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1. 月夜の出会い
しおりを挟む「大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
「手、貸そうか?」
「え……、うん」
――あの日は気味が悪いほど大きな月が空に昇っていた。暗い神社の脇にある林で仰向けにすっ転んだ俺を覗き込んだのは、見た事がないくらい髪の毛の長い女の子だった。こんな夜道で女の子に出会うなんて、幽霊だと思ってもおかしくはないのに、その子のことは不思議と怖くなかった。
女の子はお尻の辺りまで髪の毛を伸ばしていて、前髪だけは目の上で真っ直ぐに切り揃えられている。青白い顔に空からの月光が降り注いで、長いまつ毛が頬に影を落としていた。
「私を見た事、内緒にしててね」
そう言ってゆっくりと手を引き助け起こしてくれた女の子は、こちらがお礼を告げる前にさっさと走って行ってしまう。月の光しか無いのに、どうしてあんなに危なげなく走れるんだろう。
父親と喧嘩をして懐中電灯だけを引っ提げて家から飛び出した俺は、祖母の家への近道になる神社の横の林を早足で通り過ぎようとした。
けれど、落ち葉によって罠のように隠された穴に足を踏み入れ転んでしまった。きっと犬か猪かそんな動物が掘った穴だろう。大して深くも無いのに、この罠は暗闇ではてき面に効果を発揮した。
あたりを見渡すと、近くに転がった懐中電灯は明後日の方向を照らしていた。打ち付けた尻を撫でながらそれを拾う。あの子は誰だったのか、同い年か少し年下にも見えたけど、とても綺麗な子だった。まだこの村の学校に一度も行っていない俺には、あの子の名前も分からない。夏休み明けには誰だか分かるのだろうか。あの子の前で胸がドキドキしていたのは、きっと転んだところを見られたのが恥ずかしかったからだ。
「それにしても、尻が痛ぇ……。ばあちゃん、まだ起きてるかな?」
林の向こうに見える祖母の家はまだチラチラと灯りがついているように見えた。俺はそこを目指して何度も後ろを振り返りながら進む。
ザワザワと木々が揺れる音と、遠くで川が流れる音がさっきよりもいやに大きく聞こえる。後ろから誰かが追いかけて来ているような気がして、半分身体を後ろに捻りながら早足で歩いた。
「くっそ、全部父さんのせいだからな!」
怖さを紛らわせるように、喧嘩した父に悪態をついた。祖母の家の玄関の明かりが見えてくるとホッとした。まだ時刻は八時半、祖母の部屋の明かりも点いているし、テレビでも観ながら起きているのだろう。
玄関のチャイムを鳴らして暫く待つと、引き戸のすりガラスの向こうに祖母のずんぐりとしたシルエットが見えた。
「だぁれ?」
「ばあちゃん! 俺だよ、桐人」
「まぁまぁ、桐人ちゃん。どうしたの?」
祖母は赤いカーディガンのような上着を着ているらしく、すりガラスの向こうでゆっくりと注意深く土間に降りるのが見えた。そしてガチャガチャと鍵を開ける音がして、祖母がガラリと引き戸を開ける。
「こんな夜遅くに、どうしたのぉ?」
また同じことを尋ねる祖母に、俺は父親と喧嘩して家出して来たのだと告げた。祖母はひどく驚いた顔をして、やがて目尻に皺を寄せて笑う。
「真っ暗で怖かったでしょう? とにかく中へ入りなさいよぉ」
「うん。父さんには電話したりしないでよ」
「はいはい、お腹は空いてないのかい?」
「夕飯は食べて来たから大丈夫」
家の中に入る前にもう一度後ろを振り向いた。誰もついて来ていないことを確認して、祖母の家の鍵を閉めた。
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