8 / 40
8. 素敵なお義母様ですこと
アドリエンヌは華奢な夫人に向けてカーテシーをしながら挨拶を行った。
「シャトレ侯爵が長女アドリエンヌ・ド・シャトレと申します。突然の訪問をお許しくださいませ。」
アドリエンヌが謝罪を述べると、伯爵夫人は思いの外上機嫌で穏やかな笑顔を浮かべて答えた。
「子どもたちに焼き菓子を下さってありがとう。それに、アダムから聞いているわ。パーティーでお声を掛けていただいたとか。それにしても、こんなに素敵な御令嬢に衆人環視で婚約破棄宣言をなさるなんて、王太子殿下も馬鹿なことを……。心中お察し申し上げますわ。」
華奢な外見とは裏腹に、一歩間違えれば不敬罪とも取れる発言をサラリと行う夫人にアドリエンヌは笑顔で返事をする。
「痛み入ります。」
そして、さっさとソファーに腰掛けた夫人は双子たちと共にアドリエンヌにも腰掛けるよう促した。
双子たちは持って来た焼き菓子をモグモグと口いっぱいに頬張っている。
「それで、今日の御用向きは何ですの?」
アレックスの淹れたローズヒップティーを口にしながら夫人は尋ねた。
「はい、実は私アレックス様と婚約を結びたくて。今まさに説得の最中なのですわ。」
「アレックスと婚約?まあ、それは突然の展開ね。貴女のような素敵な御令嬢ならば、このような貧乏伯爵家に嫁がずともいくらでも嫁ぎ先はあるでしょう。何故アレックスなのかしら?」
少しのことでは動じない質なのか夫人は落ち着いた口調でアドリエンヌに問うた。
「それは私の一族の特徴でもあるのです。実は私、人間ではなく吸血鬼なんですの。そしてアレックス様は私の運命の番いなのですわ。」
アドリエンヌはアレックスの家族にも自分の正体を隠すつもりはないのか抵抗なく正体を明かした。
「吸血鬼ですって?それではアドリエンヌさんは変身したり力持ちだったりするのかしら?」
「はい、一番よく姿を変えるのは蝙蝠ですが霧や他の動物、鳥にも姿を変えられます。あとは人間よりも少しばかり怪力ではありますわね。」
アドリエンヌの詳細を聞いたアレックスと双子たちは声を失うほど驚いたが、夫人はさほど驚いた様子はなく、アレックスと同じ黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせてアドリエンヌを見つめていた。
「素晴らしいわ!私、幼い頃から吸血鬼だとか魔女だとか幽霊などが大好きなの。本の中と遠い他国の世界だとばかり思っていたけれど、こんなに身近にいるなんて!とっても嬉しいわ。」
「「アドリエンヌ、きゅうけつきなの?変身できるなんて、カッコいいね!」」
夫人と双子たちはアドリエンヌを熱烈に歓迎した。
「そう言っていただけると嬉しいですわ。お義母様。」
「まあ、お義母様だなんて。嬉しいわぁ。」
アドリエンヌは自分に好意的なこの三人に親しみを覚え、紅い瞳を細めて口元を緩めた。
「さりげなくお義母様とか呼ぶのやめてもらっていいですか?僕はアドリエンヌ嬢と婚約する気はありません。」
アレックスは和気藹々とした雰囲気にあえて水を差すように、素っ気なく言った。
そうすれば夫人はアレックスを睨みつけ、双子たちは泣きそうな顔になり、アドリエンヌは相変わらず笑顔を振りまいている。
「アレックス、どうしてそんなことを言うの?アドリエンヌさんは素敵な御令嬢よ。正直者で気遣いができて、それにドレスが汚れることも厭わずに畑仕事も手伝ってくれる優しい方よ。」
いつの間に見られていたのか、夫人はアドリエンヌが水やりをしていたのを知っているようであった。
「「アレックス、アドリエンヌ優しいよ。お菓子もおいしいよ。」」
揃いの青い瞳を潤ませて双子たちはアレックスに訴えかける。
「それでも、僕は吸血鬼になんかなりたくありません。人間をやめたくはないのです。そのような感情は人間ならば当然のことでしょう?」
アドリエンヌはアレックスの言葉にも傷ついた様子は見せずにいた。
人間のアレックスの感覚は至極当然のことであるから、アドリエンヌも予想していた範囲だからである。
「確かに、人間であればそのような感情を持つことは当然のことですわね。それでも、私がアレックス様のことをお慕いしていることに変わりはありませんわ。ですから答えは急ぎません。勿論、早いに越したことはありませんけれど。少しずつ私のことを知って頂ければ良いのです。」
そう言って、アドリエンヌは穏やかな笑顔をアレックスに向けた。
しかしアレックスはどこか居心地が悪い表情で視線を逸らしたのだった。
あなたにおすすめの小説
番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!?
貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。
愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
私は平民、あなたは公女〜入れ替わりは食事だけの約束ですが!
みこと。
恋愛
平民の少女コニーはある日、筆頭公爵家に連れてこられた。
魔法で眠らされた公女・エヴァマリーの身体に入り、公女の代わりに食事をして欲しい。でなければ意識のない公女が、衰弱して餓死してしまう、と。
稀有なことに、コニーとエヴァマリーの魂の形は同じで、魔道具を使えば互いの身体を行き来出来るのだと言う。
「公女様の代わりに、ご飯を食べるだけのお仕事」
権力者相手に断れず、コニーはエヴァマリーの身体に入るが、やがてその他学習や、彼女の婚約者とのデートも命じられ……。
そんな中、本物の公女がコニーの身体で目覚めた。評判の悪女だった公女は、"使い捨ての平民"だからと、コニーの身体で悪さを始める。
公女と平民の入れ替わり物語、全7話、いっきに完結予定です。お楽しみください。
※「小説家になろう」でも掲載しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた
波依 沙枝
恋愛
毎日更新
侯爵令嬢セレスティアは、第二王子リヒトの婚約者。
冷たくされても「愛されている」と信じてきた――けれど、ある夜すべてが壊れる。
「お前みたいな女を愛する者などいない」
絶望の底で手を差し伸べたのは、“本当の王子”だった。
これは、捨てられた令嬢が見出され、溺愛され、
嘲笑った婚約者がすべてを失って後悔するまでの物語。
今さら縋りついても、もう遅い。
彼女はもう、“選ぶ側”なのだから。
試験でカンニング犯にされた平民ですが、帝国文官試験で首席合格しました
あきくん☆ひろくん
恋愛
魔法学園の卒業試験で、私はカンニング犯に仕立て上げられた。
断罪してきたのは、かつて好意を寄せてくれていた高位貴族の子息。そしてその隣には、私を嫌う貴族令嬢が立っていた。
平民の私には弁明の余地もない。私は試験の順位を辞退し、その場を去ることになった。
――だが。
私にはもう一つの試験がある。
それは、帝国でも屈指の難関といわれる帝国文官試験。
そして数日後。
その結果は――首席合格だった。
冤罪で断罪された平民が、帝国の文官として身を立てる物語。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。