転生令嬢、淑女の嗜みよりも筋肉と剣を極めます 〜チートレベルアップで最強貴族令嬢になった件〜 [完]

水無月いい人(minazuki)

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第四章 「異界の森の住人」

第二十五話「もう後悔はしない」

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 ──夜の静寂に包まれた森の奥、その場所はまるで別世界のようだった。
 異世界で”別世界”と表現するのもおかしいが、そう思っても仕方がない程に神秘的だった。

「……ここは」

 私の視界に映ったのは、木立の中にぽつりと佇む小さなログハウスだった。  
 木の皮をそのまま生かした外壁は素朴で温かみがあり、窓から漏れる橙色の光が夜の闇を優しく照らしている。  

「これが……僕の家です」

 青年は、静かにそう告げた。

 リリアナとして転生した私からすると、とてもじゃないが大きいとは言えない。  
 だが、その控えめで穏やかな佇まいは、どこか人生の終末に辿り着いた者が、最後に選ぶ理想郷のようにも思えた。

「……いいお家ですわね」

「ありがとうございます。僕も気に入っています」

 言葉を交わす間、胸の奥に漂っていた緊張が少しずつ和らいでいくのを感じた。  
 不思議と、この場所には戦い続けてきた心を癒す何かがあるように思えた。  

 だが──  

「アスフィ?お客さ……誰その女」

 不意に耳を掠めた声に、私は反射的に視線を向けた。

 ログハウスの扉が開き、現れたのは黒い長髪に猫の耳を持つ少女だった。  
 緩やかに垂れた耳が感情を隠すように揺れ、黒い瞳がじっとこちらを見つめている。  

(……やはり、亜人がいたのですね)

 この世界が"異世界"だということを、私はすっかり忘れていた。  
 ミレーヌを助けるためだけに駆け抜けたこの一週間は、そんな現実を意識する余裕すら奪い去っていた。

「彼女は……えっと……」

 アスフィは口篭った。  

 それを見て、私は軽く息を整えると口を開いた。

「あ、申し遅れました。私の名は、リリア──」

 名を名乗ろうとした瞬間だった。  
 胸の奥に残っていた疲労が一気に押し寄せ、視界が揺らぎ、足元から力が抜けていく。  

「……っ!」

 鞘で体を支えようとするも、体が言うことを聞かず、私は地面に倒れ込んだ。 

「……その人、傷だらけだね」

「うん、かなり無茶をしていたようだからね」

 二人の会話が遠くで響いていた。  
 耳に届くのに、言葉として理解できないもどかしさが苛立ちとなって胸に渦巻く。

(せっかく……手がかりを知っていそうな方に出会えたかもしれないというのに、私は何をしていますの……動きなさいリリアナ……っ!)

 力を込めても、体は微動だにしなかった。  

(どうして……あの時のように傷が癒えませんの……)

 ギルドの宿でのあの戦いでは、いつの間にか傷が消えていた。  
 けれど、今は違う。肩の傷は熱を持ち、足元にまで重さを引きずっていた。  

(どうして……どうして……!)

 焦燥と無力感が胸を締め付ける。  
 そんな中、黒髪の少女──レイラの声が微かに耳に届いた。

「……ねぇアスフィ、その人癒してあげたら?」

「レイラがそう言うなら……でも、僕らが干渉すれば彼女の運命が変わるかも」

「なら放っておいて。レイラはアスフィさえいれば構わないから……でも、後悔だけはしないで」

 その言葉に、アスフィはしばし沈黙した。  

「……はぁ、全くレイラには敵わないや。分かったよ、なら僕は"後悔しない道を選ぶ"──『ヒール』」

 柔らかな光が視界を満たした。  

(……これは……)

 全身を包む暖かさが、痛みを優しく溶かしていく。  
 鋭く疼いていた肩の傷が、じんわりと癒えていくのを感じた。

(……痛みが……消えていく……?)

