物語の中の人

田中

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2巻

2-2

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 リヒードを中心とした朝の騒ぎは、キリエが教室に入ると自然と収まっていった。
 珍しくほっとした顔をするリヒードに苦笑しつつ、キリエは朝のホームルームを進めていく。

「本日から授業が始まります。午後からは各委員会の集まりがありますので、皆さん忘れずに参加してください」

 比較的集まりが早く終わる委員会に所属している生徒は、早くも放課後の予定を立て始める。
 そのざわめきをとがめることなく、キリエはホームルームの終了を宣言して、そのまま授業の準備に取りかかった。
 授業初日の一時限目は、キリエが教える魔法基礎である。
 一年次には普通科に限らず、どの科も絶対にある授業だ。
 この授業は基本的に担任が受け持ち、一年間を通してその名のとおり魔法の基礎を教えていく。
 魔法使いの多くは、感覚を重視して魔法を使う。詠唱にしても、魔法陣にしても、唱える文句や描く図形は知っているが、その意味まで理解して使う者は少ない。それでも魔法は使えるのだが、より効率的に使うためには、基礎を理解することが必須なのである。
 そのため重要な授業なのだが、難しいことが多いわりに目に見える形での効果があまりないため、人気もなかった。

「さて、それではこのまま授業を始めますよ」

 キリエの声掛けで、授業が開始される。
 リヒードも、この授業にはあまり期待をしていなかった。
 何せ魔法狂いのリヒードは、基礎の重要性をもちろん理解しており、長い年月の中でそれを学びつくしたと言ってもいいからだ。
 今も昔も、基礎は大きく変わらない。
 教科書を見たときも、知っていることの羅列にがっかりしたほどである。
 しかしキリエの授業は、結果としてリヒードを大いに楽しませた。
 授業という体系が、リヒードには新鮮だったのだ。

「さて、一学期の授業内容をすっかり忘れている方もいるかもしれませんので、少しおさらいしましょう。まず、詠唱についてです。詠唱とは皆さんも知ってのとおり、魔法を行使するときに使われるものですが、それにはどのような目的があるか、わかる人」

 キリエがそこで言葉を切ると、何人かの生徒が手を挙げる。
 その中で、リヒードだけが不思議そうな面持おももちで周囲を見回していた。

「それでは……ミケーネさん」
「はい、詠唱は魔法の具体的な内容を定めるために使われます。それぞれの言葉に意味があり、複数の言葉を組み合わせて詠唱し、魔力を放出することで魔法が完成します」
「そのとおりです。ちゃんと復習しているようで安心しました」

 一連の流れを見ていたリヒードは、納得したように頷く。

「ふむ、なるほどなるほど。手を挙げて当てられたら、回答と一緒に自分の持つ知識を披露していいわけだな」

 いい具合に妙な方向で理解をしたリヒードは、早速次の質問に向けて手を挙げる準備をする。
 肘を曲げ、獲物を狙う肉食動物のような目をしてリヒードが次の問いに集中する中、キリエの授業は進む。

「それでは、詠唱の他にもう一つ、同じ用途でよく使われるものがありますが、わかる人いますか?」

 キリエの質問に、また数名の手が挙がる。
 しかしそれらの手が挙がる前に、一際早く、美しく挙がった手があった。
 もちろんリヒードである。
 あまりに早く、そして気合の入った挙手にキリエは一瞬呆けてしまうが、すぐに気を取り直す。

「それではリヒード君」
「うむ! 詠唱と同じ用途で用いられるものと言えば、魔法陣である。これもそれぞれに意味を持つ形を組み合わせて全体を作り、そこに魔力を流すことで魔法を完成させるものだ。魔法具に用いられているのは、これをかなり特殊な技で刻んだものだな。そもそも、魔法陣は、魔法を保存する目的で開発、研究されたものである。であるからして、咄嗟とっさに魔法を使うときにはあまり用いられない。描くのにそれなりに時間と場所が必要になるからな! 反面、魔法陣は完成されていれば魔力を流すだけで魔法を完成させることができるなど、メリットも多々ある。また、両者のいいところをとって組み合わせて使う魔法というのも昔から存在するな。これは……」
「リ、リヒード君、もう結構です。大変ためになりますが、いくつかまだ教えていない内容も含まれていますのでその辺で」

