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第1節:魔王、出会う
しおりを挟むそこは“古竜の森”と言われる場所だった。
魔物の中でも上位種である“竜” 。
その中でも“とある場所”から発生する竜を“古竜種”と呼ぶ。
普通の竜よりも高い知性と自然と深く根付いた高い能力は人間とって脅威だった。
そして、古竜の森は古竜種達の“巣”でもあった。
竜という種は“巣”が2つある。
2000年以上前から竜種の発生が確認されている場所が“古竜の森”であり、500年前から竜種の発生が確認されている場所が“竜の谷”である。
以上の点から、“古竜の森”から発生する竜を“古竜種”と呼び、人間達は恐れていた。
さらに、“古竜種”は滅多に増えることも無く、討伐依頼も短くて10年、長くて300年の間が開くため、一種の伝説と化している。
――――――そんな森の最深部。
そこに、その“存在”はいるという言い伝えが残っている。
数多の古竜種の生みの親。
数多の厄災の生みの親。
“屍の泉”、“悪魔の城”、“竜の谷”、“鳥の頂”、“獣の荒野”、“古竜の森”………
名称が付く地域には、必ずそれがいる。
魔物の王。
魔物の主人。
魔物を生み出す者。
数多の歴史書に乗る、その名は――――――
【魔王】
人間の天敵にして、神を嘲笑う者なり。
***
“古竜の森”に住まう魔王は異質だ。
人間達が“古竜の森”を認識した時はもう既に“古竜の森”は青々と生い茂っていた。
さらに“古竜の森”の魔王は人の前に姿を現したことが全く無い。
他の魔王のように人間に対して力を誇示するような行動をせず、おそらく生まれてから一度も森の外に出たことの無いその魔王は、ほんの少しの情報を持ち帰るだけで多額の報酬が貰える異質な魔王だった。
異質過ぎる太古の魔王。
その魔王の名は――――――――
「童貞を捨てたい」
「………人型の魔物を創造したらどうでしょうか?
――――――――魔王エンリル」
「魔物で童貞を捨てるのは嫌です」
「お前………」
魔王エンリルは自分をどうしようもないものを見るような目で見つめているドラゴンを見た。
エンリルがナブーと名付けた原始竜、梟の目を持ち、鴉の身体を持つ叡智に優れたエンリルの配下だ。
ナブーは我儘を言う主に対して深く深く溜息を吐いた。
「あ゛~~~~~!!!人間の町に行きたい!!!!
魔王なんて辞めたい!!!!!童貞捨てたい!!!!!!」
「2000年以上、その言葉を聞いていますけど、それが叶ったことなんて無いでしょう」
「そうですけど!!!!そうですけど~~~~~~~!!!!!」
エンリルは真後ろに倒れ込み、泉の真ん中にある物を見た。
それは二つの腕輪だった。
右の腕輪の名は「アヌ」、左の腕輪の名は「キ」
それは魔王の秘宝、この森の始まりにして全ての天に通じる腕輪であり、全ての地に通じる腕輪でもある。
「………4000年以上になるのですね。私がこの世界に転生してから」
「とんだ人生ですね。死んだと思ったら魔王に転生なんて」
「いやぁ、私の最期は童貞を捨てることが出来なかったこと以外は満足な人生でしたよ」
「おや、随分前に子供を育ててみたかったと言っていませんでしたか?」
「それは私の性格的に無理だということをティアマトとアプスーで再認識しました」
「母親が必要ってコトか………」
「ええ………まあ、私があの子達をほっぽり出してこの地の調和にハッスルしていたためだと思いますが………」
「うっわぁ………」
「そこ、引かない。私だってメッチャ後悔と反省をしているんですよ」
「だったらイシュタルをどうにかしろ」
「いや、だって、あの子、私に向かって「童貞は黙ってくれない?キモいから」って言い放ったんですよ!!!!!?