 その感覚に、思わず目を見開いた。  
 光が消える頃には、全ての痛みが嘘のように消え去っていた。

「……私に何を?」

「『ヒール』、初級の回復魔法です」

「初級……初級でこんなにも回復するものですか!?」

 驚きが声に滲む。

「まぁ、その辺は深入りしないでください。……で、どうですか?動けそうですか?」

「ええ、ありがとうございます。おかげで現状の把握が出来……ん?」

「どうしました?」

(体が癒えて、頭がやっと回り始めましたわ。さっきの回復といい、あの黒髪の猫耳少女が呼んでいた名前……)

「……アスフィってあなた……でしたの」

 その問いに、青年──アスフィは穏やかに笑みを浮かべた。

「はい。僕が君の探し求める人物……ですかね。少しイメージと違いましたか?」

「少しも何も……てっきりご老体を想像していましたわ……ではあの方が言っていた話は一体……」

 記憶の中の老人の言葉が、頭の奥でこだまする。  
 ──放浪のヒーラー『アスフィ』。かつて多くの人々を救い、そして風のように消えた男。

(でも……目の前にいるのは、どう見ても青年ですわよね……)

 頭の中で答えの出ない疑問が巡る。

 だが──今はそんなことよりも伝えなければならないことがある。

「どうか、お願いいたしますわ!」

 私は深く頭を下げた。

「私の友を……ミレーヌを助けていただきたいのです!」

(今の私は貴族じゃない。頭を下げて友の命が救えるなら、いくらでも下げるっ!)

 それが、この一週間の旅で得た唯一の答えだった。

「……すみません、それはできません」

「……え?」

 その言葉はあまりにもあっさりと告げられた。  

「これ以上、僕が貴方に干渉すると何が起きるかわからない。それは君にとっても、この世界にとってもです」

「せ……かい?」

 その単語が胸に引っかかった。

「”リリア”さん、で良かったですか?」

「あ、申し訳ありません!私の名はリリアナ・フォン・エルフェルト。一応冒険者をやっておりますの」

「……冒険者、ですか」

「何か?」

「いいえ、少し昔を思い出しただけです」

(この方も冒険者だったのですね……)

 どこか遠くを見るような眼差しが、彼の過去を物語っているように見えた。

「なら──リリアナさん、貴方は"神"を信じますか?」

「……宗教の話ですの?」

「いいえ、僕は至って真剣です」

(神……)

 その単語に、胸の奥が重くなるのを感じた。  

(私が神を信じたことなど、一度もありませんわ)

 賽銭箱に金を入れ、手を合わせて祈る人々を馬鹿にしていた過去を思い出す。  
 なぜ祈るのか。なぜ神に縋るのか。  
 なぜ……自分の力を使わないのか。  

(私は神も、他人も信じたことがなかった)

 ブラック企業に勤めていた日々。  
 過労とストレスに追われながらも、いつか報われると信じて働き続けた。  
 だけど、結局はトラックに轢かれ、あっけなく終わった人生。  

(……でも、今は……)

 目を閉じれば、あの日の光景が脳裏に浮かぶ。  
 血に染まったミレーヌの体。  
 その命を取り戻すために、私はここまで歩いてきた。

 だけど──  

(もし、この旅が無駄だったら……)

 その考えが、心の奥を締め付ける。

(……もう、後悔はしたくありませんわ)

 そう、後悔だけは──

(だから私は──)

「神は信じていませんわ。欲しいものは願うのではなく、掴むもの。私はここまでの道のりで貴方を掴みましたわ」

「あはは……僕は便利な道具、というわけですか」

「そう捉えて頂いても結構ですわっ!それに貴方が恩人であるのは百も承知!その上で、私は貴方を是が非でもミレーヌのところまで連れて行きますわっ!アスフィさん、貴方が"後悔しない道を選ぶ"と決め私を癒したように、私も後悔しない道を突き進みますわっ!」

 もう絶対に後悔だけはしたく無いから。
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