 リヒードの過剰な回答にクラス中が呆然とするが、キリエはいち早く我に返って止めに入る。
 そんな中、ミケーネとリトリスだけはリヒードの突拍子とっぴょうしもない行動に慣れているため、普通にためになる話をノートに書き写していた。

「ふむぅ、あまり長すぎる回答は駄目なのか……」

 リヒードは席に着くと、一人反省会を実施する。
 その様子を見たキリエは、内心笑みを浮かべた。
 生徒があまり熱心に受けてくれないこの授業で、リヒードの態度はかなり嬉しかったのだ。

「さて、今リヒード君が答えてくれたように、詠唱と同じ用途で用いられるものとして魔法陣があります。両者の違いについてもしっかり理解しているようで、先生としては嬉しい限りです」
「ふはは、当たり前であろう!」
「嬉しいですが、私語は慎んでくださいね」
「ふむぅ……」

 キリエの注意を受けて、高笑いしていたリヒードは口をつぐむ。

「リヒード君も言っていましたが、皆さんとなじみの深い魔法具にもこの魔法陣が使われています。これは昔から存在した、魔力を込めることで一定の魔法を使うことを可能にした杖を改良したもの、というのが有力な説ですね」

 キリエは例え話や小話しょうわを混ぜて、生徒たちの興味を引きながら授業を進める。
 リヒードもすっかりそれに引き込まれていくのであった。


 その後、他の授業も無事に終了し、リヒードたちは教室で昼食をとっていた。

「むふぅ、面白い授業だった!」
「本当に楽しそうだったわね」
「そうですね、見ているこっちも楽しくなってしまうほどに」

 リヒード、ミケーネ、リトリスは、机をくっつけてお弁当を広げている。
 リヒードとミケーネは、もちろんミケーネのメイドであるアリュお手製の豪華なお弁当をつついている。リトリスも、それに負けないほど立派なお弁当だ。
 リヒードは、どの授業も、クラスで一番といっていいほどの真剣さで臨んでいた。
 それに感化されたクラスメイトたちが、何故か物凄い集中力で授業に臨んだために、教師にまでそれが伝染し、準備不足を嘆く者まで出たほどであった。

「今日はこのあと、委員会ですよ」
「くひひ。楽しいことばかりだな!」
「委員会が楽しみっていう生徒は、そういないわよ」

 リヒードの不気味な笑いを呆れとともに眺めつつ、ミケーネが言う。
 委員会は全員強制参加で、多くの生徒は活動に積極的ではない。行事系の委員会ならば楽しみにしている生徒も多少はいるが、それも行事前限定である。

閲覧えつらん制限の棚が僕を呼んでいる!」
「確かに読もうと思えば読めますが、作業もしないといけないので時間的にきついですよ?」
「おお、大っぴらに読めるのか! こっそりする必要がなくなったな!」

 リヒードの歓喜の声に、リトリスは余計なことを言ったかと一瞬後悔した。しかし、リヒードの性格を考えると、自分の発言にかかわらず、何があっても何をしても読んでいただろうという結論に達し、自身が無罪であると脳内裁判で判決を下した。
 そして、とりあえず話題を変える。

「ところでリヒードさん、先ほどの授業のことなんですが」
「あ、私も聞きたいところがあるわ」
「ふむん? 何でも聞いていいぞ! 今は超絶機嫌がいいのでなぁ! 何ならムクの秘密も教えてしまうぞ!? あいつ実は……」

