二本のヤツデの求める物

あんど もあ

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二本のヤツデの求める物

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「わあっ大きな葉っぱ!」
 伯爵邸の玄関前で馬車を降りると、両脇に植えられたヤツデを見て、五歳のクリスティナが驚嘆の声を上げた。

「ヤツデっていうのよ。本当、大きいわね。何度も見てたけど、こんなに大きかったかしら」 
 左右に植えられたヤツデはかなり幹が太く、私より背が高い。茎も太くて、私の顔の顔の何倍もあるたくさんの葉が揺れている。
 手のひらのような葉の形が、クリスティナは気に入ったようだ。

「ナタリー、クリスティナ、着いたんだね」
 夫のナイジェルと夫の弟のエミリオが迎えに出てくれた。
 ナイジェルとエミリオは10歳離れていて、エミリオはまだ学生だ。本当は二人の間に妹が二人いたのだが、幼い頃に亡くなったそうだ。

 王都の伯爵邸には、義父の伯爵と、王都のアカデミーに通っているエミリオが住んでいた。義母は四年前に亡くなっている。
 私たち夫婦とクリスティナは普段領地の伯爵邸に住んで、社交シーズンだけ王都に出てきていたのだが、寝込んでいた義父の様態がいよいよ危ないとエミリオから連絡が来て領地を執務官に任せて私たちも王都に移り住む事に決めたのだ。

 先に王都に来ていたナイジェルが、私とクリスティナを義父の部屋に案内してくれる。

 薬品の匂う義父の部屋で私とクリスティナを迎えてくれた義父は、やつれていたが笑顔を浮かべていた。意識がしっかりしている事に、内心ほっとする。
「おじいちゃま、御病気なの? いつ治るの?」
「クリスティナが来てくれたから、すぐに治るよ」
 穏やかな対応は、本当に治りそうに思わせる。満足そうなクリスティナを連れて、私たちは義父の部屋を辞した。



 翌朝、エミリオをアカデミーに見送った後、私たちは三人で庭を散策した。クリスティナのお気に入りは玄関横のヤツデだ。
「今まで何度も見ていたのに、こんなに大きいとは思わなかったわ」
「ここまで育つと存在感があるからな」
「おてて! おてて!」
 クリスティナは落ちていた葉を拾って大喜びだ。ヤツデの葉を振りながら先に立って歩き出す。

 後をついて行きながら、私たちは夫婦の会話をする。
「お義父様が穏やかで安心したわ」
「医者はもう長くないと言っている。本人は隠しているが、日ごとに体力が失われてもう起き上がれないんだ。父は、祖父のせいで苦労したからな……。最期くらい苦しまずに逝って欲しいものだ」

 ナイジェルの祖父、この屋敷を建てた先代の伯爵は苛烈な人だったそうだ。自分の事業のためならあくどい手も躊躇ためらわず、恨む人も多かったらしい。私とナイジェルの縁談が決まった時でも、私の祖父母が「先代伯爵が生きていたら、絶対に反対した」と言っていたくらいだ。義父はどれほど父親の負の遺産を背負わされた事だろう……。

 その時、執事が走ってくるのが見えた。
「若旦那様! アカデミーから早馬です!」
「アカデミーから? エミリオはもうアカデミーに行ってるよな」
 いぶかしく思いながら玄関へ向かうと、アカデミーからの使者が待っていた。

「エミリオの兄のナイジェルだ」
 頭を下げた使者に名乗ると、頭を上げた使者は申し訳なさそうに告げた。
「エミリオ様が……、先ほど階段から落ちてお亡くなりになりました」

 私はエミリオの死に驚けなかった。
 それを聞いたナイジェルが倒れたので。
「パパーー!」
 クリスティナの叫び声が響き渡った。

 

 飛んで来た医者は、ナイジェルの心臓が弱っていると告げた。これ以上悪化させないために、体を大事に、無理をしないようくれぐれも気をつけるようにと注意した。
 意識を取り戻したナイジェルは「そう言われても……」と困り顔だ。父親が亡くなれば、伯爵としての責務がその身にのしかかるのが分かり切っている。

