忘れ物

九文里

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忘れ物

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 授業が終わり、騒がしい校舎から解放されると、何処からか楽器の音が聞こえていた。どこかの部活だろうか。
 校門を出て右に曲がると、しばらく坂道を降りる。
 歩いていると靴の中で足がすべり、つま先が前に当たる。靴のサイズがちょっと大きかったか。
 少し痛い。
 買う前に履いてみなさいとよく言っていたのに、ついついサイズが合ったらそのまま買ってしまう。

 ふと脳裏に浮かんだ。
 忘れ物をした。
 戻って取ってこようと思うのだが、足が止まる。
 何だっけ?
 何を忘れたか思い出せない。とても大切なものだった気がする。何か置き忘れてきたような。
 気になるが、そのまま坂を降りた。
 横断歩道を渡って、藪の中の細い抜け道に入っていく。
 突き当たりの川にでた。
 
 あれ、こんな橋あったっけ。

 いつもは川に出ると、川沿いに少し下がった所で橋を渡っていたはずだが、今、川に出た正面に橋がある。
 
 変だな、あっ、この亀。

 橋の入口の石造りの欄干の上に石の亀が乗っている。
 楽しそうなので、この橋を渡る事にした。

 あれ、この橋、通った事がある。

 ふと小学生の時のことを思い出した。
 その頃は、もっと田舎に住んでいた。学校の行き帰りに毎日この橋を通っていた。
 ある時、突風が吹いてお気に入りの帽子が飛ばされて、川に流れて行ったのを覚えている。
 悲しかった。

 でも、あの橋のわけが無い。

 橋を渡って少し歩くと、斜面を降りる階段になる。
 階段を真っ直ぐ降りてると、何かおかしい。
 途中で踊場にでた。踊場なんて無かったはずだ。それにここから斜めに階段が下がってる。こんな階段では無かった。
 中学時代、学校帰りにこんな階段があった。
 友達がふざけて背中を押してきて、ここから下まで転げ落ちた事がある。
 右の薬指を折ったからよく覚えている。
 あの階段にそっくりだ。
 不思議に思いながら階段を降りた。
 
 変だ変だと思いながら歩いていると、T字路に出た。
 そこで動けなくなった。
 どっちに行けばいいかわからない。
 いつも通ってる道なのにわからなくなった。
 とりあえず左の道に行ってみた。
 不安になり、顔に手をもってきてぎょっとした。
 手の甲に茶色い点々がいっぱいある。
 シミだ。
 まるで老人の手の様に、茶色いシミが手の甲の全体に広がっている。
 近くにあるお店のガラスに自分の姿を写してみた。
 それを見て地面に引きずり込まれる様なショックを感じた。
 そこには、白髪頭のシワだらけの自分の顔が写っていた。

 わけがわからなかった。

 周りを見渡すと、向こうのほうで道の真ん中に何か見える。
 お地蔵さんだろうか?
 近づいてみると、それは
子供だった。小学生高学年ぐらいの男の子が石の台の上に目をつぶって、正座して座っている。
 声を掛けようとすると、目を開けた。白目だった。
 そして、口を開けて声を出した。

「あなた、聞こえる」
「もう苦しくない?」
「ずっと意識が無くて、ずっと声が聞けなくて」
「もう一度話がしたくて、いたこさんに頼んだの」

 それは、妻のしゃべり方だった。声は子供の声だが、しゃべり口調を聞いていると、全く妻が喋っているようだった。
 そして、その言葉を聞いて思い出した。
 癌を患っていて、長い間暗闇の中にいたのを。
 
 そうか、死んだのか。

 はっとした。
 忘れ物はこれだ。

 いたこの男の子の黒目が戻って話し掛けてきた。

「何か奥様に言いたいことはありますか?」

「はい」
 少し考えて口を開いた。

「心配するな、もう苦しくは無い」
「それよりも、俺はお前をひとり置いて来たことが心配だ」
「俺達には、子供もいないし、頼れる親戚もいない。」
「二人きりっでやってきたから、それだけが心残りだ」

 男の子は、また白目になって今言った事を繰り返してくれた。
 すると、しばらくして妻の返事を返してくれた。

「大丈夫よ」
「私は、けっこう友達がいるし、あなたが残してくれた貯金もあるのだから」
「安心して」

 その言葉を聞けて、ずっと心に引っ掛かっていたものが無くなっていった。

 また男の子の目に黒目が戻って語り掛けてきた。

「ご主人は、今日経験したことで生きていた頃の整理がつけられました」
「この道を真っ直ぐ進めばご主人の行くべき所にいけます。さあ、行ってください」

 その言葉を聞いて、ありがとうとお礼を言い、頭を下げて、男の子の横をすり抜けて歩き出した。

 
 
 

    
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