 リヒードが自身の使い魔である巨鳥ムクの秘密を暴露しようとすると、横から声がかかった。

「リ、リヒード君! 私もさっきの授業で聞きたいことがあるのだけど」
「僕も是非教えてほしいところが」
「俺も!」

 他の生徒が数人、リヒードを囲み質問攻めにする。
 リヒードは一瞬驚き、しかしクラスメイトの熱心な様子にいつもどおりの偉そうな頷きで応えると、丁寧に質問に答えていった。
 午前中の授業でリヒードは、周りにも理解できるようにわかりやすい回答を豊富な知識と共に披露しており、それに感心した生徒が理解の追いつかない部分を質問しに来たのだ。
 割り込まれた形になったミケーネとリトリスは、たった半日でクラスメイト数人の意識を変化させたリヒードの妙な影響力に、顔を見合わせて笑う。
 しばらくリヒードが教師役をしていると、突然教室の出入り口周辺が騒がしくなった。
 そこには、りんとした雰囲気の女生徒が立っていた。
 中性的な顔立ちだが、制服から女性と判断できる彼女――レアンは注目を集めていることに内心動揺しつつも、表向きは無表情で目的の人物を探す。
 ちょうど、騒ぎに気がついたリヒードと目が合い、レアンは一瞬嬉しそうにはにかんだ。
 リヒードは手招きし、レアンを教室の中に誘う。
 他の科の生徒が普通科の教室に来ることなどまずありえないので、教室の生徒たちも皆注目している。
 それが、実技試験のときに騒いでいた自分たちを一喝した美少女であればなおさらである。
 そのときの迫力を思い出し、普段は追い返すくらいのことはするクラスメイトたちも、若干じゃっかん遠巻きに眺めるばかりである。
 レアンは、周囲の様子に多少緊張しながらリヒードに向かって歩を進める。

「ちょ、ちょっと通りかかったので、よ、寄ってみた」

 少女が恥ずかしげにうつむき、反応を確認するようにリヒードの顔をそっと見る。
 教室のあちらこちらから、思わずといった感じのため息が漏れた。
 実技試験のときの強気な態度とのギャップに、男子はおろか女子も見惚みとれてしまう。
 しかし、リヒードは周囲の様子に少し首を捻っただけで、そのまま会話を続けた。

「おお、そうかそうか、昼食は食べたか?」
「あ、ああ、もう食べた」

 しどろもどろになりながらも答えるレアン。
 本当はリヒードと一緒に食べたかったのだが、クラスメイト数人に昼食に誘われたので断念した。そして、その包囲をやっと抜け出して、リヒードのクラスへと来たところだ。

「ふむ、初授業はどうだった?」
「い、一応基礎はちゃんと勉強しているからな、ついていけた」
「それはよかった! やはり、攻撃科は普通科とは授業内容が違うのだろうなぁ、いいなぁ」
「そ、そうか? 私は普通科に入りたかったがな」

 レアンはちらりとリヒードを見て、小さい声でそう呟く。

「ふむ?」
「な、なんでもないぞ! ところでリヒード殿は何の委員会に入ったのだ!?」

 ぽろりと口をついて出た言葉に、レアンは慌てて話題を変える。

「うむ、図書管理委員会に入ったぞ! これでこの学校の魔法書は全て僕の手中に……ふふ、ふははは!」

 嬉しさが臨界点りんかいてんに達したリヒードが、奇妙な笑い声を上げる。
 レアンは、急な出来事に驚くことしかできない。
 しかし、冷静なミケーネがリヒードの頭を軽く叩いた。

