転生令嬢、淑女の嗜みよりも筋肉と剣を極めます 〜チートレベルアップで最強貴族令嬢になった件〜 [完]

水無月いい人(minazuki)

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第六章「異端者と破綻者」

第七十九話 「火種に眠るもの」

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 ──空気が、凍りついたようだった。

 王宮地下の最深部、地脈の交差点に建つ“祭壇”。

 異界の門から現れた仮面の王……アレクシス・フォン・ルクセリアは、  
 何一つ感情を見せぬまま、静かにその場に立っていた。

 その存在は、もはや“人”ではなかった。

 まとっているのは威厳でも気品でもない。  
 ただ、圧倒的な“終焉”の気配。

 そして私は、その気配に真正面から向き合っていた。

(震えは……していない)

 たしかに恐怖はある。  
 でもそれよりも──私の中には、確かな“決意”がある。

(もう、逃げる理由はない)

 彼と向き合うべき理由は、十分にあった。  
 その“火種”を抱えて生きてきたのは、私も、彼も同じだから。

「ようやく来たか、“魔王の娘”よ」

 低く、静かな声。

 仮面の奥から響くその音に、私は剣を握る手を少しだけ強くした。

「“仮面の王”……いえ、アレクシス・フォン・ルクセリア」

「その名を口にするのは、久しいな。  
 ──君の口から呼ばれるなら、悪くない」

「……気持ち悪いですわ」

 私は一歩、踏み出す。

 足元に刻まれた古代文字が、じわりと赤く輝いた。

 ──地脈が、動き始めている。

 魔力の流れが乱れ、瘴気が空間に滲み始める。

「この場所は、すでに“門”として完成している。  
 少しでも手を出せば、王都全体に影響が出る」

 ミレーヌが息を呑み、背後で魔術具を構える。

「けれど、それを止められるのは……お嬢様、あなたしか……」

「わかってる」

 私は静かに返した。

 この場所がどれだけ危険で、どれだけ大きな代償を求めるかなんてことは、最初からわかっていた。

 でも、それでも──

「私の手で、終わらせる」

 そう決めたから、ここにいる。

「始めようか」

 アレクシスが仮面の奥で笑う。

「この世界を壊す“儀式”を。  
 僕と君が、この世界に選ばれなかった者同士……最後に踊る、“破壊の舞”を」

 そして──

 彼が構えるのは《黒炎の剣》。

 漆黒にして紅蓮、異界の深層に眠る呪いの刃。

 対して私が抜いたのは、焔銀の剣。

 燃えるように赤く染まりながら、今も手の内で震えている。

(剣が……私の想いに、呼応してる)

「行くぞ、“魔王”」

「いいえ──“私の手で、王を終わらせますわ”」

 次の瞬間。

 ──剣が、交錯した。

 黒炎が空間を裂く。焔銀がそれを迎え撃つ。

 爆ぜる衝撃、熱気、焼ける石床。  
 一撃で、空間の温度が数度、跳ね上がる。

「く……っ!」

 足を滑らせながらも、私は喰らいつく。  
 攻撃の隙を与えれば、そのまま空間ごと焼かれかねない。

「なぜそこまでして、僕を拒む?」

 アレクシスの声が、剣撃の合間から届く。

「君にとっても、これは“救い”だったはずだ。  
 何もかも選ばされてきた人生から解放され、すべてを“壊す側”になれる──」

「救い……?」

 笑わせないで。

「あなたの“救い”に、誰かの未来が含まれていない時点で、それはただの逃避ですわ!」

 焔銀の剣を振り上げ、私は踏み込む。

 《赤刃・瞬断──双刻》

 二連撃の剣圧が黒炎を削り、仮面に一条の傷を刻んだ。

「っ……ほう」

「“魔王”と呼ばれても構わない。  
 けれど、私は誰一人、巻き込ませないって決めたのですわ」

「君は変わったな、リリアナ。  
 昔は、もっと……素直だったのに」

「昔の私を殺したのは、あなたです」

 ──そして、斬り結ぶ。

 これは戦いじゃない。  
 これは──“決別”だ。

(もう、二度と戻れない)

