すれ違って 恋をして

霧兎

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*Usual

3. morning

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2年生になって、一週間が過ぎたある朝。


目が覚めて時計を見てみると、時刻は6時。


未だ覚醒しない頭で、ゆっくりと上体を起こすと

カーテンから漏れた心地の良さそうな太陽の光が
部屋全体に降り注いでいるのが見えた。


ぼんやりとした意識の中
あくびを噛み殺しながらゆっくりとした動作で立ち上がる。

そのままの状態で静止。


徐々に体が覚醒していくのがわかる。


1階で家族が身支度をする音が聞こえた。


もう一度時計を確認すると、既に6時30分を回っていた。


朝はいつもこんな感じ。

早くに起きたと思っても、立ち上がるまでに時間がかかる。


私は朝が弱いのだ。


***



私の家は5人家族。

サラリーマンの父、大学生の兄、高校生の私、小学生の弟、専業主婦の母、とバラバラなため、ご飯を同じ食卓で食べられるのは夜だけ。


兄や弟がうるさいとか、バタバタするとかそういうこともなく、朝はほとんど会話がない。



きっと、朝が弱いのは遺伝なんだと思う。



朝食のシュガートーストを食べ終え
制服に着替える。


やっと慣れてきたものの
やはり似合わないまま。



着替え終えると、

部活の着替えや弁当などが詰め込まれたエナメルバッグを肩からかけた。


「いってきます。」

未だに寝起きで、いつもより低い声でそう言うと
寝癖もそのままに外へ出た。


4月下旬、少し涼しい風が吹き、まだまだ見頃な桜は、元気にピンク色の花を咲かせている。




通学の交通手段は電車だ。


最寄りの駅から30分電車に揺られれば
その後降りて10分ほどで学校に着く。



家のある住宅街から駅までを歩いていると、徐々に交通量や人が増えていくのが分かる。


駅には、サラリーマンや高校生が多く見られた。

私と同じ学校の制服もチラホラと見受けられる。


向けられる視線にも、最近は少し慣れてきた。

顔を赤らめた女子のくすぐったいもの、
大人の怪しがるようなものなど、種類は様々だ。


定期をかざし、ホームへ入ると
すぐに電車が来た。

のんびりしすぎたかと反省しつつ、前から三両目の電車に乗り込む。


電車内の立っている人の量からして
空いている席はなさそうだった。

私は、前の方に立ち、吊革を握った。


『ドアが閉まります、ご注意ください。』


アナウンスが鳴り、吊革を握る手をわずかに強める。


「つかさ、おはよう。」

小さめの声でそう私を呼んだ人物は、
私のすぐ隣にいた。


視線を落として声のした方を見れば
私と比べると相当小柄な女の子がいた。


「樹里(じゅり)、おはよ。」

そう返せば、満足そうにニッコリと笑う。


私にとって、とても見知った人物である。

彼女の名前は森林 樹里。

私の幼馴染みで、わずかな友達の1人である。


前を向き直した途端
何かに制服の裾を引っ張られた。


ちらりと横を見れば、その正体は樹里。

樹里は、こちらの視線には気づかぬ様子で左手で私の制服の裾を握り、右手でスマホを器用に操作していた。

彼女の背は148cm。
ちょうど私の顎くらいに頭が来る高さ。

当然吊革には届かない。

なぜ座席についた手すりを持たず、裾を握るのかはわからないが、その姿はとても可愛らしい。


その小柄な体といい、ぱっちりの2重にすべすべの肌、ミルクティー色のふわっとカールした肩くらいまでの髪の毛、どこを取っても女の子。


樹里は高校デビューと同時に、黒髪から今の色に染めていて、当時私はそれを見て味噌汁色と言ってしまい、とても怒られた。


樹里は私が吉野に高校を決めたことを伝えた時
当然のように付いてきた。


私達の家は歩いて行けるほどの距離だが
校区が違い、小学校すらも離れ離れになる 

予定だった。


予定が予定で終わってしまったのは
樹里がお母さんに頼んで私と同じ学校に通えるようにしたからだ。


その調子で中学校も同じで
なんだかんだ、樹里とは幼稚園から一緒の仲である。


「何考えてるの?」

樹里が突然話しかけてきた。


「今日の数学当たるかなって。」

平然と嘘をつき、短めに答える。


「確かに当たるかも。頑張れ、出席番号1番。」

皮肉を含めた言い方で言う。


しかし当たりやすいのは事実である。


〝朝霧〟なんて苗字を恨みたくなるほど
教員達は1番を多用するのだ。


「うるさい、出席番号26番。」


適当に言い返したものの
我ながらわけがわからない。


「なにそれ。」

くすぐったそうに笑う樹里。


その顔はとても可愛らしく
少し恥ずかしくなった。


車内には高校生の割合が幾分増えた気がする。


結局、樹里は電車を降りるまで私の裾を握ったままだった。


駅を出ると、もうすぐそこに高校が見える。


こうして私の1日は、幕を開けたのである。





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