転生令嬢、淑女の嗜みよりも筋肉と剣を極めます 〜チートレベルアップで最強貴族令嬢になった件〜 [完]

水無月いい人(minazuki)

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第五章 「王国継承戦編」

第六十六話「焼け跡からの目覚め」

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「それで……二人の名前もまた、この世界で決まったものなの?」

私は、何気ないふりをして訊いた。けれど、内心では、鼓動が速くなっていた。

“名前”というものに、どれほどの意味があるのか──それを知ってしまった今、軽々しく口にするのが怖かった。

エルは短く答えた。

「ああ」

それだけ。

だからこそ、私はもう一歩踏み込んでしまった。

「それって……聞いてもいいの?」

一瞬、彼の目が私を射抜いた。まるで、“試されている”ような視線。

「なぜ言わないといけない」

その冷たさに、私は反射的に身を縮めた。

「い、いえ。別に……言いたくなければ、大丈夫だけど」

(やっぱり……軽率だったかしら)

けれど、その時の私は、知らなかった。

“その名前”が、どれだけの痛みの上に成り立っているのかを。

「……俺たちは、この世界で生まれ直した。エルとミカとして」

その言葉が、重く沈んだ。

「前の記憶は──思い出したくはない」

目を伏せることなく、まっすぐそう言った彼に、私は何も返せなかった。

(生まれ直した……)

その表現が、あまりに静かで、あまりに重くて。  
まるで、それ以外に選べる言葉がなかったかのように感じられた。

「二人がこの世界に来たのは、いつ?」

私は恐る恐る尋ねる。

今度は、少し間を置いてからの返答だった。

「……三年前、だったか」

三年。たった三年。でも──

(私はまだ一年も経っていないのに)

私の転生は、比較的“穏やか”だった。気づいた時にはベッドの上で、使用人がいて、家族がいて、屋敷があって。

でも、彼らは違う。

(彼らは……本当に、焼け跡から生まれてきたんだ)

気づけば、ミカはまだ団子を頬張っていた。

その無邪気な笑顔が、今はどこか“痛々しく”見える。

「エル?」

「何だ」

「ミカの話し方って……その……」

あの独特な、どこか浮世離れした言葉遣い。ずっと不思議だったけれど、ふと思い出したように訊いてしまった。

「……あいつは記憶がない」

「え──」

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

「それって……」

「言ったろ。俺が先に死んだ。あいつがその後どう殺されたかは知らない。だが──スキルが“破壊”なんて物騒な名前だ。それに記憶を失ってるときた」

(……破壊神)

あの圧倒的な力。その根底にあるのが、“記憶の喪失”だなんて。

「俺も初めは驚いたさ。でもな、思い出させるのも酷だろ。……あいつにとっては、知らないままでいる方が、幸せかもしれない」

「……そう、ですわね」

私は、それ以上、何も言えなかった。

ミカの“明るさ”は──無邪気なのではなく、“無垢”だった。

過去を知らないという残酷な祝福。それが、あの子を笑顔にしていた。

「リリアナーー!こっちの団子も美味いぞーー!」

ミカの明るい声が響いた。

私の方に向かって手を振る彼女の姿は、まるで何も知らない少女。

けれど──私は、もう“そのまま”では見られなくなってしまった。

(何も知らずに笑えるって……本当はすごく、尊いことなのかもしれない)

「ええ、後でいただきますわ~」

そう返すのが精一杯だった。

私の声が、少しだけ掠れていたのに……誰も気づかないふりをしてくれた。

第六十六話《焼け跡からの目覚め》②

「……俺がこの世界で目覚めた時、辺りは炎に包まれていた」

ぽつりと、エルが呟いた。

それは、風に流れるような自然な一言だったけれど──私の背筋には冷たいものが走った。

「炎に……!?」

信じられなかった。というより、想像が追いつかなかった。

目覚めた時が“炎の中”──そんな目覚め方があるなんて。

「ああ。後から聞いた話だが、あそこは結構栄えていた国だったようだな」

エルは視線を遠くに向けた。

今、この王都とはまるで違う空の色を思い出しているように、言葉を続ける。

「だが、目を覚ました俺が見たのは──炎に、破壊され尽くされた街の光景だった」

(破壊……)

その言葉だけで、私は察してしまった。

その破壊が、誰によってもたらされたものかを。

「炎の中から現れたのが、ミカだった」

一瞬、息が詰まった。

「俺はこいつが妹だと、確信した。姿は違えど──兄である俺には分かった。不思議なことにな」

(家族……なんですのね)

生まれ変わっても、姿が変わっても、記憶が曖昧でも──それでも、血の繋がりは“感覚”として残っていたというの?

「兄妹ですものね」

そう口にした瞬間、エルがピクリと眉を動かした。

「……口調うざいって言ったろ」

「他の目もありますの!!」

私は小声で、必死に抗議する。

(いちいち真顔で指摘しないでくださる!?)

「なら仕方ないか」

──妙に真剣な納得をしないでいただきたい。

その、変にテンポのずれたやりとりに、少しだけ緊張がほぐれる。

(ほんの少しだけ、ね)

「で、どこまで話しましたっけ?」

私は話を戻すように問う。

エルは首をひと振りして、短く答えた。

「終わりだ」

「え、もう?」

「これ以上は同じだ。二人が暮らせる国を探して、否定されて、壊して。……その繰り返しだった」

(……)

その言葉に、私は何も返せなかった。

繰り返された“拒絶”と“破壊”。それが彼らの三年間だった。

笑ってる場合じゃなかった。アイスなんて食べてる場合でも。団子で浮かれてる場合でも──

「……ごめんなさい」

自然と、そんな言葉が漏れていた。

エルがこちらを見る。

「何故謝る」

「私は……一人で空回りして、自業自得で死んだんですの。だからあなた達二人の気持ちを、簡単に“分かる”なんて言ってあげられない。大人として」

言いながら、自分の言葉が妙に空々しく感じた。

私の“死”なんて、比べ物にならない。仕事が辛くて、何となく投げやりになって、トラックに轢かれた。  
それだけで、この世界に転生して、力を得て、今ではこうして人と関わっている。

それがどれほど……恵まれていたかを、ようやく実感した。

「……同情なんていらん」

エルは、静かにそう言った。

「そう言っていただけると、助かりますわ」

(それでも、きっと私は──ずっと、気にし続ける)

一人だけ“痛み”を通っていない自分に、劣等感すら覚える。

──ただ、目を背けてはいけない。

「にしても……ミカのやつ、遅いな」

エルが辺りを見回す。

「ですわね。ちょっと見に行ってみましょう」

そう言った瞬間、背中に冷たい感覚が走った。

(何……今の)

風が吹いているわけでもないのに、背筋にぞわりと冷気が這う。

街は明るい。人もいる。喧騒もあって、安心していいはずなのに──

(……何だろう。この感じ)

「……嫌な予感が、しますわ」

本能が、告げていた。

──この“穏やかさ”は、長くは続かないと。
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