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46:鉄拳
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昼時の学食は相変わらず人でいっぱいだった。
潔癖症で人混みが苦手なユキの為に、俺が先頭に立って人をかき分けながらいつもの奥の席へと向かった。
ユキがこの前と同様に、俺のTシャツの裾をぎゅっと掴んで俺についてくる。
いつも席が見える位置になった時、一番後ろにいた福山が突如「あっ!」と声を上げた。
その声に何かあったのかと俺が振り向いたら、福山はその席の方向へ視線を向けて驚いた顔をしていた。
俺の真後ろにいたユキも不思議に振り返って福山を見上げ、首を傾げてから前を向き、一瞬「ん?」と呟いてすぐ福山と同じように「あっ!」と叫んだ。
二人が示し合わせた様に同じ反応をしたので、困惑しつつ前を向いて俺もいつもの席へと目を向け、同様に「あっ!」と驚いて声を上げてしまった。
だってそこには俺達へ大きく手を振る屈託のない笑顔の豊国と、それとは対照的に不気味な笑みを浮かべ小さく手を振る高野がいたからだ。
「せんぱ~い!!席を確保しておきましたよ~!一緒にご飯を食べましょう!」
いつも通りの人懐っこい笑顔で豊国が俺達を手招いた。
よく見ると、そこは4人掛けのテーブルなのだが壁際に1席足していわゆる誕生席と呼ばれ位置に豊国が座っていて、そのすぐ側の直角の位置にあたる席に高野は座っていた。
「お~~豊国、ありがとうな!高野、お前は今日も学食なのか?もしかしてお前、いつも昼は学食だったのか?」
俺を追い抜いて嬉しそうに二人の元へと駆け寄ったユキは、そんな事を話しながら豊国の横で高野の目の前の席に着いた。
ユキがそこに座るのなら、当然俺はユキの隣に座りたいので「豊国も高野も昨日はお疲れ」と軽く挨拶しつつ素早く隣の席を確保した。
福山は高野に興味を持ってるはずだから高野の隣に座れるなら福山も嬉しいはずだと信じて福山の方をちらりと見たら、予想に反して福山は顔を顰めて俺を恨めしそうに睨み、躊躇いながらもその席に着いた。
「ユキ先輩、速水先輩、昨日はありがとうございました。そして福山先輩、こんにちは!実は昨夜帰る時に速水先輩がユキ先輩のうちに泊まるって話してたのを聞いていたので、きっと今日も皆さんで学食に来られるかなって思って早めに来て待ってました!あ!それと蓮先輩はいつも昼食は学食で、この辺りの席に座ってるんで今日はお誘いしてみました!俺もですが、蓮先輩もミールカードを持ってるんですよ!俺達独り暮らしにはミールカードは必需品ですから!」
なんでこいつは高野が独り暮らしやミールカードを持ってる等の色々な情報を熟知しているんだと疑問に思ったが、俺は特に高野にそんなに興味もなかったので「ふ~ん」と軽く受け流した。
そんな俺の素っ気ない態度が何故か気に障ったのか高野が勢いよく俺の方を向き、分厚い眼鏡のレンズをキラリと光らせた。
「コウ君、今日の君はSuper Happyみたいだねぇ。昨晩はSo much funだったのかな?あぁEnvyだよぉぉ……!はぁ~!Anymore君をBoyとは呼べないなんてっつ!君はForever Boyだと信じてたのにっ!!Disappointedだ!はぁぁ~!」
ため息混じりにそう叫ぶと、高野は呆然とする俺からユキへと顔を向け、舐めるように上から下へと何度も顔を動かしてねっちこくユキを見つめた。
ユキは急に自分をロックオンしてきた高野に怯えたのか、ビクンと身体を跳ねさせた。
