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9. 狂い死ぬこともありましょう
しおりを挟む「それでは吸血鬼の番いというのはお互いに相手からとても魅惑的な匂いがして、その血を衝動的に欲するほどにお互いをとても愛するのですね。そうして種を存続していくと。でも、どうして人間のアレックスが番いなのかしら?本来であれば同族同士が番いになるものかと思っていたけれど。」
伯爵夫人はすっかりアドリエンヌと親しくなり、焼き菓子をつまみながら気軽に会話を楽しんでいた。
アレックスもマリーとフィリップを相手にしながら耳を傾けているようだ。
「そうなのです。私も何故人間のアレックス様が番いなのか不思議に思ってはいるのですが、我々の種族も人間たちと関わることが増えてきた故に性質も段々と近づいて来ているのです。例えば、日光の中を歩くことも出来ますし、神や十字架も平気です。ニンニクは好物ですし、銀も大丈夫です。これは数百年かけて吸血鬼たちが進化して来た結果なのです。ですから、番いの相手が人間だとしてもおかしくはないことかと。」
「つまり、この世界で絶対的に数の多い人間に合わせて適応しているということかしら?」
「恐らくは。それに、古来は人の生き血を吸い眷属を作って永遠を生きる恐ろしい化け物というのが吸血鬼のイメージだとは思いますが、今の私たちは人の生き血を無闇に吸うことはないのですわ。」
アドリエンヌに吸血鬼の生態を聞いた夫人は興味深そうに相槌を打っている。
「それではあなた方は一体何から糧を得ているのですか?」
ずっと黙っていたアレックスがアドリエンヌに質問したのは、アレックスの思う吸血鬼のイメージとアドリエンヌたちの生活が少し違っていたことからの素朴な疑問であった。
「人間と同じ食事からと、あとはどうしても少しは血液の成分も必要ですからそれはこれで。」
アドリエンヌはバッグの中からパウチに入った飲み物を出した。
「これです。『血ーダーインゼリー』と言って人工血液をゼリー状にしたものです。いざという時の非常食としても便利なのですわ。」
「まあ!ものすごい発明ね!」
血ーダーインゼリーを見た夫人は目を丸くして感嘆の声を上げた。
「成る程、吸血鬼業界でもとても便利な物があるのですね。つまり、古来のように人間や家畜を無闇矢鱈と襲うことはないと?」
夫人は感心したように何度も頷いているが、アレックスは続けて質問をした。
「はい、その通りですわ。私たち種族も人間と共存する為に進化してきたのです。古来のように何でもかんでも血を吸って眷属にしたりすることはありません。ただ、番いに関しては別ですけれど……。本来、吸血鬼同士であれば、番い同士はお互いの血を切望するのです。実は私もアレックス様と出会ってからはかなりの衝動を堪えているのですわ。」
「いや、僕そんなこと言われても普通に怖いんですけど。」
アレックスはまた番いの話が出てからは怪訝な表情をしている。
しかも、血を吸う衝動を堪えているなどと言われては恐ろしいと思っても仕方のないことだった。
「心配なさらないでください。アレックス様が私を婚約者と認めてくださるまでは血を吸ったりしませんわ。ええ、必ず耐えてみせますとも。」
「もし、僕がずっと婚約者になることを拒んだら貴女はどうなるのですか?」
そのように強い衝動を抑えているならば、もしそれが叶わないとなるとどうなるのか、アレックスは疑問に思ったようだ。
「もし、アレックス様が私の番いとなってくださらなければきっと私はいつか狂い死ぬでしょうね。でも、それも致し方ありませんわ。だって吸血鬼同士ならば何ら問題なくとも、人間のアレックス様からすれば番いなどと言われてもその衝動を感じることもなければ、理解することもできないでしょうし。」
無理矢理アレックスを番いの吸血鬼にするなどということはしないとアドリエンヌは告げたのだ。
アレックスが受け入れてくれなければ狂い死ぬことも致し方ないと。
「貴女も厄介な相手が番いでお気の毒ですね。」
アドリエンヌがサラリと述べた悲惨な内容に、動揺したアレックスは思わず皮肉を言ってしまったのか、言葉にした後に気まずげな表情になった。
「それでも、私は諦めませんから。できる限りのことはさせていただきたいのです。それでも駄目ならば致し方ありません。」
そう言ってアドリエンヌはアレックスに向けて少し寂しげな微笑みを見せた。
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