 それでも、行く。

 “火種”に火を灯したのは、あなただから。

(この手で──終わらせる)

 ──火花が散った。

 焔銀と黒炎が衝突し、空間が震える。

 黒い剣が放つ熱量は異常だった。  
 一撃のたびに床が焦げ、空気が焼かれていく。

(……このままじゃ、押し切られる)

 私は前に出る。  
 炎を纏った剣が、剥き出しの意志でアレクシスに迫る。

 けれど──届かない。

 アレクシスの一太刀は、迷いがなかった。

「君は強い。でも……“届かない”んだよ」

 黒炎が横に走る。

 風圧だけで肺が潰れそうになる。

「ッ……!」

 思わず後ろ足が崩れる。

 その瞬間──

「そっち、行くぞ」

 低い声が響いた。

 ──エル。

 いつもポケットに突っ込まれていたはずの両手が、今だけは外に出ていた。

 無造作に掲げられたその掌の前に、ふっと光が揺れた。

 ──バリア。

 透明で、すごく薄い、でも確かな防壁。

 アレクシスの黒炎が、そこに触れた瞬間──

「……っ!」

 軌道が逸れた。

 壁の一部が崩れるだけで済んだ。

「エル……!」

「言ったろ、俺は盾だって」

 彼は私に視線を寄越さない。

 ただ、無感情な声だけを落とす。

「リリアナ、君が“剣”なら、俺は“防ぐ側”。……それだけ」

 言葉と共に、再びポケットに手を戻した。

 だが空間には、まだ“見えない膜”が残っている。

 エルのスキル──誰にも知られずに、ただ“守るためだけに”在る力。

 それが、今の私の背を支えていた。

「……助かりましたわ」

「借りは返せ。終わった後でいい」

 その後ろ姿に、言葉以上の信頼があった。

「お嬢様、空間の歪みの再活性を確認。あと……十秒で、門が完全開口します!」

 ミレーヌの声が響く。

「もう十分。終わらせるわ」

 私は再び剣を構えた。

 踏み込み、刃を走らせる。

 ──届いた。

 《赤刃・穿華──斬閃》

 アレクシスの仮面に、ひと筋の裂け目。

「……君は、どこまで僕を否定するんだ」

 アレクシスが声を荒げる。

 初めてだった。  
 感情を露にしたのは。

 その一言に、私の心が揺れた。

「あなたが“壊す”というなら、私は“守る”。  
 たとえその先に、あなたの涙があったとしても」

「なら、見せてやろう。──僕が“壊れた”理由を」

 アレクシスの手が、仮面に触れた。

(まさか──)

 ぱき、と音がして、仮面が割れる。

 落ちた断片の向こうに現れたのは──  
 かつて私が知っていた、“アレクシス”の顔だった。

「君に殺されかけた、あの夜。  
 ──僕は、王宮を彷徨った。血を流しながら。そして気づけば……父の部屋にいた」

 静かな語り口だった。

 だけど、確かにそこには、深く沈んだ感情があった。

「ベッドに父の姿はなかった。アルフォードめ。僕に父の死を隠しやがって……まぁ今はそんなことはいい。  そしてそこには──“手紙”があった。“最愛なる息子、アレクシスへ”と」