「なぁ、んだよぉ……!高野、お前ッ……!あんまじろじろこっち見んなよ!!うぜぇぞ!!」
居心地が悪いのか、身体を左右にせわしなく揺らしながらユキが唇を尖らせて不満気に高野を睨んだ。
「あぁ……!!ユッキー!Oh gosh!今日の君はExtremely sexyじゃないか……!あぁWhat a shameだよ!!君のBottomはもう完全にコウ君の物なんだねっ!あぁAnymore君もBoyと呼べないなんて!!はぁ~~!!」
不機嫌そうなユキにはお構いなしに高野は悩まし気に首を横に振りながら大袈裟にため息を吐き、今度は自分の隣に座った福山に顔を向け、しげしげと福山を見つめた。
「Definitely……君はBoyじゃないね!Definitely君はMature guyだ!あぁLast NightまでサクちゃんもBoyだと信じてたのに、After all 僕だけがBoyだなんて!!はぁ~~!」
両手で顔を覆いテーブルに肘をついて深いため息を吐く高野を、俺と福山、豊国までがなんと返事すればいいか分からず唖然と見つめていた。
まぁ多分、豊国の戸惑いは俺達とは違い、高野の英語が理解出来ない事だと思うのだが……
だけどユキだけは呑気に首を傾げながら「俺がボーイじゃないってどういう事だぁ?俺は男だからボーイだと思うけど?んで俺のボトムが速水の物って……俺のボトムって……このジーンズの事か?今日速水が履いてるこれは速水の私物だしぃ……?」と不思議そうに呟いて、更に俺を唖然とさせた。
そんな時、急にパーンという小気味の良い音が響いた。
「いったぁっつ!!」
突然、ユキが後頭部を抱えてテーブルに突っ伏した。
驚いて後ろを向いたら、空のお盆を右手に持ったヒロ先輩が細い目を見開いて立っていた。
「こら、お前たち!こんな所でそんな目立つような発言を大声でするんじゃない!」
身体が大きいヒロ先輩が持つとお盆がかなり小さく見えるのが不思議だ、なんて事をぼんやり思っていたから急に叱られて、咄嗟に背筋が伸びた。
「いったいよぉ!ひぃ君!!急に叩くなんて酷い!それに俺はそんな大きな声を出してないのにぃ!!」
ヒロ先輩の叱声にテーブルからがばっと顔を上げたユキが素早く振り返り、ヒロ先輩に向かって文句を言ったら、ヒロ先輩は今度は正面からユキのおでこをお盆で小突いた。
やはりパーンと小気味の良い音がした。
「ユキ、うるさいぞ。大体、これで叩いても音だけで大して痛くないのは知ってるんだよ。お前は本当に何でも大袈裟なんだから……!」
ヒロ先輩がお盆を左手の拳で軽く叩いてバンバンと大きな音を立ててみせた。
確かにお盆で叩かれたユキのおでこは少しも赤くなっておらず、音だけで大した威力はなさそうだった。
「大袈裟じゃないもん!ひぃ君は鈍感だから痛くないかもだけど、俺は繊細だから痛いの!そもそもなんで俺が叩かれなきゃいけないんだよぉ!しかも2度もッツ!!」
わざとらしくおでこを摩りながら、ユキが唇を尖らせた。
「よく言うよ、ユキに比べたら俺の方が余程繊細だよ。あのね、うちの部員が公共の場所で卑猥な話を大声でしてたら部長として注意しなきゃいけないでしょうが。最初にユキを叩いたのには他意はないよ。お前達の注目を集めるの為に一番効果があって叩きやすかったのがお前だっただけだよ。2回目はお前が本当にうるさいからだ」
ユキはその言葉に更に唇を尖らせて「なんでだよ!どう考えたって手前に座ってる速水の方が叩きやすいのに、なんでわざわざ奥の俺を叩いたんだよ!大体、今の会話のどこに卑猥な点があったんだよ!」と噛みついた。
