獣人たちは必ず僕に恋をする ~化け狸編~

千來

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Data1. パワハラ反対!

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土日休みの人々が翌日を気にすることなく、遊びや飲みを夜遅くまで楽しめる曜日。
それは言うまでもなく、『今日一日は頑張ることができる』と言われている花の金曜日である。

とある環境調査の会社、アルバイト勤務の24歳の独身男、町田海晴まちだみはるもその一人だ。
憂鬱な朝や面倒に感じる仕事も、金曜日だけは身も心も軽くなる。

パソコンの画面右下にあるタスクバーの時計に目をやる。
定時まであと15分ほどだ。
今日やる必要な仕事はほとんど終えたので、定時で退勤できるだろう。
この後、19時に彼女のハナとイタリアンレストランで食事をする約束をしている。
海晴はウキウキ気分で、そっとスマートフォンを見た。

『お腹空いたよ~』

ハナからのメッセージを見て、自然と顔がほころぶ。
もうすぐハナと美味しいイタリアンが食べられる!
そう心を躍らせた時だった。


「海晴くん。定時前で悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれないか?」

……でた。

主任の嫌がらせワード、『ちょっと手伝ってくれないか?』。
晴れやかだった海晴の心に、突然暗雲が立ち込める。

声をかけてきたのは、上司である主任の三好弦太郎みよしげんたろう、28歳。
軽めのツーブロックに前髪を後ろへ流したヘアスタイル、濃いめの太い眉と大きな目が特徴的な美形で、大人の男の色気を漂わせている青年である。

186cmの身長と鍛えられた厚みのある身体は、ピッタリしたサイズのスーツがよく似合っている。
一方海晴は、身長167cmの細身で華奢な体型だ。
三好が横に並ぶと、自分がただのもやしが転がっている程度にしか見えないという劣等感があった。

「はい、いいですよ」

上司の顔も見ずに、パソコンのキーを打ちながら、力のない返事をする。
自分がいかにも面倒くさそうな顔をしているのだろうと思いながらも、もはや隠す気にもなれなかった。
サーバーの指定フォルダに入っているデータファイルを整理して欲しいと頼まれる。
フォルダを開くとファイルが山のように入っていた。一瞬にして身体が固まる。

「大丈夫!これくらいの仕事、海晴くんなら定時までにできる!」

三好は満面の笑みで、溌剌はつらつとした口調で言った。

(定時までにできるわけないだろ!)

海晴は心の中で激高した。
もちろん、リアルで上司に向かって怒鳴ることなどできない。

「定時までに終わる気がしないんですけど……。一応頑張りますけど、1分でも定時を過ぎたら月曜日にランチ、奢ってくださいよ」

自分は非正規労働者で、一介のアルバイトにすぎない。
予め決められた労働時間の基で雇われている、とむすっとした顔をして思う。

「なぜ俺が海晴くんにメシを奢らないといけないんだ? あ、わかった。わざと遅く作業して奢ってもらおうって腹だな?」

三好は目を細め、口角を上げる。
どんな顔をしてもいちいち絵になる男だ。

「今日夜7時に彼女と会う約束をしているので、わざと残業なんかしません。遅れたら、彼女に嫌われますので」

嫌味のつもりで言ったのが間違いだった。

「何ぃ?! それは許せないな。よしっ! もっと仕事を増やしてやるか」

「絶対嫌です! パワハラ反対!」

三好の顔をキッと睨むが、何のダメージも与えていないことは一目瞭然だ。
せいぜい小動物がはかなく見つめている程度だろう。
周りの社員たちは、二人のやり取りを見てクスクス笑っている。

三好は、部下の面倒見が良い上司として社員たちから慕われている存在だ。
それは海晴も認めているが、苦手な冗談を言って反応を楽しんだり、定時前にすぐ終わりそうもない急な仕事を頼んできたりと意地悪なところが気にくわない。

(仕事を頼むなら、もっと早く言ってくれればいいのに!)

口を尖らせてキーボードを叩く姿を見て、三好が意地の悪いにやけ顔をしているのだろうと思うと余計腹が立った。

とにかく、早く終わらせるしかない。
がむしゃらに作業し、何とか仕事を片付けると、時計は18時45分を過ぎていた。

「ありがとう、助かったよ。悪いな、彼女とデートなのに仕事振っちまって。時間、間に合いそうか?」

悪びれた様子で言う三好に、白々しい! と心の中で毒づく。

「走っていけば10分くらいの遅刻で済みそうです。でも、残業したので約束どおり月曜日はランチ奢ってください」

「45分の残業でランチは高くないか? そんなに俺と二人きりで食事したいのか」

そう言って笑みを浮かべる三好の態度がどこかしら挑発的に見えた。

「やっぱりランチはいいです。お先に失礼します!」

三好の話に付き合っていたら、キリがない。
海晴はリュックを背負い、走り去ろうとした。

赤いフレームのメガネを掛けた女子、事務の油野ゆのとぶつかりそうになり、ひらりと身体をかわす。
油野は無言でジロリと海晴を見た。
海晴は「すみません!」と謝り、急いで会社を後にした。
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