攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

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「マキナ世界構築篇:後継の刻」

Re:第七話【裏切りと孤独の果てに】

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「……お姉……様……」

 洞窟に響く叫び声で目を覚ましたアリス。瞼が重く、頭がぼんやりとする。まだ夢の中にいるような錯覚を覚えながら、壁に手をつき、ゆっくりと体を起こした。

(……これは……睡眠魔法……ですね)

 意識が覚醒するにつれ、すぐに自分の置かれた状況を理解する。カエデ――いや、ルクス。彼女がかけた魔法によって眠らされ、ここに取り残されたのだ。

「お姉様……あれは確かにお姉様の声……でした……ただ……」

 ただ、顔が違った。

 記憶の中にある優しく、凛とした彼女の姿とは異なる。そこに映っていたのは見知らぬ顔――それがアリスを困惑させる。

「……そして先程の叫び声、何かありますね。それに……お姉様の内に懐かしい気配が存在しました……まさか……」

 胸の奥で何かがざわめく。答えはまだ掴めない。だが、その答えを考える時間すら、与えられなかった。

 ――足音が響く。

 洞窟の静寂を切り裂くように、ゆっくりと近づいてくる足音。それは、まるで堂々とした支配者の歩みだった。

「やぁ、久しぶりだね、アイリス……おっと、今はアリスを名乗っていたんだっけ? まあ、どっちでもいいや」

 その声が聞こえた瞬間、アリスの中で全てが繋がった。

「……オーディン。あなたの仕業ですね」

 青髪の少女の目に、怒りの炎が宿る。

「何が?」
「とぼけるのはやめなさい。お姉様のことです」

 彼女は即座に手を上げ、魔力を集中させる。

「ちょっと待ってよ! ここで戦う気?」

 オーディンの言葉に、アリスは冷たい視線を向ける。

「あなたの仕業だと言うなら、仕方ありません、そうでしょう?」

 彼女の掌に水が集まり、刃を形成する。その動きに迷いはない。

「私たち、親友じゃないか。君は親友に手を出すのかい?」

 オーディンは静かに一歩踏み出す。まるで、相手を試すような動きだった。

「……止まりなさい、オーディン……できれば、わたくしもあなたに攻撃などしたくはありません」

 アリスは微動だにせず、手を掲げたまま睨みつける。

「だったら、私の話を聞いてよ、アリス」
「…………分かりました。では、そこから動かずに話なさい」
「まったく、私ってそんなに信じられないのかな?」

(信じてはいましたよ……でも今のあなたは違う)

 オーディンは肩をすくめ、溜息をつく。

「……一歩でも動けば攻撃してくる気か……分かったよ、ならここで話そう」
「そうして頂けると助かります」

 そしてオーディンは語った。彼女がルクスの二つの人格を制御していたこと。神に力を求めたことを――

 …… 
 ………… 
 ………………

「…………まさか。お姉様も……」
「これが真実だよ」

 オーディンの言葉が洞窟内に響く。だが、アリスの中にはまだ拭えない疑問が残っていた。

「お姉様のあの顔、あれもあなたの仕業ですか?」

 オーディンは僅かに目を細め、ゆっくりと首を振る。

「それは違う。彼女自身が招いたモノだよ。それほど厳しい世界だったということさ」

 その言葉に、アリスは息を呑んだ。

(……あのお姉様が……手負いに……?)

 信じられない。彼女はルクスだった。かつて誰よりも気高く、誇り高かったはずの姉が――。
 それでも、思い浮かぶのは洞窟で見た、あの痛々しい姿。黒と白が混じり合ったような、どちらともつかない中途半端な存在にみえた。

 お姉様であってお姉様ではない。そして、そんな彼女からオーディンが離れた今、どうなっているか……。

 胸の奥に冷たいものが流れ込んでいく。怒りなのか、悲しみなのか、それすら分からない。ただ、彼女の中で何かが確実に崩れ始めていた。

 それは想像すらしていなかった。彼女の中で、ルクスは絶対的な存在だった。そんな彼女が傷つき、壊れかけていた――その事実が、アリスの心を軋ませる。

「あなたは……お姉様を助けなかったのですか?」

 オーディンは静かに目を細める。

「助けたさ。だから今、生きているんだろ?」
「……そのお姉様は今どこに?」
「さぁ? 制御装置としての役割をしていた私が内から出たからね。今どうなっているかは分からないよ」
「オーディンっ!!! あなたって人は――」