ヒロ先輩はどう説明しようかと悩んだのか一瞬だけ口を噤んだが、すぐにユキにでも理解出来るように淡々と説明してくれた。
「コウ君の頭を叩いてもこの硬そうな髪に守られてて効果なさそうだろ?何よりトレーの方がダメージを受けそうだし。備品に傷が付いたらまずいしね。サクちゃんと蓮君には手が届かなかったし、ユキの頭なら丈夫なことは知ってるし俺も叩き慣れてるからね。なんせちょっと前までほぼ毎朝げんこつで起こしてたし。俺のげんこつに比べたら全然痛くなかっただろ?最近げんこつしてないからどんだけ痛かったか忘れちゃったかな?本当の痛みを思い出してみるかい?」
穏やかに微笑みながらお盆を左手に持ち替え、ヒロ先輩が右手を握り込んで拳を作ったら、ユキは反射的に頭頂部を両手で覆った。
「やだやだやだ!!ひぃ君のげんこつは本当にほんとぉ~に痛いんだもん!!そんなデカい手で叩かれたら誰だって痛いに決まってるだろ!!ってか、速水のこのツンツン髪はそんなに丈夫じゃねぇしぃ!!あ!!それより卑猥な話ってなんだったんだよ!!」
怯えるユキを満足そうに見つめつつ握りしめた拳を緩めたヒロ先輩が「あぁそれね」と説明を続けた。
「蓮君がさっきから連発してる『Boy』ってのは昨日の飲み会の時に話してた『アレ』と同じ意味なんだよ。まぁユキくらい理解力が乏しいとすぐには分かんないかもしれないけど、大概の人はお前たちが何の話してるかすぐに分かっちゃうんだよ。そういう話は内輪の飲み会だからこそ許されるけど、こんな昼間っからしかも学食で大声でする話じゃないでしょ?映研の品格が問われるから止めてよね。『アレ』については分かってないのは多分ユキだけだと思うからサクちゃん、教えてあげて」
ヒロ先輩の推測通り、ユキだけが「アレ?」と首を傾げていたので、豊国がユキにこっそり「ほら……飲み会で話してた『ヴァージョンが』ってヤツですよ」と耳打ちした。
せっかく豊国が周りに聞こえない様に配慮したというのに、ユキが「あぁ!アレって『童貞かどうか』ってヤツかぁ!あぁじゃあ俺は確かにボーイじゃないな!」と誇らしげに大声を上げるから、ヒロ先輩は再度、素早く右手を握りしめて大きな拳でユキの頭のてっぺんにげんこつをお見舞いしてユキを文字通り、力ずくで黙らせた。
声も出せずに悶絶して頭を抱えてテーブルに突っ伏したユキを尻目に、ヒロ先輩は部長らしく厳しい表情で俺達に向かって「そういう話はごく内輪でするものだから、今後はこんな所で話さない事!お前達はもう大学生なのだからね!特に蓮君、君がそういう事に興味があるのは分かるけど、時と場合を考えて節度を持った言動をする事」とぴしゃりと戒めた。
そしてヒロ先輩は福山に視線を向けると、いつもの様に細い目をより細めて微笑んだ。
「そこの君……えっと、君は確か福山君だったっけ?君の噂はかねがね聞いてるよ。水泳部のエースでハンサムでスタイルも抜群、その上に性格も良い完璧な王子様だって。そんな君をうちの部員達がこんな面倒事に巻き込んでごめんね。これに懲りずに仲良くしてあげてね。じゃあ俺は自分の席に戻るから、みんなもダラダラ喋ってないで、次の人の為にもさっさと食券買って食べ終わったらすぐに席を譲るんだよ」
最後はまるで小さな子供に言い聞かせるように話すと、ヒロ先輩は颯爽と奥の返却口に近い窓際の席へと戻っていった。
怒られても我関せずでぼんやりしている高野と未だに頭を抱えて悶絶しているユキ以外は、お互いなんとも言えない表情で目を合わせ、何となく頷き合った。
