事は俄かには信じがたいことなんだが、一目見た時から美香のことをとても愛しいと思ったんだ。きっと運命の伴侶なのだと」
ジェレミーが……、私のことを愛しいと?
お姉ちゃんの書いた小説のジェレミーはアニエスに一目惚れしたのに、今目の前のジェレミーは私のことを好きだと言う。
じゃあ私は?
推しだからドキドキするの?
推しだからこんなに嬉しいのかな?
思いもよらぬ展開に混乱してもう一度気絶してみたかったけど、そう上手くはいかない。
「ちょっと混乱してて……。少し時間をください」
恋愛なんて無縁の病床生活で。
お姉ちゃんの小説や人気の恋愛小説で疑似恋愛しかしてこなかった私は、今の自分のこの気持ちが何なのか判断できかねていた。
「勿論だ。これから俺という人間を知ってくれれば良い」
複雑な表情を浮かべたジェレミーは、それでも最後は眩しい笑顔に変えて頷いた。
ジェレミーは大きな思い違いをしている。
私はあれほど読み込んだ小説で、ジェレミーの性格もどんな人間かも分かってる。
ジェレミーがどういう人間か知らないから返事できないんじゃないんだよ。
小説の中で闇堕ちする程にアニエスのことを好きなジェレミーを知り過ぎて、その違いにまだ自分の理解が追いついていない。
それに、ジェレミーに対する私の気持ちが単なる『推し』に対するものなのか、それともこれが『恋慕の情』なのかまだ区別が付いていないのが自分でモヤモヤしてるんだ。
お姉ちゃん! こんな時どうすればいいか教えてもらっておけば良かったよー!
――その日の晩はなかなか寝付けなくて、やっと眠れた時には不思議な夢を見た。
真っ白な空間にドレス姿の私が立っているんだけど、少し離れたところに制服姿の私。
制服姿の私の隣にはお姉ちゃん。
お姉ちゃんも、制服姿の私も明るい笑顔で二人揃って私に手を振ってるの。
私はなんだかとても寂しくて、必死に手を伸ばすんだけど二人は手を繋いであっという間に消えちゃった。
「もう、私はいない方が良いんだよ。素直に幸せになって」
最後に私の声でそう聞こえた。
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