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8. 素敵なお義母様ですこと
しおりを挟むアドリエンヌは華奢な夫人に向けてカーテシーをしながら挨拶を行った。
「シャトレ侯爵が長女アドリエンヌ・ド・シャトレと申します。突然の訪問をお許しくださいませ。」
アドリエンヌが謝罪を述べると、伯爵夫人は思いの外上機嫌で穏やかな笑顔を浮かべて答えた。
「子どもたちに焼き菓子を下さってありがとう。それに、アダムから聞いているわ。パーティーでお声を掛けていただいたとか。それにしても、こんなに素敵な御令嬢に衆人環視で婚約破棄宣言をなさるなんて、王太子殿下も馬鹿なことを……。心中お察し申し上げますわ。」
華奢な外見とは裏腹に、一歩間違えれば不敬罪とも取れる発言をサラリと行う夫人にアドリエンヌは笑顔で返事をする。
「痛み入ります。」
そして、さっさとソファーに腰掛けた夫人は双子たちと共にアドリエンヌにも腰掛けるよう促した。
双子たちは持って来た焼き菓子をモグモグと口いっぱいに頬張っている。
「それで、今日の御用向きは何ですの?」
アレックスの淹れたローズヒップティーを口にしながら夫人は尋ねた。
「はい、実は私アレックス様と婚約を結びたくて。今まさに説得の最中なのですわ。」
「アレックスと婚約?まあ、それは突然の展開ね。貴女のような素敵な御令嬢ならば、このような貧乏伯爵家に嫁がずともいくらでも嫁ぎ先はあるでしょう。何故アレックスなのかしら?」
少しのことでは動じない質なのか夫人は落ち着いた口調でアドリエンヌに問うた。
「それは私の一族の特徴でもあるのです。実は私、人間ではなく吸血鬼なんですの。そしてアレックス様は私の運命の番いなのですわ。」
アドリエンヌはアレックスの家族にも自分の正体を隠すつもりはないのか抵抗なく正体を明かした。
「吸血鬼ですって?それではアドリエンヌさんは変身したり力持ちだったりするのかしら?」
「はい、一番よく姿を変えるのは蝙蝠ですが霧や他の動物、鳥にも姿を変えられます。あとは人間よりも少しばかり怪力ではありますわね。」
アドリエンヌの詳細を聞いたアレックスと双子たちは声を失うほど驚いたが、夫人はさほど驚いた様子はなく、アレックスと同じ黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせてアドリエンヌを見つめていた。
「素晴らしいわ!私、幼い頃から吸血鬼だとか魔女だとか幽霊などが大好きなの。本の中と遠い他国の世界だとばかり思っていたけれど、こんなに身近にいるなんて!とっても嬉しいわ。」
「「アドリエンヌ、きゅうけつきなの?変身できるなんて、カッコいいね!」」
夫人と双子たちはアドリエンヌを熱烈に歓迎した。
「そう言っていただけると嬉しいですわ。お義母様。」
「まあ、お義母様だなんて。嬉しいわぁ。」
アドリエンヌは自分に好意的なこの三人に親しみを覚え、紅い瞳を細めて口元を緩めた。
「さりげなくお義母様とか呼ぶのやめてもらっていいですか?僕はアドリエンヌ嬢と婚約する気はありません。」
アレックスは和気藹々とした雰囲気にあえて水を差すように、素っ気なく言った。
そうすれば夫人はアレックスを睨みつけ、双子たちは泣きそうな顔になり、アドリエンヌは相変わらず笑顔を振りまいている。
「アレックス、どうしてそんなことを言うの?アドリエンヌさんは素敵な御令嬢よ。正直者で気遣いができて、それにドレスが汚れることも厭わずに畑仕事も手伝ってくれる優しい方よ。」
いつの間に見られていたのか、夫人はアドリエンヌが水やりをしていたのを知っているようであった。
「「アレックス、アドリエンヌ優しいよ。お菓子もおいしいよ。」」
揃いの青い瞳を潤ませて双子たちはアレックスに訴えかける。
「それでも、僕は吸血鬼になんかなりたくありません。人間をやめたくはないのです。そのような感情は人間ならば当然のことでしょう?」
アドリエンヌはアレックスの言葉にも傷ついた様子は見せずにいた。
人間のアレックスの感覚は至極当然のことであるから、アドリエンヌも予想していた範囲だからである。
「確かに、人間であればそのような感情を持つことは当然のことですわね。それでも、私がアレックス様のことをお慕いしていることに変わりはありませんわ。ですから答えは急ぎません。勿論、早いに越したことはありませんけれど。少しずつ私のことを知って頂ければ良いのです。」
そう言って、アドリエンヌは穏やかな笑顔をアレックスに向けた。
しかしアレックスはどこか居心地が悪い表情で視線を逸らしたのだった。
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