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水と蛇
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紘子は、もう一度何かを唱えながら、手のひらを合わせた。
キラキラ光る玉が、てのひらの間に生まれた。
それは、次第に大きく膨らんでくる。
黒々とした長い紘子の髪が、宙に浮かび上がった。
光る玉はさらに大きく広がり続ける。
玉の中には、水がゆらゆらと入っている。
先ほど椎と忠義を包んだ球と同じ、紘子の水球だった。
今椎を包んでいるものとは別な、大きなものだ。
それは、紘子の広げた腕を越え、忠義の背を越えた。
屋根に届くくらいまで大きく広がる。
「清灯、炎を消して」
紘子の声で、一瞬にして火柱が消えた。
それと同時に紘子の作った大きな水球が大蛇めがけて投げつけられた。
大蛇はぶるんと体をゆすり、その水球を弾いた。
水球が、母屋の廊に飛んでいった。
水球を覆う柔らかな膜が変形し、青大将が入っていた角盥を巻き込みながら転がっていく。
「なんて邪気。どれほどの力に溢れたものが、死水の中にいたのかしら……」
紘子が悲し気に呟いた。
失われた命と、これほどの想いを残す怨念が、悲しかった。
「……お前の……ちから……」
大蛇が紘子に向き直る。
「しまった」
清灯が紘子の元に走った。
紘子の持つ守りの「力」は悪しきものの敵。
このままでは、紘子の命が危うかった。
「しょうがない」
紘子の命には代えられなかった。
清灯は、自分の左足首にあった黒水晶の数珠を引きちぎる。
紘子の髪で作られた強力な護符。
「ちい姫。鬘になったら忠義にでも嫁にしてもらえ」
「忠義にでも!? でもってなに?」
忠義がすばやく抗議する。
清灯は、忠義を完璧に無視して、数珠を高く放り投げた。
「ちい姫」
「はいはい」
黒水晶は、空中でくるくると回転すると、キラキラと光る大きな輪になっていく。
大きな輪が大蛇の首にすっぽりと収まった。
巨体が大きく揺れた。
地響きが鳴る。
「忠義! いまだ! 目を射れ!」
「そおゆうことは、弓矢を持っているときに言えっつ――の」
忠義はそう言いながら、暴れる大蛇をかわし、細い太刀をその目に向かって放り投げた。
それは、弧を描き、正確に左目を突き刺した。
雄たけびが山を揺るがす。
巨体が転がり、椎の漂う水球に向かって突進してきた。
「椎」
紘子が慌てて追いかけた。
「紘子」
二人の幼馴染が、紘子の体を同時に止めた。
もう一つの水球が母屋の庭から出現したのは、次の瞬間だった。
それは、先ほど大蛇にはじかれた水球よりもさらに大きく広がっている。
「な……」
皆が息を呑んだ。
あらわれた水球の中には、白い大蛇が漂っていた。
つぶられていた瞳がゆっくりと見開かれる。
「紅い目……」
紘子が信じられないと言った声で呟いた。
紅い目は神蛇のもの。
人の世界を越えた場所に存在する尊き存在。
紘子を抱きしめる二人の手に、力がこもった。
球の中にあった水が、波を打ったように見えた。
ちいさな音がして、水球の外側の膜が破れた。
次の瞬間、水球の中に会った大量の水があふれ出た。
水は大きな音を立て、滝のように流れ落ちてくる。
忠義と清灯が紘子を間にして、お互いをぎゅっと抱きしめた。
水が止んだ。
静寂が辺りを包んでいる。
三人が目を開けると、空を覆わんばかりの白い大蛇が空中に漂っていた。
紅い瞳の奥には、燃えるような炎が見える。
神蛇は、紘子がすんでのとことで張った結界に固まる三人を、じっと見つめた。
それから、大きく体の向きを変え、東の空へと飛んでいった。
