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「おい、東郷。何泣かしてんだよ」
「俺が泣かした訳じゃねぇよ。なぁ? 侑吾」
いい大人のイケメン2人が、僕の涙にオロオロしている。その姿が少し滑稽で、僕は「ふふっ」と笑ってしまう。何だろう。おかしい訳じゃないのに、とても嬉しくて、楽しくて自然と頬が緩む。昨日から、今まで知らなかった事をたくさん教えてもらっている気がする。
笑った事で涙も止まり、心配そうに僕を見つめている2人に、ペコリと頭を下げた。
「すみません、急に泣いちゃって……。あの、でも、もう大丈夫なので」
「まぁ、そんな時もあるわな。あ、侑吾くん、デザート食うか? おじさんが奢ってあげよう」
「え、でも……」
「俺の作るデザートはすげぇ美味いんだぜ! 待ってな、すぐ持ってくるから」
「は、はいっ」
木佐さんがニカッと笑って、足早にキッチンへと戻っていく。いきなりの行動に呆気にとられている僕に、東郷さんが、コーヒーを飲みながら苦笑交じりに教えてくれた。
「アイツはちょっと色々あって、年下には弱いんだよ。無性に甘やかしたくなるらしくてな。だから、お前がイヤじゃなかったら有りがたく受け取っておけ」
「それは、全然イヤじゃないので喜んで受け取りますけど……」
「デザート食ったら『美味しかったです!』と笑顔で礼を行けば、それで大丈夫だ」
ただ貰うだけでは申し訳ない、という僕の心情に気付いてか、東郷さんはそんな風に言ったけれど、本当にお礼だけでいいのか不安になる。
だが、奢って貰ったデザートは本当に美味しくて、自然と笑顔で「美味しかったです!」とお礼を言い、木佐さんは「そりゃ良かった」と頭をガシガシ撫でてくれたので、良かった……みたい。
事務所に帰った後、東郷さんが教えてくれたのは、木佐さんと東郷さんは高校時代からの友人で、共に似たような仕事に就いていたが、木佐さんのおじいさんが体調を崩した事が切っ掛けで仕事を辞め、喫茶店を継いだらしい。
「……という事は、あの喫茶店って……」
「そう。元々は木佐のじいさんがやってたんだ。昔ながらの頑固じじぃで俺もよく怒られたよ」
「それは、想像出来ますね」
僕の脳内で、木佐さんをかなり老けさせた強面イケメンおじいちゃんの顔が浮かび上がる。むっつりと一見不機嫌そうな顔でコーヒーを淹れる姿を想像してしまった。うん、怖そうだけど凄く美味しいコーヒー淹れてくれそうな感じ。
「木佐も、じいさんの淹れるコーヒーが好きでさ。よく飲みに行ってたんだ。で、木佐が継いだ後もここが近い所為ですっかり常連だ」
口調は呆れた風だけど、そこには隠しきれない親しさが感じられた。高校時代からの友人だから、気心も知れているんだろうな。
(何だか、羨ましいな)
中学はもちろん、高校もバイトに明け暮れていたので、友人と呼べる人は僕にはいない。だから、大人になっても親しい友人と言い合える東郷さんと木佐さんの関係が羨ましかった。
「……ん? どうした? 侑吾」
「い、いえ、何でもないです」
多分、少し沈んだ顔をしていたのだろう。東郷さんが僕に声を掛けてくれる。本当に東郷さんは凄く気に掛けてくれている。昨日知り合ったばかりなのに、こんなにお世話になって、僕は一体この恩をどうやって返せばいいんだろう。
「まぁ、とりあえず仕事の説明をするぞ」
「はいっ」
さて、気持ちを切り替えて、東郷さんから仕事の説明を受ける。給料も高いし、ぶっちゃけ犯罪以外なら何でもやらなくちゃと内心気合いを入れる。
「とりあえず侑吾にお願いしたい仕事はこれだ」
「――――えっと?」
東郷さんの言葉と共にドサリと目の前に置かれたのは山盛りのレシート。まさか……と想って東郷さんを見れば「ご明察」とばかりにニヤリと笑った。
「ウチは3月の確定申告に合わせてやってるんだが、毎年直前まで現金出納帳を付けてなくてな。毎回税理士に怒られてるんだ」
「それは……そうでしょうね……」
それは僕にだってわかる。毎月の出納帳のチェックだけでも結構大変なのに、それが一年まとめてと言われたら、正直発狂するレベルではないだろうか……。
「侑吾は出納帳の書き方はわかってるんだろ?」
「えと、そうですね。大体……」
「とりあえず、そのレシートを確認してくれ。後は、そうだな……電話応対はやってもらおうかな」
「電話応対……わかりました。電話に出るときは『はい、東郷法律事務所です』と名乗ればいいですか?」
「ああ、それでいい。俺はちょっと出てくるから、もし俺宛に電話があったら、相手の名前と電話番号を聞いておいてくれ。帰って来たときにでも折り返すから」
「わかりました」
「じゃあ、後をよろしく」
「はい。いってらっしゃい」
右手を挙げて事務所を出て行く東郷さんを見送った後、目の前に山盛りになったレシートを見る。これはかなり大変だけど、前の税理士事務所の時にもやった事があるので、そこまで難しくはない。
それよりも。
「……昨日知り合ったばかりの僕に留守番させるなんて、僕の事を信用しすぎですよ、東郷さん」
僕的には、信用してもらって嬉しいけれど、事務所所長としてはどうなんだろう。東郷さん自体が、あまりこういう事を気にしない性格なのかもしれないけれど、折角信用してもらったと思って、与えられた仕事を頑張らなきゃな。
「よし、やるぞ!」
まずは、目の前のレシートを月毎に纏める事から始めようと、僕は腕まくりをした。
「俺が泣かした訳じゃねぇよ。なぁ? 侑吾」
