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修学旅行の英雄譚 Ⅰ

Folk story.2 あれからとこれから with 悪意の波動

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「俺は昔、ある事件に巻き込まれたんだ。原因不明、犯人も分からない。なんの前触れもなく俺の住んでいた町は一瞬でも火の海になった」
今でも鮮明に思い出せる。学校から帰る途中、いきなり空が赤く輝いた。
「それから体験したのは地獄だったよ。炎は四方八方から迫ってくるし、建物は倒れて、家も崩れて、人が下敷きになって。その人が俺を見て助けて、助けてって小学生の俺に訴え続けるんだ。怖くなってその場から走って逃げたよ」
『心と体が未熟な時期の人間は非常に脆いと聞いている。それは仕方のないことだろう』
「ありがとな。それから俺はただ走った。何の目的もなく、どこかを目指していた訳でもないのにただ走った。もうそこからは記憶がほとんど無いんだ。唯一覚えているのは、人間とは思えないあの影と、俺を助けてくれたあの人だけ……。俺はそこで気を失った。目が覚めると病院のベットに横たわってた、知らない大人が二人いて俺に話しかけてきた」
今から孤児院に預けられて施設にいるか、誰かも分からない大人に着いていくか、君はどっちがいいかな?
「孤児院に預けられるか着いていくか、俺はすぐにその大人達に着いていく方に決めた。あの二人は俺を本当の子供のように扱って、接してくれるけど、俺はあの二人にどこか引ける部分があった。初めてあの家に着くと自分より小さな女の子と男の子がいたんだ。それが俺と今の父さん、母さんの間に線ができた原因だったと思う。あの二人は悪くないんだ、むしろ赤の他人のはずの俺をここまで面倒見てくれて感謝している。それに元悟げんご三葉みつはだって俺を兄として見てくれてる。でもあの時に『あぁ、俺はこの家族の一員じゃないんだな』と強く感じてしまったんだ。俺が高校に上がると一緒に一人暮らしを始めたのもそれが理由だな」
俺の家は学園から車で三十分程度のところにある。だから帰ろうと思えば電車でいつでも帰れる距離だし、帰らない理由もないのだけれども一度完全に離れてしまったらなかなか戻れなかった。今はリーナ先輩の家におじゃまになっているし、特訓やらなんやらで忙しいけど、たまには帰ったらいいのかななんて考える。
『俺は生まれてこの方いわゆる家族というものを持ったことがない故、そのお前が考えていることは分からん。だがお前に宿り十六年この世を見たが、今の人間は互いに手を取り合い共存して生きていくのが本懐なのだろう?ならお前が血が繋がっていないとはいえ家族と呼べるもの達のもとへ帰るのは理にかなっていると思うがな』
「それはそうかも知んねぇけど、人間には人間で色々あるんだよ。そういう理屈じゃなくて、もっと感情的な話だ」
『感情的な話だと言うのなら、お前はその家族が嫌いなのか?』
「そんな訳ないだろ。大好きに決まってる」
『それならいいじゃないか。これは俺からの命令だ。この旅が終わったらまず、家族の元へ行け。お前たち人間は俺達異形、超常の者とは違い、一生が短いのだからな』
「分かったよ」
基本的に人間とかのそういった部分に興味がなさそうなやつだけど、こいつでもこういうこと言うんだな。アンラマンユのせいか?
「話してたら眠くなってきたな。寝るとするか……絶対邪魔するなよ?夢に出てくるなよ?」
アジ・ダハーカに釘をさしてといてから寝る姿勢に入る。横から誰かが鼻を啜る音が聞こえることに気づく。
隣を見ると氷翠がこっちを向いて泣いていた。
「ど、どうした氷翠?なんで泣いてんの?」
すると俺の手を握ってきた。
ごべんね!ぼべんめはうど君!ごめんね、ごめんね悠斗君
泣きながら急に謝られて困惑する俺。
「え?は?何があったんだよ?」
ばっべ、ばって、わだじだげづらかっだびだいなさぁだって、だって、私だけ辛かったみたいなさぁ
泣きながら顔を近づけてくる氷翠の肩を掴んで引き剥がす。
「分かった、分かったから、お前が泣くことないだろ?」
ティッシュをカバンから取り出して、涙を拭って鼻をかませる。落ち着いたところで氷翠が言った。
「まさか悠斗君にそんな過去があったなんて知らなかったよ。なんで教えてくれなかったの?」
「聞かれなかったし、そんなだいぶ昔のことを今更取り上げても仕方ないだろ?」
氷翠は半目でこちらを睨んでくる。
「ふーん、まぁ別にいいけど。明日からマゼスト君のこととかあるから早く寝るよ?ほら、悠斗君も毛布被って」
そう言って俺に毛布を投げつけてくる。
「おい、投げるな───」
氷翠の体が規則的に上下している。こいつ寝るの早いな。
抗議する気も失せてしまったので、俺もはなく寝ることにした。
序盤から濃すぎる展開のこのフランス旅行、明日からのは一体どうなるのやら?
三日間楽しんで、ローランの悩みも解決させて、全員で無事に帰れるといいな。



───In France 神聖な闇の中

「おい、デュランダルの在処と異端者の居場所は見つかったのか?」
神父服を着た中年の男が訊く。
「すいやせんボス、異端者の居場所はともかく、あの聖剣の在処がどーしても見つかんないっすよねぇ。俺様これでもええ必死こいて探してんすよぉ?」
フランスの離れた場所にある廃れた教会で二人の男が密談をする。
「そんなことは聞いておらん。お前がここに残りたければ結果で示せ、ステイン」
ステイン──そう呼ばれた男は椅子にどかっと座り、やる気なく言う。
「そう言いましてもねぇヨイワース様?俺っちにも俺っちのやり方ってもんがありやしてね?」
そんなすての軽い態度に少し機嫌を悪くしたヨイワースは鼻で笑って指示を出す。
「お前のやり方がどうか知らぬか……先に異端者の始末から始めろ。あの三人を放っておくなよ?」
ステインは面倒くさそうに教会から出ていく。
「へーへーわかりやしたでございますよ。でもまぁ……一人は余裕ですけどね?ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
ステインは悪意に満ちた顔でこう言う。
「さぁて……あのガキ全員殺しやりますかぁ?」
フランス──ローラン、聖剣、教会、様々な謎が混在する場所。何が起こるかわからないが確実に、悪意の波紋は広がっている。
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