 エミリオの遺体は、執事が教会に運び込んだ。親しい友人と近い親戚だけに連絡して、ひっそりと葬儀を行う事にする。義父にエミリオの死を悟らせないためだ。残り少ない人生を悲しませたくないから。

 

 あれこれと慌ただしい数日が過ぎ、なんとか義父に気付かれずにエミリオを埋葬して、ナイジェルにはしばらく絶対安静とベッドで休ませて一息ついた私の所に、実家の両親が訪ねてきた。
 王都に出て来たというのに会いに行くことすら出来ないでいるので、父と母の方から来てくれたのだ。
 クリスティナは、お土産にもらったピンクのウサギのぬいぐるみに大興奮だ。ウサギと遊ぶクリスティナの横で、両親とゆっくり話す。久しぶりに気を遣わなくていい人と本音で話せて、張りつめていた物が溶けて行った。

「あなたも体に気を付けるのよ、ナタリー」
「ありがとう」
 人に労わられるのが嬉しい。

 帰る両親を、馬車の待つ玄関までお見送りする。
 母がヤツデに気付いた。
「見事なヤツデねえ。ヤツデを植えるのって私が子供の頃の流行だから、多分この家が出来た時に植えたのね」
「流行なんてあったの?」
「この手のひらのような葉が幸せを呼び寄せる、って言われてたのよ」
 父も頷いている。
「でも、一本は『幸せを呼び寄せる』って言われたけど、二本あると『不幸も呼び寄せる』って言われてたのにね」
「不幸……?」
「あ、こんな時にごめんなさい。私が娘の頃のおまじないレベルの話よ」

 両親の馬車を見送りながら、私は玄関先で立ちすくんでいた。頭の中は母の言葉がグルグル回っている。
 風に揺れるヤツデの葉ずれの音が、私を取り囲んでくるような気がした。

 ……もし、先代伯爵に何もかも奪われて、もうおまじないしか残っていなかった人がいたら……。
 素知らぬ顔で流行だからと二本のヤツデを植えて、このヤツデが伯爵家に不幸を招くよう怨嗟を込める。
 しかし、まだ小さいヤツデが奪えたのは幼い女の子の命くらい。
 時は流れ、ヤツデは大きく育ち、力が満ち溢れる。
 そこに、この家の血を引く者が集まった。今こそ伯爵家を根絶やしに……。

「……まさかね」
 不幸が続いて考えがネガティブになっているのだろう。私は屋敷に入った。

 今まで両親と話していた応接室を覗くと、クリスティナがウサギを抱えたまま寝ている。
 興奮して疲れたのね、と抱き上げようとするとクリスティナの腕からウサギが落ちた。
「クリスティナ?」
 脱力したクリスティナは反応しない。額を触ると燃えるように熱かった。
「クリスティナ! クリスティナ!」


 執事に医者を呼ぶように命じ、クリスティナをベッドに運ぶと、庭師を呼びつけた。

 戸惑いを隠せない実直そうな中年の男性がやって来た。
「玄関脇のヤツデを引っこ抜きなさい。抜いたら全て焼き払って」
「お、奥様、あれほど立派なヤツデはなかなか……」
 庭師にとっては可愛いヤツデなのだろう。

「ヤツデが二本あると何と言われてるか、知っているのでしょう?」
「そんな迷信のために抜くと言うのですか!」
「たとえ迷信でも、我が家から三人の病人と一人の死者が出ました。人は、我が家の不幸とヤツデと結びつけて無責任な噂をするでしょう」
「あ……」
 可愛いヤツデに「呪いの」と汚名が付くのは嫌だろう。
「その前に抜くのです」
 庭師は納得して部屋を下がった。

 眠るクリスティナの額に冷やしたタオルをのせながら、「本当は二本とも抜かなくてもいいのだけど……」と思うけど。
「どちらが幸せを、どちらが不幸を呼ぶのか分からないのだから、両方抜くしかない」
と、強く思うのだ。絶対にこれ以上誰も連れて行かせない。


「ねえ、ヤツデが無くなった所に何の花を植えましょうか?」
 冷たい手をそっとクリスティナの頬に添えた。
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