いい大人のイケメン2人が、僕の涙にオロオロしている。その姿が少し滑稽で、僕は「ふふっ」と笑ってしまう。何だろう。おかしい訳じゃないのに、とても嬉しくて、楽しくて自然と頬が緩む。昨日から、今まで知らなかった事をたくさん教えてもらっている気がする。
笑った事で涙も止まり、心配そうに僕を見つめている2人に、ペコリと頭を下げた。
「すみません、急に泣いちゃって……。あの、でも、もう大丈夫なので」
「まぁ、そんな時もあるわな。あ、侑吾くん、デザート食うか? おじさんが奢ってあげよう」
「え、でも……」
「俺の作るデザートはすげぇ美味いんだぜ! 待ってな、すぐ持ってくるから」
「は、はいっ」
木佐さんがニカッと笑って、足早にキッチンへと戻っていく。いきなりの行動に呆気にとられている僕に、東郷さんが、コーヒーを飲みながら苦笑交じりに教えてくれた。
「アイツはちょっと色々あって、年下には弱いんだよ。無性に甘やかしたくなるらしくてな。だから、お前がイヤじゃなかったら有りがたく受け取っておけ」
「それは、全然イヤじゃないので喜んで受け取りますけど……」
「デザート食ったら『美味しかったです!』と笑顔で礼を行けば、それで大丈夫だ」
ただ貰うだけでは申し訳ない、という僕の心情に気付いてか、東郷さんはそんな風に言ったけれど、本当にお礼だけでいいのか不安になる。
だが、奢って貰ったデザートは本当に美味しくて、自然と笑顔で「美味しかったです!」とお礼を言い、木佐さんは「そりゃ良かった」と頭をガシガシ撫でてくれたので、良かった……みたい。
事務所に帰った後、東郷さんが教えてくれたのは、木佐さんと東郷さんは高校時代からの友人で、共に似たような仕事に就いていたが、木佐さんのおじいさんが体調を崩した事が切っ掛けで仕事を辞め、喫茶店を継いだらしい。
「……という事は、あの喫茶店って……」
「そう。元々は木佐のじいさんがやってたんだ。昔ながらの頑固じじぃで俺もよく怒られたよ」
「それは、想像出来ますね」
僕の脳内で、木佐さんをかなり老けさせた強面イケメンおじいちゃんの顔が浮かび上がる。むっつりと一見不機嫌そうな顔でコーヒーを淹れる姿を想像してしまった。うん、怖そうだけど凄く美味しいコーヒー淹れてくれそうな感じ。
「木佐も、じいさんの淹れるコーヒーが好きでさ。よく飲みに行ってたんだ。で、木佐が継いだ後もここが近い所為ですっかり常連だ」
口調は呆れた風だけど、そこには隠しきれない親しさが感じられた。高校時代からの友人だから、気心も知れているんだろうな。
(何だか、羨ましいな)
中学はもちろん、高校もバイトに明け暮れていたので、友人と呼べる人は僕にはいない。だから、大人になっても親しい友人と言い合える東郷さんと木佐さんの関係が羨ましかった。
「……ん? どうした? 侑吾」
「い、いえ、何でもないです」
多分、少し沈んだ顔をしていたのだろう。東郷さんが僕に声を掛けてくれる。本当に東郷さんは凄く気に掛けてくれている。昨日知り合ったばかりなのに、こんなにお世話になって、僕は一体この恩をどうやって返せばいいんだろう。
「まぁ、とりあえず仕事の説明をするぞ」
「はいっ」
さて、気持ちを切り替えて、東郷さんから仕事の説明を受ける。給料も高いし、ぶっちゃけ犯罪以外なら何でもやらなくちゃと内心気合いを入れる。
「とりあえず侑吾にお願いしたい仕事はこれだ」
「――――えっと?」
東郷さんの言葉と共にドサリと目の前に置かれたのは山盛りのレシート。まさか……と想って東郷さんを見れば「ご明察」とばかりにニヤリと笑った。
「ウチは3月の確定申告に合わせてやってるんだが、毎年直前まで現金出納帳を付けてなくてな。毎回税理士に怒られてるんだ」
「それは……そうでしょうね……」
それは僕にだってわかる。毎月の出納帳のチェックだけでも結構大変なのに、それが一年まとめてと言われたら、正直発狂するレベルではないだろうか……。
「侑吾は出納帳の書き方はわかってるんだろ?」
「えと、そうですね。大体……」
「とりあえず、そのレシートを確認してくれ。後は、そうだな……電話応対はやってもらおうかな」
「電話応対……わかりました。電話に出るときは『はい、東郷法律事務所です』と名乗ればいいですか?」
「ああ、それでいい。俺はちょっと出てくるから、もし俺宛に電話があったら、相手の名前と電話番号を聞いておいてくれ。帰って来たときにでも折り返すから」
「わかりました」
「じゃあ、後をよろしく」
「はい。いってらっしゃい」
右手を挙げて事務所を出て行く東郷さんを見送った後、目の前に山盛りになったレシートを見る。これはかなり大変だけど、前の税理士事務所の時にもやった事があるので、そこまで難しくはない。
それよりも。
「……昨日知り合ったばかりの僕に留守番させるなんて、僕の事を信用しすぎですよ、東郷さん」
僕的には、信用してもらって嬉しいけれど、事務所所長としてはどうなんだろう。東郷さん自体が、あまりこういう事を気にしない性格なのかもしれないけれど、折角信用してもらったと思って、与えられた仕事を頑張らなきゃな。
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まずは、目の前のレシートを月毎に纏める事から始めようと、僕は腕まくりをした。
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