「えっと……じゃあとりあえず俺が席を取っておくから、お前ら全員で先に行って来い。俺は前も言ったけどミールカード持ってるし、今日も『本日の定食』と決めてるからな。あぁそうだ!今日の『本日の定食』はなんとこれまた人気の天津麻婆丼だぞ!少し濃い目でニンニクが効いたのあんかけがトロトロの卵の上にたっぷりかかってて最高の丼物なんだ!無料で大盛りに出来るし、一緒についてくる水餃子スープも絶品なんだぞ!麻婆も……!!」
普段は冷静な福山だが、やはり『本日の定食』の話をし出した途端に目の色を変えて興奮し始めたので、俺は「分かった!分かったから!」と宥めて「福山もこう言ってくれてるから、さっさと行こうぜ!」とみんなを促した。
潔癖症で人混みが苦手なユキの為に、俺が先頭に立って人をかき分けながらいつもの奥の席へと向かった。
ユキがこの前と同様に、俺のTシャツの裾をぎゅっと掴んで俺についてくる。
いつも席が見える位置になった時、一番後ろにいた福山が突如「あっ!」と声を上げた。
その声に何かあったのかと俺が振り向いたら、福山はその席の方向へ視線を向けて驚いた顔をしていた。
俺の真後ろにいたユキも不思議に振り返って福山を見上げ、首を傾げてから前を向き、一瞬「ん?」と呟いてすぐ福山と同じように「あっ!」と叫んだ。
二人が示し合わせた様に同じ反応をしたので、困惑しつつ前を向いて俺もいつもの席へと目を向け、同様に「あっ!」と驚いて声を上げてしまった。
だってそこには俺達へ大きく手を振る屈託のない笑顔の豊国と、それとは対照的に不気味な笑みを浮かべ小さく手を振る高野がいたからだ。
「せんぱ~い!!席を確保しておきましたよ~!一緒にご飯を食べましょう!」
いつも通りの人懐っこい笑顔で豊国が俺達を手招いた。
よく見ると、そこは4人掛けのテーブルなのだが壁際に1席足していわゆる誕生席と呼ばれ位置に豊国が座っていて、そのすぐ側の直角の位置にあたる席に高野は座っていた。
「お~~豊国、ありがとうな!高野、お前は今日も学食なのか?もしかしてお前、いつも昼は学食だったのか?」
俺を追い抜いて嬉しそうに二人の元へと駆け寄ったユキは、そんな事を話しながら豊国の横で高野の目の前の席に着いた。
ユキがそこに座るのなら、当然俺はユキの隣に座りたいので「豊国も高野も昨日はお疲れ」と軽く挨拶しつつ素早く隣の席を確保した。
福山は高野に興味を持ってるはずだから高野の隣に座れるなら福山も嬉しいはずだと信じて福山の方をちらりと見たら、予想に反して福山は顔を顰めて俺を恨めしそうに睨み、躊躇いながらもその席に着いた。
「ユキ先輩、速水先輩、昨日はありがとうございました。そして福山先輩、こんにちは!実は昨夜帰る時に速水先輩がユキ先輩のうちに泊まるって話してたのを聞いていたので、きっと今日も皆さんで学食に来られるかなって思って早めに来て待ってました!あ!それと蓮先輩はいつも昼食は学食で、この辺りの席に座ってるんで今日はお誘いしてみました!俺もですが、蓮先輩もミールカードを持ってるんですよ!俺達独り暮らしにはミールカードは必需品ですから!」
なんでこいつは高野が独り暮らしやミールカードを持ってる等の色々な情報を熟知しているんだと疑問に思ったが、俺は特に高野にそんなに興味もなかったので「ふ~ん」と軽く受け流した。
そんな俺の素っ気ない態度が何故か気に障ったのか高野が勢いよく俺の方を向き、分厚い眼鏡のレンズをキラリと光らせた。