 感情が爆発する。アリスは怒りのままに距離を詰め、オーディンの胸ぐらを乱暴に掴んだ。

「……殴る? それとも君の得意な"水"で私を仕留めるのかな?」

 挑発するようなその言葉に、アリスの指が強く食い込む。しかし、震えているのはオーディンでは無く、アリス自身の手だった。

「……あなたは何をしに……いえ、何が目的なのですか」

 怒りに滲む声。だが、その奥にあるのは恐れと困惑。目の前の存在が、かつて知っていた者とは違うと確信するほどに――。

 オーディンは不敵な笑みを浮かべ、わざと力を抜いたまま呟く。

「いい質問だね! 私は君の味方になりに来た」

 その言葉に、アリスの動きが止まった。

「味方……?」

 信じられない。いや、信じたくもない。だが、オーディンの目には迷いも偽りもない。ただ純粋にナニカを見据えている。そんな目だった――。

(……今更味方……ありえません)

 アリスの胸に、不安と疑念が渦巻く。

「まあ、正確に言うと、フィーに会いに来たってところかな」
「お兄様に?」
「そ、お兄様に」

 その言葉に、アリスの表情が一変する。お兄様と呼んでいいのは、私だけ――それは絶対の特権。

(この人に、お兄様を渡すわけにはいかない……)

 胸の奥に、冷たい怒りが広がっていく。オーディンの軽薄な態度が、まるで彼女の大切なものを弄ぶかのように感じられた。

「……」

 無意識のうちに、アリスの指が微かに動く。呼吸が静かに整えられ、魔力が掌に集まる感覚がした。

(もし、ここで……)

 だが、次の瞬間、オーディンが小さく笑った。

「そんな顔しないでよ、アリス。君がそう思うのは当然だ。でもね、フィーは君だけのものじゃない」

 その言葉が、アリスの心を抉った。

(……違う。違う……!)

 自分でも制御しきれない感情が、胸の奥で暴れ始める。

「お姉様の中で聞いていたのですね」
「そうだよ。で、どこ? 教えて?」

 オーディンは無邪気な笑顔を浮かべたまま問いかける。まるで、それが当然のことかのように――。

 だが、アリスの答えは鋭く冷たかった。

「教えません」

 オーディンの瞳がわずかに細まる。

「…………ごめん、ちょっと親友の声が聞こえなかった」
「教えないと言ったのです」

 アリスは一歩も引かず、真っ直ぐにオーディンを見据えた。

「……なんで?」

 笑みは残っているが、その声には微かな棘が混じる。

「お姉様を見捨てるような方に、わたくしが教えるとでも思いますか?」

 その瞬間、オーディンから笑顔が消えた。
 空気が変わる。先ほどまでの軽薄な雰囲気が霧散し、洞窟の空気が張り詰める。

 アリスはわずかに唇を噛んだ。

(……やはり、オーディン。彼女は敵!)

 オーディンは静かに息を吐き、わずかに肩をすくめる。

「……そうか、君も」

 ただ一言、そう呟くと、オーディンの瞳が冷たく光った――。

「――!?」

 その一瞬で、アリスは悟った。

(まさか……!)

「水よ――」

 だが、詠唱が終わるよりも早く、鋭い声が響く。

「遅い」

 視界が揺れる。体の力が抜け、膝が崩れる。

(……な、に……を?)

 自分が何をされたのかすら分からないまま、アリスの意識は深い闇に沈んでいった。
 オーディンは静かに立ち尽くし、倒れたアリスを見下ろす。

「…………結局、アリス。君も私を信じてくれなかったね」

 その声には、怒りも、嘲笑もない。ただ、深い虚無だけが滲んでいた。

「私はいつも孤独だ。まるで『役割』を与えられていた時のようだよ……」

 ふと、静寂が訪れる。暗闇に包まれた洞窟の中で、オーディンは小さく息を吐いた。

「……はぁ……キミに会いたいよ、ケンイチ」

 低く、囁くような声。

「もう一度、あの頃のように、私を救ってくれよ」

 誰に届くこともなく、その呟きだけが、洞窟の静寂に溶けていった――。
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