「手紙……?」

「そうさ。そしてそこには君の名があった。  
 “リリアナ・フォン・エルフェルト”。  
 ──“フォン”の名を持つ、我が家のもう一つの血筋」

 空気が、一変する。

 祭壇の奥、地脈の流れすら揺らいだような、得体の知れない震え。

「君の父と、僕の父は──兄弟だった」

「っ……うそ」

「事実だよ」

 アレクシスの目が、どこか遠くを見ていた。

「家系図からは削除されていた。  
 貴族間の血筋争い、跡継ぎ問題、そして王家との圧力。  
 すべての火種を消すために、“我々兄弟”は表から消された」

「そんな……」

「僕にとって、君は希望だった。  
 君の中に、自分と同じ血が流れていると知ったとき……僕は、救われたと思った」

 仮面はもうない。  
 仮面に隠された“人間”の顔。アレクシス本来の顔が、目の前にあった。

「だからこそ、壊したくなった。  
 この世界も、君も、そして──僕自身も」

「──壊したかったんだよ。君も、この国も、僕自身も……」

 アレクシスの声は、もう怒りに満ちてはいなかった。

 それはただ、どこまでも静かで、  
 そして、哀しかった。

「君が、僕の中で“遠すぎる存在”になった日。  
 僕は、もうこの世界に居場所なんてないんだって思った」

「だから……“壊す側”に回ったの?」

 私は訊ねた。

 責める言葉ではなく。  
 ただ、その奥にある本心を──知りたかった。

「違うよ」

 アレクシスは、わずかに笑った。

「君が、唯一“壊せなかったもの”だったから……君を“見下ろす神”になれば、隣に立てるって思っただけ」

「……そんなものは、隣とは呼びませんわ」

 私は剣を下ろさなかった。

 それでも、何度も握り直した。

(心が、揺れる)

 従兄妹だった──その事実は、あまりにも重く、残酷で。

 でも。

「あなたが私を“巻き込もうとした”時点で、私はあなたの敵ですわ」

「……そう、だよね」

 アレクシスが、ゆっくりと目を閉じた。

「それでも、君に“何か”を残したくて、ここまで来た」

「……それが、あの“門”であり、この“儀式”?」

「ああ。君を永遠に、世界の中心に刻むために。  
 魔王として。破壊者として。僕と同じ、“呪われた血”として」

「なら、私がやるべきことは一つですわ」

 私は静かに構えた。

 足元の祭壇が再び赤く光り、異界の門がゆっくりと軋みを上げる。

「あなたの手で生まれた“終焉”。  
 それを、私の剣で──終わらせる」

 アレクシスの黒炎が、再び燃え上がった。

 今度は、自分の身体すらも焼き尽くす覚悟を宿していた。

「来い、リリアナ、俺の妹」

「ええ。妹ではありませんがっ!!」

 ──最後の一閃。

 空気を割ったのは、音ではなかった。

 “痛み”だった。

 焔銀と黒炎が、真っ直ぐに交差する。

 互いの刃が、体を裂き、血が飛ぶ。

「──っ、く……!」

「……!」

 私は、崩れそうになる膝に力を込めた。

 相打ち……じゃない。

 刃は、私の肩を裂き──そして、アレクシスの胸元を、深く穿っていた。

「……やっぱり、強いな君は」

 アレクシスが、膝をつく。

 崩れた祭壇の上に、彼は静かに倒れ込んだ。

 私は剣を下ろし、ゆっくりと彼のそばに近づく。

「……これで、よかったの?」

「わからない……でも」

 血に濡れた唇が、微かに動いた。

「君に殺されることで……君が“魔王”にならないなら……それでいい」

「私は、魔王なんかにはなりません」

 私はそう言い切った。

 もう、迷いはなかった。

「あなたは、間違っていた。  
 でも、私は……あなたの“痛み”を、忘れたりはしませんわ」

「……それが、君の……選んだ“火種”か」

 アレクシスが微笑む。

 ほんの、わずかに。

「綺麗だよ……俺の妹……リリ……アナ」

 それが、彼の最後の言葉だった。

 ──終わった。

 地鳴りが止み、異界の門が消えていく。

 瘴気が引き、空間が沈黙を取り戻していく。

 私は、剣を手にしたまま、その場に膝をついた。

「……妹じゃありませんわ。……ミレーヌ」

「はい。完全に“門”は消失しています」

 ミレーヌが震える声で報告する。

「……やっと、ですわね」

 祭壇の石床に手をつきながら、私は深く息を吐いた。

 それでも、胸の奥にはまだ──  
 あの“火種”が、微かに残っている気がした。

(これは……私の中にある“選ばれたもの”じゃない)

 これは、私が“選んできた強さ”の証。

 “誰かを守る”と決めた日の、自分自身への誓い。

 私はそれを、そっと胸の奥に抱きしめた。

「……さようなら、アレクシス」

「……“兄様”」

 その言葉だけが、最後に零れた。

 けれど、誰にも聞こえないように、静かに──飲み込んだ。

 ──火種は、まだ消えていない。

 けれど、それを灯すのはもう──私の“意志”だ。
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