転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第八章:王城決戦編

第八十六話:聖女の決意と王女の策略

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エルの火照った体が密着し、俺の全身を包み込む。その吐息が耳元をくすぐり、甘い香りが意識を朦朧もうろうとさせた。このままでは、本当に理性が持たない。

 俺の頭の中では、警報がけたたましく鳴り響いていた。
 そしてついに神がお怒りになった。
 
その声は、まるで天啓のように、絶妙なタイミングで響いた。
 
「王女殿下。そこまでです」
 
扉の向こうから、凛としたセレナの声が聞こえる。その声には、普段の聖女らしからぬ、強い意志が宿っていた。俺は、心の中で安堵の息を漏らした。助かった、と。
 
「……人の情事を覗き見ですか、聖女様?」
 
エルは、俺の上から身を起こさず、挑発的な視線をセレナに向けた。その表情には、わずかな苛立ちと、しかしどこか楽しんでいるような余裕が見て取れる。
 
「アルス様から離れてください!」
 
セレナの声が、さらに強くなる。彼女の瞳には、怒りにも似た感情が宿っていた。
 
「嫌と言ったら?」
エルの言葉に、セレナは一瞬、言葉を詰まらせた。
 
「……力ずく……いいえ、それ以前に私は聖女。そのような行いは断じて見過ごせません!」
 
セレナは、聖女としての矜持を盾に、エルの行動を糾弾する。しかし、その言葉を聞きながら、俺は内心で呆れ返っていた。
 
(どの口が言ってんだ……)
 
 以前、俺に告白してきた張本人が、一体何を言っているのかとアルスは思った。あの時、俺に迫ってきたのはセレナの方だ。今更、聖女としての倫理を語られても、説得力に欠ける。
 
「さぁ、今すぐ離れなさい!さもなければ精神魔法で眠らせます!」
 
セレナは、魔力を高めながら警告する。しかし、エルは動じない。
 
「……そんなものが私に効くとでも?」
 
エルの冷たい一言が、セレナの言葉を打ち砕いた。セレナの顔から、みるみる血の気が引いていく。
 
「う、うぅ」
 
 (……これはセレナの負けだな)
 
俺は、ベッドに横たわったまま、二人のやり取りを傍観ぼうかんしていた。セレナの精神魔法が、エルに通用するはずがない。

 あのダグラスを一瞬で「排除」したエルヴィーナ王女だ。
 精神魔法など、痛くも痒くもないだろう。
 
「……はぁ。もういいだろ。そろそろ可哀想だから辞めてやれ」
 
俺は、観念したようにため息をつき、エルに言った。
 これ以上、セレナをいじめるのは見ていられなかった。
 
「……アルスさんがそう言うなら仕方ありません」
 
エルは、俺の言葉に素直に応じ、俺の上から身を離した。その表情には、わずかな不満と、しかし満足げな笑みが浮かんでいた。
 
「………………はい?どういう事ですか」
 
 セレナはポカンとしていた。彼女の顔には、困惑と、そして裏切られたような表情が浮かんでいる。なぜ、アルスがエルヴィーナ王女を庇うような発言をしたのか、理解できないといった様子だった。
 
 俺は、セレナの困惑した視線を受け止め、事情を説明した。
 
 ◇
 
「そういう事なので、聖女様にもこの屈辱を味合わせたいのです」
 
 エルは、俺に覆いかぶさったまま、セレナが部屋に入ってくるのを待っていたのだ。その目的は、以前俺がセレナに告白された時の事を、偶然目撃し、それを根に持っていた様だった。まさか、そんな理由でこんな芝居を提案してくるとは……。
 
「……まぁそれで知ってる事全て教えてくれるなら良いけど」
 
俺は、半ば呆れながらも、エルの提案を受け入れた。真実を知るためには、多少の屈辱も仕方ない。
 
「ありがとうございます」
 
エルは、満面の笑みで答えた。その笑顔は、まるで純粋な子供のようにも見えたが、その裏に隠された計算高さに、俺は背筋を寒くした。
 
「その代わり、やり過ぎるなよ?」
 
俺は、釘を刺すように言った。これ以上、セレナを精神的に追い詰めるのは避けたかった。
 
「……はい、勿論」
 
エルの返事は、あまりにも素直だった。その素直さが、かえって不気味に感じられた。
 
 ◇
 
 というやり取りがあった。
 
「……私が覗いているのを前提で一芝居打っていたと?」
 
セレナは、信じられないといった表情で、俺とエルを交互に見つめた。その顔には、怒り、困惑、そしてわずかな羞恥が入り混じっている。
 
「まぁ、そうだな」
 
俺は、気まずそうに答えた。セレナには悪いことをしたと思っている。
 
「それにしてはリアル過ぎませんか!?てっきり本当にいっちゃうところまでいっちゃうのかと思いましたけど!!?」
 
セレナが、興奮したように叫んだ。その声は、もはや聖女のそれではない。完全に冷静さを失っている。
 
「セレナ、聖女キャラブレてるから……それにこの芝居を打つことになった原因はお前が俺に告白してきた事から始まったものだ……まぁこれを機にお互い仲良くしてくれ」
 
俺は、セレナの言葉を遮るように言った。この状況を収めるには、これしかない。
 
「「無理です」」
 
 (うん、知ってたよ……そういう反応が返ってくるのは)
 
俺の言葉に、エルとセレナの声が完璧にシンクロして響いた。二人の視線が、まるで火花を散らすかのように交錯する。

俺は、この二人が仲良くする未来など、微塵も想像できなかった。
 
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