あんな娘と向かい合いたくない………」
「サイテーだな、お前」
道端の犬の糞でも見るような目で見つめられつつも、エンリルは自身が持つ魔物を生産する力を持つ、創世の双竜でもあった創世竜であるアプスーとティアマトを封じている筆を持って立ち上がった。
「あーあ、この2000年の退屈を紛らわすような出来事が起こってくれないですかねー」
「止めてくださいよ。そういうのをフラグって――――――」
その瞬間だった。
泉の上空に突如、ブラックホールのような穴が開き、エンリルの周辺に凄まじい突風を巻き起こした。
幸運だったのは、それが引きこむのではなく、吐きだすような感じでそこに在ったことだろう。
「キッサマァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
「え!?何!!!?私の所為!!!!!!?」
「そうとしか考えられないだろうが!!!!!!!ぽんぽんフラグを立てやがって!!!!!!!!!!!!」
「えぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!?」
ナブーにそう罵られつつも、エンリルは魔王の特権である“権能”を使い、風を操り、それを嵐にしてナブーの周囲を守りつつ泉にあった腕輪を取りに足を踏み出した。
腕輪はエンリルの手によって無事に保護され、彼の手に装着された。
エンリルが腕輪を装着して右手を上げた時――――――ブラックホールが突如として消えた。
そのことにエンリルは目を見開き、同時にブラックホールがあった場所に1人の子供がいることに気が付いた。
エンリルは瞬時に風を操り、子供を泉の淵へとゆっくり降ろした。
ナブーは嵐の防壁が無くなってからエンリルの近くに来た。
「王!御身に傷は!!!!?」
「ありません」
エンリルはナブーにそう言って、突如現れた子供をじっと見つめた。
子供はおおよそ3歳から5歳くらいだろう。
身なりは良く、おそらく裕福な家の子供なのだろう。手にかかる金糸のような髪にも手入れがされていて、触り心地が良かった。
エンリルは子供を抱き上げて、急いで自身の寝床に運び、子供を寝具に寝かせた。
そんなエンリルをナブーはじっと見つめていた。
「………王よ、その子供を如何するおつもりで?」
「目覚めるまでは面倒を見ます。目覚めたら、子供から事情を聞いて、親許に帰します」
「近くの町に置いて行ったらどうです?」
「うーん、それは止めておいた方が良さそうですね。
………この【古竜の森】に現れたという点で先刻のあの現象は魔王や神すらも制御が出来ない現象であると考えた方が良いでしょう」
「まさか!各地で似たような現象が!!!?」
「そう仮定した方が良いでしょう。
そして、近くの町ももしかしたら凄まじい混乱が起きているかもしれません」
「………王の予想が正しければ、他の魔王達の動きも気になりますな。
少々、アンシャルを呼び、各地の様子を見てくるように指令を出します」
「ええ、それでお願いします」
「はっ!」
エンリルの言葉にナブーは黒い翼を広げて飛び立った。
アンシャルとは、エンリルが創造した原始竜の一体であり、風………………詳しくは情報収集に特化した原始竜だ。
自由自在に風に変身する事が出来るアンシャルは、エンリルが気紛れに世界各地の情報を集める際に重用していた。
エンリルは子供が寝ている寝具の隅に腰を下ろして子供の頬を撫でた。
「――――――早く、親許に帰れると良いのですが」
だが、エンリルの言葉は叶うことは無かった。
***
後に各地で起こった自然災害“厄災の日”から11年が経った。
あの日、各地で突如開いた“穴”によって様々な“人”や“物”が全く違う場所に転移し、世界の至る所に放り出され、多くの意思ある者達が混乱に陥った。
最古の魔王エンリルもある意味ではその自然災害に巻き込まれた1人であり、彼が支配する森からは古竜が数匹いなくなっていた。
エンリルはすぐさま手を尽くして、いなくなった古竜を探した。
何匹かは見つけて連れ戻すことが出来たが、何匹かは既に討伐された後だった。
エンリルはその事を悲しんだが、古竜によって引き起こされた戦いで死んだ人間の数があまりにも多く、古竜が意図的に起こした部分もあるため、報復に出ることは無かった。
そして、件の自然災害によって、エンリルの生活は変わっていた。
「リルさん!!!」
「はいはい、なんですか?リチャード」
あの日、黒い穴から現れた子供はリチャードと名乗った。
王侯貴族によく表れると言われる金色の髪に、美しい翡翠の色の目を持つ子供はすっかり美しい青年へと姿を変えていた。
あの日、現れた子供はなんと3歳でも5歳でもなく7歳だった。
理由は簡単で、彼の身体が充分な栄養を取れていないことが原因だった。