「コウ君、今日の君はSuper Happyみたいだねぇ。昨晩はSo much funだったのかな?あぁEnvyだよぉぉ……!はぁ~!Anymore君をBoyとは呼べないなんてっつ!君はForever Boyだと信じてたのにっ!!Disappointedだ!はぁぁ~!」
ため息混じりにそう叫ぶと、高野は呆然とする俺からユキへと顔を向け、舐めるように上から下へと何度も顔を動かしてねっちこくユキを見つめた。
ユキは急に自分をロックオンしてきた高野に怯えたのか、ビクンと身体を跳ねさせた。
「なぁ、んだよぉ……!高野、お前ッ……!あんまじろじろこっち見んなよ!!うぜぇぞ!!」
居心地が悪いのか、身体を左右にせわしなく揺らしながらユキが唇を尖らせて不満気に高野を睨んだ。
「あぁ……!!ユッキー!Oh gosh!今日の君はExtremely sexyじゃないか……!あぁWhat a shameだよ!!君のBottomはもう完全にコウ君の物なんだねっ!あぁAnymore君もBoyと呼べないなんて!!はぁ~~!!」
不機嫌そうなユキにはお構いなしに高野は悩まし気に首を横に振りながら大袈裟にため息を吐き、今度は自分の隣に座った福山に顔を向け、しげしげと福山を見つめた。
「Definitely……君はBoyじゃないね!Definitely君はMature guyだ!あぁLast NightまでサクちゃんもBoyだと信じてたのに、After all 僕だけがBoyだなんて!!はぁ~~!」
両手で顔を覆いテーブルに肘をついて深いため息を吐く高野を、俺と福山、豊国までがなんと返事すればいいか分からず唖然と見つめていた。
まぁ多分、豊国の戸惑いは俺達とは違い、高野の英語が理解出来ない事だと思うのだが……
だけどユキだけは呑気に首を傾げながら「俺がボーイじゃないってどういう事だぁ?俺は男だからボーイだと思うけど?んで俺のボトムが速水の物って……俺のボトムって……このジーンズの事か?今日速水が履いてるこれは速水の私物だしぃ……?」と不思議そうに呟いて、更に俺を唖然とさせた。
そんな時、急にパーンという小気味の良い音が響いた。
「いったぁっつ!!」
突然、ユキが後頭部を抱えてテーブルに突っ伏した。
驚いて後ろを向いたら、空のお盆を右手に持ったヒロ先輩が細い目を見開いて立っていた。
「こら、お前たち!こんな所でそんな目立つような発言を大声でするんじゃない!」
身体が大きいヒロ先輩が持つとお盆がかなり小さく見えるのが不思議だ、なんて事をぼんやり思っていたから急に叱られて、咄嗟に背筋が伸びた。
「いったいよぉ!ひぃ君!!急に叩くなんて酷い!それに俺はそんな大きな声を出してないのにぃ!!」
ヒロ先輩の叱声にテーブルからがばっと顔を上げたユキが素早く振り返り、ヒロ先輩に向かって文句を言ったら、ヒロ先輩は今度は正面からユキのおでこをお盆で小突いた。
やはりパーンと小気味の良い音がした。
「ユキ、うるさいぞ。大体、これで叩いても音だけで大して痛くないのは知ってるんだよ。お前は本当に何でも大袈裟なんだから……!」
ヒロ先輩がお盆を左手の拳で軽く叩いてバンバンと大きな音を立ててみせた。
確かにお盆で叩かれたユキのおでこは少しも赤くなっておらず、音だけで大した威力はなさそうだった。
「大袈裟じゃないもん!ひぃ君は鈍感だから痛くないかもだけど、俺は繊細だから痛いの!そもそもなんで俺が叩かれなきゃいけないんだよぉ!しかも2度もッツ!!」
わざとらしくおでこを摩りながら、ユキが唇を尖らせた。
