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第一章 逆行したレティシア(幼少期)
19. ソフィー皇后の為に、レティシアは模索する
レティシアは屋敷に戻るなり、書き物机に向かいペンと紙を使っていつものように状況を整理しようと試みた。
けれど次々と溢れる涙が紙を濡らし、インクを滲ませる。
「やはりソフィー様は過去と同じで死産してしまった。このままではまたソフィー様を失ってしまう事になる。どうすれば……」
過去の通りならば、あとひと月半もしないうちにソフィー皇后は逝去するのだ。
「思い出すのよ、レティシア。あの時、ソフィー様はどのような経過を辿って亡くなられたのか……」
あの時も、たった五歳だったレティシア。
親しくしていたソフィー皇后が亡くなった衝撃が大きくて、どのようにして亡くなったのかという記憶が曖昧だった。
目を閉じ、周囲が話していた言葉、あの時自分が見た物、記憶の欠片を手繰り寄せていく……。
「確か……死産した際の適切な処置が遅れ、ひどい貧血になったとか」
死産後暫くしてレティシアが見舞いに訪れた時、青白い顔をして寝台に横たわるソフィー皇后は、元気だった頃の面影は失われ、やせ細り、痛む頭を常に押さえていた。
朧げながらもその頃のソフィー皇后の様子を思い出したレティシアは、早速紙に書きとめる。
腕の良い薬師が待機する宮殿。何故万全の体制が敷かれているはずの状況で起きた死産で処置が遅れたのか。今思えば、不思議でならなかった。
「本当に防げない不運だったのかしら……。もしかして……あの、薬師のアヌビス様なら、何かご存知かも」
この帝国では稀な黄金色の瞳を持つアヌビス老人。得体の知れない力を秘めているようなあの眼力は、レティシアにとって少々恐ろしくもあった。
けれどもうあまり時間が無い。ソフィー皇后を救う事が出来たなら、リュシアンも悲しみに暮れる事もないだろうし、ひょっとしたら過去のようにレティシアと険悪になる事も無いかも知れないのだ。
「何よりも、大好きなソフィー様には生きていて欲しい」
涙を拭ったレティシアは、今自分に出来ることをしようと考え、侯爵家の図書室にある健康に関する本や疾病に関する本を夜更けまで読み漁った。
翌日、いつものように宮殿へ向かう。しかし行き先は皇后宮ではなく、アヌビスの居るであろう医務室であった。
「ごきげんよう、アヌビス様」
「おお、レティシア嬢か。身体の具合はもうよろしいのかな?」
医務室にはアヌビスが一人で居た。今日は奥の部屋では無く手前の空間で。
どうやら寝台がずらりと並ぶ医務室の掃除をしていたようだ。アヌビスの手には箒が握られており、伸ばした髭には綿埃が付いている。
「はい。お一人でお掃除ですか? ふふっ……アヌビス様、お髭に綿埃が付いています」
出来るだけ子どもらしい話し方を心掛けようとしていたものの、レティシアはアヌビスの様子に自然と笑いが溢れた。
そっと手を伸ばして髭に付いた綿埃を取り払うと、レティシアは辺りをグルリ見渡す。他に何名も薬師が居るはずなのだが、今は見当たらない。
「フォッフォッフォッ……。綿埃に好かれたくは無いのぅ。若い薬師達は今の時間、回診に出とるよ。」
「そうですか。ちょうどアヌビス様にだけお話したい御用があったので良かったです。お掃除、私もお手伝いします」
小さな身体でアヌビスの真似をして箒を扱い、レティシアは自身も綿埃にまみれながら一生懸命に手伝った。
「いやぁ、助かった。薬師達は掃除が苦手でな。して、本日はどうなさった?」
「えっと……、ゴホッゴホッ」
「おお、そういえばレティシア嬢は気管支が弱かったの。それなのに手伝って貰ってすまない。うっかり失念していたよ。こちらへおいで」
掃除を終えたアヌビスは、またあの薄暗い調合室のような奥の部屋へ咳き込むレティシアを案内すると、ゴソゴソと引き出しから色々な薬草を取り出す。
それを秤に乗せて調合すると、沸かした湯を入れ何やらコップに入った飲み物をレティシアへと差し出した。
「それは疲労と気管支に効くハーブティーじゃ。ワシの特製じゃぞ」
「ゴホッ、ありがとう」
「さぁさ、全部飲んでしまいなさい」
スウッとした清涼感のある飲み物は、甘みもあってとても美味しい。コップになみなみと注がれたそれを飲み干す頃には、レティシアの感じていた軽い息苦しさと咳はすっかり治ったようだ。
「不思議……治ったみたい。それに、どうして私が気管支が弱いと知っているの?」
「殿下からその話を聞いていたまで。しかしワシは腕の良い薬師じゃからの。よく効くハーブティーを作るなんぞ朝飯前よ」
髭をさすりながら得意そうに話すアヌビスは、皺くちゃの顔を綻ばせた。
はじめは何だかこの場所もアヌビス自身も恐ろしいと感じていたレティシアも、段々とリラックスして肩の力が抜けるのを感じる。
「実は……アヌビス様に聞きたい事があって」
レティシアは真剣な面持ちで話を切り出した。
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