その後に、空っぽの角盥が一つ、空からがらんと落ちてきた。
キラキラ光る玉が、てのひらの間に生まれた。
それは、次第に大きく膨らんでくる。
黒々とした長い紘子の髪が、宙に浮かび上がった。
光る玉はさらに大きく広がり続ける。
玉の中には、水がゆらゆらと入っている。
先ほど椎と忠義を包んだ球と同じ、紘子の水球だった。
今椎を包んでいるものとは別な、大きなものだ。
それは、紘子の広げた腕を越え、忠義の背を越えた。
屋根に届くくらいまで大きく広がる。
「清灯、炎を消して」
紘子の声で、一瞬にして火柱が消えた。
それと同時に紘子の作った大きな水球が大蛇めがけて投げつけられた。
大蛇はぶるんと体をゆすり、その水球を弾いた。
水球が、母屋の廊に飛んでいった。
水球を覆う柔らかな膜が変形し、青大将が入っていた角盥を巻き込みながら転がっていく。
「なんて邪気。どれほどの力に溢れたものが、死水の中にいたのかしら……」
紘子が悲し気に呟いた。
失われた命と、これほどの想いを残す怨念が、悲しかった。
「……お前の……ちから……」
大蛇が紘子に向き直る。
「しまった」
清灯が紘子の元に走った。
紘子の持つ守りの「力」は悪しきものの敵。
このままでは、紘子の命が危うかった。
「しょうがない」
紘子の命には代えられなかった。
清灯は、自分の左足首にあった黒水晶の数珠を引きちぎる。
紘子の髪で作られた強力な護符。
「ちい姫。鬘になったら忠義にでも嫁にしてもらえ」
「忠義にでも!? でもってなに?」
忠義がすばやく抗議する。
清灯は、忠義を完璧に無視して、数珠を高く放り投げた。
「ちい姫」
「はいはい」
黒水晶は、空中でくるくると回転すると、キラキラと光る大きな輪になっていく。
大きな輪が大蛇の首にすっぽりと収まった。
巨体が大きく揺れた。
地響きが鳴る。
「忠義! いまだ! 目を射れ!」
「そおゆうことは、弓矢を持っているときに言えっつ――の」
忠義はそう言いながら、暴れる大蛇をかわし、細い太刀をその目に向かって放り投げた。
それは、弧を描き、正確に左目を突き刺した。
雄たけびが山を揺るがす。
巨体が転がり、椎の漂う水球に向かって突進してきた。
「椎」
紘子が慌てて追いかけた。
「紘子」
二人の幼馴染が、紘子の体を同時に止めた。
もう一つの水球が母屋の庭から出現したのは、次の瞬間だった。
それは、先ほど大蛇にはじかれた水球よりもさらに大きく広がっている。
「な……」
皆が息を呑んだ。
あらわれた水球の中には、白い大蛇が漂っていた。
つぶられていた瞳がゆっくりと見開かれる。
「紅い目……」
紘子が信じられないと言った声で呟いた。
紅い目は神蛇のもの。
人の世界を越えた場所に存在する尊き存在。
紘子を抱きしめる二人の手に、力がこもった。
球の中にあった水が、波を打ったように見えた。
ちいさな音がして、水球の外側の膜が破れた。
次の瞬間、水球の中に会った大量の水があふれ出た。
水は大きな音を立て、滝のように流れ落ちてくる。
忠義と清灯が紘子を間にして、お互いをぎゅっと抱きしめた。
水が止んだ。
静寂が辺りを包んでいる。
三人が目を開けると、空を覆わんばかりの白い大蛇が空中に漂っていた。
紅い瞳の奥には、燃えるような炎が見える。
神蛇は、紘子がすんでのとことで張った結界に固まる三人を、じっと見つめた。
それから、大きく体の向きを変え、東の空へと飛んでいった。
その後に、空っぽの角盥が一つ、空からがらんと落ちてきた。
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