「こら、落ち着きなさい」
「ふむぅ、すまんすまん、つい、な?」

 リヒードは、驚き固まるレアンに軽い調子で謝罪する。

「な、なるほど。リヒード殿は図書管理委員なのか……」

 冷静さを取り戻したレアンは、落ち込んだ表情で、しかし納得したように何度か頷く。

「そういうレアンは何になったのだ?」
「レ、レアン……!?」

 リヒードに名前を呼ばれ、レアンは言葉に詰まる。
 その様子を見たリヒードは、都合の悪いことでも聞いたかと勘違いする。

「む、何かまずかったか?」
「い、いや、全然! むしろ……ぃ」

 尻すぼみになっていくレアンの声に、リヒードが思わず聞き返す。

「むしろ?」
「何でもないっ! とにかく問題はないぞ!」

 慌てて首を振るレアン。周りはそのイメージや外見と似合わない行動のオンパレードに、唖然とするばかりである。
 なにより凛々りりしい雰囲気を持つレアンが妙に可愛く見えるのが、なんともいえない空気を作り出している。

「ならいいが。それでレアンは何になったのだ?」
「私はクラスメイトの勧めもあって風紀委員になった」
「ほほう! またなんとも似合っているな」
「そ、そうか」

 嬉しそうにはにかむレアンを見て、とうとういろいろな意味で限界を迎えた生徒たちが音もなく倒れていく。
 被弾をまぬがれたミケーネとリトリスは、これはまずいと思い、話に割って入った。

「え、えっとリヒード、その……そう! 私たちも紹介してくれない?」
「そうですね! こうして落ち着いて話すのは初めてですから!」

 これ以上、犠牲者を出さないために、二人は必死である。

「おお、そういえば前回はばたばたしていたな」
「試験のときも助けてもらったのだけど、ちゃんとお話できなかったし」
「あ、ああ、そうだったな。うん」

 レアンは若干じゃっかん緊張した様子で、ミケーネとリトリスと向かい合う。

「前にも軽く自己紹介したが名前はレアンだ。魔族で、攻撃科に所属している。よろしく頼む」

 礼儀正しく頭を下げるレアンに、思わず二人は見惚みとれてしまう。しかしすぐに正気に戻り、慌てて自己紹介をした。

「ミケーネ・ミカルーネです。見てのとおり普通科です。ミケーネと呼んでください。実技試験のときは助けてくださって、ありがとうございました。よろしくお願いしますね」
「礼は一度もらったから、もういい。あと丁寧語はいらないぞ。私もこんなだしな」

 ミケーネがお嬢様然とした自己紹介をすると、レアンが苦笑しながら言う。

「はい、じゃなくて、うん、それじゃあ、改めてよろしく、レアン」
「ああ、よろしく、ミケーネ」

 二人は、自然な流れで握手をする。
 その光景をうらやましそうに見る生徒が数名。しかし、それを意図的に無視してリトリスも自己紹介をした。

「リトリスです。普通科所属で趣味は古代魔法です。私も呼び捨てでお願いしますね。丁寧語は癖なので気にしないでください。よろしくお願いします、レアン」
「ああ、こちらこそ、リトリス」

 リトリスとレアンも同じように握手をする。

「うむうむ。よきかな、よきかな」

 その様子を見て、リヒードは腕を組んで何度か頷く。そこでふと、大事なことを思い出す。

「ハッ! マリィにも、二人を紹介する約束をしていたのだった! というわけで、委員会後にでもマリィをつかまえられたら、また自己紹介を頼む! レアンも是非に!」
「え、うん、もちろんいいけど。それじゃあ、委員会が終わったらここで待っているわね」
「わかりました」
「ああ、しかし私も一緒でいいのか?」
「もちろんだとも! なんせ、マリィ友達百人計画だからな!」

 リヒードは、本人の意思を大幅に無視してたった今決められた計画を、自信満々に発表する。

「わかった、それでは委員会後にまた来るとしよう」
「うむうむ、頼む。っと、委員会!」
「そろそろ時間ですね」
「それじゃあ、私はクラス委員の集まりに行ってくるわね」

 そう言ってミケーネが席を立ったのを皮切りに、皆がそれぞれの委員会の集合場所へと散っていく。
 レアンが去ったあとも、リヒードたちの教室ではしばらくの間、呆けた生徒たちがいたとか。
 こうしてほとんどの生徒が委員会の集合時間に遅れ、ひっそりとキリエに迷惑をかけたのだった。