「よく言うよ、ユキに比べたら俺の方が余程繊細だよ。あのね、うちの部員が公共の場所で卑猥な話を大声でしてたら部長として注意しなきゃいけないでしょうが。最初にユキを叩いたのには他意はないよ。お前達の注目を集めるの為に一番効果があって叩きやすかったのがお前だっただけだよ。2回目はお前が本当にうるさいからだ」
ユキはその言葉に更に唇を尖らせて「なんでだよ!どう考えたって手前に座ってる速水の方が叩きやすいのに、なんでわざわざ奥の俺を叩いたんだよ!大体、今の会話のどこに卑猥な点があったんだよ!」と噛みついた。
ヒロ先輩はどう説明しようかと悩んだのか一瞬だけ口を噤んだが、すぐにユキにでも理解出来るように淡々と説明してくれた。
「コウ君の頭を叩いてもこの硬そうな髪に守られてて効果なさそうだろ?何よりトレーの方がダメージを受けそうだし。備品に傷が付いたらまずいしね。サクちゃんと蓮君には手が届かなかったし、ユキの頭なら丈夫なことは知ってるし俺も叩き慣れてるからね。なんせちょっと前までほぼ毎朝げんこつで起こしてたし。俺のげんこつに比べたら全然痛くなかっただろ?最近げんこつしてないからどんだけ痛かったか忘れちゃったかな?本当の痛みを思い出してみるかい?」
穏やかに微笑みながらお盆を左手に持ち替え、ヒロ先輩が右手を握り込んで拳を作ったら、ユキは反射的に頭頂部を両手で覆った。
「やだやだやだ!!ひぃ君のげんこつは本当にほんとぉ~に痛いんだもん!!そんなデカい手で叩かれたら誰だって痛いに決まってるだろ!!ってか、速水のこのツンツン髪はそんなに丈夫じゃねぇしぃ!!あ!!それより卑猥な話ってなんだったんだよ!!」
怯えるユキを満足そうに見つめつつ握りしめた拳を緩めたヒロ先輩が「あぁそれね」と説明を続けた。
「蓮君がさっきから連発してる『Boy』ってのは昨日の飲み会の時に話してた『アレ』と同じ意味なんだよ。まぁユキくらい理解力が乏しいとすぐには分かんないかもしれないけど、大概の人はお前たちが何の話してるかすぐに分かっちゃうんだよ。そういう話は内輪の飲み会だからこそ許されるけど、こんな昼間っからしかも学食で大声でする話じゃないでしょ?映研の品格が問われるから止めてよね。『アレ』については分かってないのは多分ユキだけだと思うからサクちゃん、教えてあげて」
ヒロ先輩の推測通り、ユキだけが「アレ?」と首を傾げていたので、豊国がユキにこっそり「ほら……飲み会で話してた『ヴァージョンが』ってヤツですよ」と耳打ちした。
せっかく豊国が周りに聞こえない様に配慮したというのに、ユキが「あぁ!アレって『童貞かどうか』ってヤツかぁ!あぁじゃあ俺は確かにボーイじゃないな!」と誇らしげに大声を上げるから、ヒロ先輩は再度、素早く右手を握りしめて大きな拳でユキの頭のてっぺんにげんこつをお見舞いしてユキを文字通り、力ずくで黙らせた。
声も出せずに悶絶して頭を抱えてテーブルに突っ伏したユキを尻目に、ヒロ先輩は部長らしく厳しい表情で俺達に向かって「そういう話はごく内輪でするものだから、今後はこんな所で話さない事!お前達はもう大学生なのだからね!特に蓮君、君がそういう事に興味があるのは分かるけど、時と場合を考えて節度を持った言動をする事」とぴしゃりと戒めた。
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普段は冷静な福山だが、やはり『本日の定食』の話をし出した途端に目の色を変えて興奮し始めたので、俺は「分かった!分かったから!」と宥めて「福山もこう言ってくれてるから、さっさと行こうぜ!」とみんなを促した。
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