それと同時にエンリルは彼の身体に沢山の傷や痣があるのを発見し、エンリルは彼が親に虐待されているのかと考えたが、しばらくすると、彼の親は彼がもっと小さい頃に亡くなり、虐待を行っているのはリチャードを引き取った親戚の手によるものだと判明した。
しかし、それが判明した時には、既にリチャードに情を移した竜も多く、その竜達の反発もあってリチャードを返すことが出来なくなってしまった。
リチャードの方も、自分を愛してくれる竜達に人以上の好意を抱いていたらしく、前にリチャードを人間の町に置いて行く計画を聞かれた時は、エンリルや古竜が悲鳴を上げる程泣き叫んで大変だった。
そうして、リチャードはこの森の古竜に可愛がられながら、鍛えられながら逞しく成長した。
………教育の所為かは解らないが、外見も中身もエンリルが思い描く白馬の王子様のような人物に成長してしまったのは、持って生まれた素養の所為だとエンリルは自分に言い聞かせていた。
「リルさん?どうかしましたか?」
「君も大きくなりましたね、と考えていた所ですよ」
「当然ですよ!だってもう、18歳ですから!」
「18歳ですかぁ………………もう、大人になっちゃいましたね」
「はい!」
「君にも、お嫁さんとか必要になるかもしれませんね」
「お嫁さん、ですか………………?」
怪訝な表情をするリチャードを見て、エンリルは鼻息を荒くし、まるで劇場の上で演技をしているかのような仕草で演説を開始した。
「何を言っているのですか!リチャード!!」
「り、リルさん!?」
「お嫁さんを貰うに当たって、その前に必ず通る道――――では無いですが、夫婦というものにとって、とても大切なものがあります」
「た、大切なものですか………………?」
「ええ!!!ええ!!!!それがあるか無いかで人生の情熱が違います!!!!」
「は、はぁ………………」
「それは“恋”!!!!!!
激しき情欲!!!!燃え盛る炎よりも熱く、身を焦がす激情!!!!! その感情は“死”を生み出す程です!!!!
全ての画家が、全ての音楽家が、全ての小説家が、全ての文化が“恋”によって至高の作品を生み出し、“恋”によって身を滅ぼす………………なんとも素晴らしい感情です!!!!!」
「そ、そうですか………………」
異様な様子の養い親の姿にリチャードはドン引きしたかのような表情をしていた。
その時だった。
今だ暴走を続けるエンリルの頭に向かって、何やら大きくて固そうな木の実が何処からか飛んできて、エンリルの頭に見事に命中した。
エンリルは痛みに呻きながら倒れ、その様子にリチャードは慌てた。
「り、リルさん!!!!!?」
「ホンッッッット!相変わらず気持ち悪いわね。お父様は」
そう言って現れたのは、純白の羽毛を纏う豊満な、女性的な肉体を持つ竜だった。
狐のような、蝙蝠のような大きな耳を持ち、背と腰には4対の翼、手は鳥の脚のような鱗と鉤爪を持っており、それらを包み込むような、美しいドレスの袖のような羽毛を生やしていた。
古竜は倒れているエンリルを思いっきり踏みつけてから、リチャードと向き合った。
「リチャードもコイツの話を真面目に聞かなくてもいいのよ。
コイツ、“恋”について意気揚々と語っていたけど、誰にも恋をしたことが無い童貞なのよ」
「酷い………」
「煩いわよ!この童貞!! 全く!こんなのが最古の魔王だなんて信じられないわ!」
「で、でも、リルさんにもカッコイイ所が………………」
「んなモン無いわよ!この魔王には!!」
「ぐぅえっ!!」
突然現れた竜にもう一度思いっきり踏みつけられて、エンリルは再び呻き声を上げた。
そんなエンリルを無視して、竜は鼻息を荒げながらも、エンリルを踏み続けた。
「ふんっ!これに懲りたら、あの変な演説は止めることね!ホント最ッッ悪!!!!」
そう言って竜は、背中の翼だけを使い、ふわりと空中に舞いあがり、何処かへ去って行った。
後には地面に倒れ伏してすすり泣くエンリルと茫然と立ち尽くすリチャードしか残されなかった。
リチャードは竜の姿が完全に見えなくなると、エンリルを起こそうと手を差し伸ばそうとした時、エンリルから不気味な笑い声が響き始めた。
「リルさん!?」
「ふふふふふふふふふふふふ………………イシュタル、お前の気持ちはよぉく解りましたよ………………」
「リルさん………………? ヒィッ!!!!!!?」
突如として、リチャードの肩をエンリルが掴み、ぐいっと顔を近づけてエンリルは叫んだ。
「リチャード!!!!この森を出て、人間の町に行きますよ!!!!!!!」
エンリルの言葉にリチャードは思いっきり目を見開き、一拍を置いて、絶叫した。
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