 図書館の一室では、図書管理委員会がおこなわれていた。

「えー、それでは委員会を始めます、といっても連絡事項をいくつか伝えて終わりですが」
「さすが委員長」
「早く終わらせましょう」

 図書管理委員会の委員長が投げやりに委員会の開会を宣言し、上級生たちがそれに続く。
 その適当な様子を見ても、リヒードは目をきらきらさせている。
 リヒード的には、なんでもいいから閲覧えつらん制限の本を早く読ませろ、といった感じである。

「まずは、休みの間の図書管理、ご苦労さまでした。おかげさまで一冊の紛失もありませんでした。今学期もこの調子でいきましょう」

 委員長の言葉におざなりな拍手が響く。
 図書管理委員会の一番の仕事は、その名のとおり学校の図書館の本の管理だ。
 貸し出し禁止の魔法書も多くある学校図書館には、専門の司書が数人常駐しているが、図書管理委員もまた大きな戦力である。
 学校内でも重要な委員会の一つなのだが、仕事量のわりに特にメリットもないため、人気もない。そして、やる気もあまりないので、委員会の進行を妨げて帰宅を遅らせるようなことをする生徒もいない。
 いくつかの連絡事項を伝えると、進行役の委員長は最後の資料を手に取る。

「えー、各委員の担当曜日は、前学期と同じでいきます。また、上級生のほうでも噂になっていますが、一年生に途中入学生が数名おり、万年人手不足の図書委員には、えー、なんとなんと三名もの戦力が増強されることになりました、はい拍手」

 今度は気合の入った拍手が響く。

「はい、静かに。……で、曜日は月曜に二名、金曜に一名、割り振りたいと思います。理由は、週明けが一番忙しいからです。これは決定事項なので文句を言わないように」
「横暴だぞ、委員長」
「そうだそうだ」

 上級生から野次が飛ぶが、委員長は軽く流して委員会を進行する。

「はい、盛大な声援ありがとう。それじゃ、まずは自己紹介してもらいましょう。ヴェルトリリさん、お願いします」

 委員長に呼ばれたマリィが席を立つ。
 各科で固まって座っているために、委員会開始時間ぎりぎりに入ってきたリヒードとリトリスは、それまでマリィの存在に気づいていなかった。
 マリィは驚きの表情を浮かべるリヒードを見てにっこりと微笑んでから、自己紹介を始める。

「一年補助魔法科に途中入学しました、マリィ・メイリュース・ヴェルトリリです。このたび、図書管理委員の一員として皆様と一緒に活動させていただくことになりました。至らぬ点もあるかと思いますが、一生懸命頑張りますのでどうぞよろしくお願いします」

 上品に微笑みながら、流暢りゅうちょうに自己紹介するマリィに、多くの生徒が見惚みとれる。

「はい! 拍手!」

 いち早く復活した委員長の大きい声に、図書管理委員の面々は我に返って拍手をする。
 なかなか鳴り止まない拍手に困り顔のマリィ。
 しかし委員長は、一切合財無視して進行する。

「ヴェルトリリさんありがとうございます。次は、リヒード君、お願いします」
「うむ、リヒードだ。普通科に通っている。よろしく頼む」

 マリィと比べるとそっけないリヒードの自己紹介に、拍子抜けした空気が流れる。
 委員長はそれも無視して、とっとと先に進めていく。

「はい、ありがとうございます。続いてドライフェンさん、お願いします」

 あまりに浮かれて自己紹介を考えておらず、拍手がもらえなかったことに密かに落ち込むリヒードをよそに、攻撃科の生徒が集まる席のほうで一人の少女が立つ。
 その少女は、確かに攻撃科のほうにいるのだが、その中でも少し離れたところに座っていた。

「今学期から攻撃科に途中入学した、フェイール・ドライフェンだ。慣れないことが多いので迷惑をかけると思うが仲良くしてくれ」

 フェイールは、自己紹介を終えると席に着く。
 その威圧的な雰囲気に、室内は静まり返る。まるで、何らかの圧力がこの部屋にかかっているのかと錯覚するほどである。
 フェイールが言葉を発した瞬間に、誰もが冷や汗を流し、その姿を直視できなくなる。
 マリィとのギャップはすさまじいものがあった。
 リヒードの自己紹介はどちらと比べても、全てにおいて無難すぎて皆の脳内に記録されていない。

「な、何故かとても失敗した気がする……!」

 打ちひしがれた様子のリヒードの肩を、リトリスが優しく叩く。
 その光景に密かに鋭い視線を送るフェイール。
 誰も気づいていないが、まるで獲物を狙う肉食動物のような瞳をしていた。


 フェイールは、竜人族の子である。
 竜人族は、見た目は人族と何ら変わらない。
 しかし、感情が高ぶり、その力を最大限に発揮しようとすると、竜の特徴ともいえる翼、角、尾が形成される。そのことから、遥か昔より竜人と呼ばれているのである。
 竜人族はほとんど他種族と交流をもたず、また本気を出さなければ人間にしか見えないため、あまり人々に認知されていない。
 竜人が本気を出すほどの相手は、この世界では多くないため、一部の者しか存在を知らないのだ。
 それほどの強さを誇る竜人族が、負けを認めた人物がいた。
 それは、人族の魔法使いであった。
 圧倒的とも言える魔法の力で、当時の竜人族最強の戦士を倒した魔法使い。
 魔法使いはしばらく竜人族の里に住みつき、竜人の秘術を学んでいった。
 それから数百年。代替わりした現在の竜人族の王は、この人間の魔法使いのことをいまだに覚えていた。
 むしろ忘れることなどできなかった。
 幼いときに見た魔法の奔流ほんりゅう、圧倒的な力。そして、里に住み着いてからの突拍子とっぴょうしもない行動の数々。遊んでもらったことも何度かあった。
 当時生きていた竜人は、いまだにその魔法使いについて語るほどである。
 数百年も経った今、普通の人間なら死んでいるはずなのだが、王はその魔法使いがまだ生きているのではないかと感じていた。
 そしてまたいつか、あの圧倒的な力を見たいとも思っていた。
 そんなある日、大きな体と力を持った鳥が手紙を持って竜人族の里に来た。
 その鳥が語る話を聞き、手紙を読んで、竜人族の王は声を上げて笑った。
 ひとしきり笑ったところで王は考える。
 自分の娘にあの力を、なによりあの常識はずれな魔法使いを見せてやるのもいい経験になるか、と。
 巨鳥に返事を持たせ見送ったあと、王は娘を呼ぶのであった。


 やがて、復活した委員長によって委員会は進行していく。

「えー、自己紹介ありがとうございます。続いて、割り振りです。月曜はリヒード君とドライフェンさん、金曜はベルトリリさんにお願いします。新人さんは、各曜日の担当から当日図書館で説明を受けてください、はい拍手」

 ブーイングと拍手が入り乱れる。

「はい、それではこれで委員会を終わりにします。皆さん、今学期もよろしくお願いします。解散!」

 さっさと切り上げる委員長。
 その言葉に上級生は、ばたばたと教室を出ていく。
 そんな中リヒードとリトリスは、友達百人計画のためにマリィを招集しようと補助科が固まっている席に向かう。
 しかしそのとき横から声がかかった。
 リヒードが振り返るとそこには圧倒的な存在感を放ち、鋭く睨むフェイールが立っていた。

「あなたがリヒードか?」
「む!? 先ほどの自己紹介の印象が薄いからといって、そこから聞き直すとはいい度胸だ! 間違いなく、自己紹介どおり! 僕の名前はリヒードだ! りゅう……」

 影が薄かったことを気にしていたリヒードは、勢い込んで名乗りを上げる。


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