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弐
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畑の中の道を馬車は進む。馬車の乗り心地はいいのだが、すれ違う人が皆派手な馬車にびっくりするのでいたたまれない。窓のカーテンに隠れる。
「目立つ馬車ですみません。何人もの護衛でがちがちに固めるより、これで行った方がいいかと思って」
「分かっております」
贅を凝らした馬車を作るのは、財力を見せびらかすためではない。“いかにも高貴な人が乗っている馬車”にすることによって、大抵の人がその馬車に近づこうとしなくなる。それでも近づこうとする人だけを警戒すればいいのだ。馬車一つで警備の手間がずっと少なくなる。
「でも、私などに護衛など必要ありませんのに」
「そんなことありません。アイリスさんを安全に城まで届けるよう言いつかっております」
「騎士様は仕事熱心ですのね」
「安全と言えば、アイリスさんはあの家にお一人で住んでらして不用心では無いのですか?」
「ええ、村は行き止まりなので“通過する人”がいないのです。見覚えの無い人がいたら、あっという間に村中に広まりますわ。今頃、村では寝たきりのソーラばあさんだってこの馬車のことを知ってますわよ」
「でも、以前は貴族だったので、ご不自由でしょう」
「もう慣れましたわ」
最初は大変だった。お茶を飲むのに、水汲みをして薪を割ってお湯をわかさないといけないなんて。お風呂に入ろうとしたら、半日かけて割った薪が無くなってしまうなんて。なるほど、屋敷に使用人が何人も必要なわけだ、と納得した。
でも、今は自分の世話くらい自分でできるようになった。手抜きも覚えた。家も料理も完璧にしようなんて思わなければやっていけるものだ。
王都の繁華街に入る。街は賑わい、戦争の爪痕など無いようだ。短期間で戦争が終わって良かった。
馬車は誰に襲われる事もなく王城に着いた。
馬車から降りると、騎士様は薄い色のレンズの眼鏡をかけて、降りる私に手を差し出す。眼鏡の騎士様は、ちょっと大人に見える。
騎士様に案内されるままに城を進む。
着いたのは、普通の公務室の一つだった。大きな机に向かっていた貫禄のある年配の男性が出迎えてくれる。見覚えの無い人なので、多分ベータムの役人だろう。小さな机に向かって仕事をしている十人程の文官はアルファス人のようだ。
年配の男性に、部屋の片隅にある応接コーナーに案内される。ソファに座ると、騎士様は私の後ろに立った。もう護衛は要らないのに。
年配の男性は、ソルドレイルと名乗った。
「さて、アイリス・コンウォール侯爵令嬢、でいいですかな?」
「いいえ、コンウォール家からは籍を抜きました。今は平民のアイリスですわ」
「それはアズール国王陛下との婚約破棄のせいで?」
「はい。当時は彼はまだ王太子でしたが…。もう五年も前です」
「いやいや、私の歳になると五年なんて“ちょっと前”でしてね。申し訳ないが、何があったか詳しく教えてもらえませんか?」
「よくある話かと思いますが…」
私は、幼い頃から四歳年上のこの国の王太子・アズールの婚約者だった。二人は仲の良いまま成長し、このまま結婚するのだろうと、私も周囲も思っていた。
だが五年前に、アズールがパトリシア・シモンズ伯爵令嬢と恋に落ちた。
「私はショックでしたが、人の心はどうしようもありません。シモンズ家は家格も問題ないし、パトリシア様も優秀な方でしたので、婚約者のすげ替えになっても誰も異を唱えないお相手でした。でも、それはスムーズに行かなかったのです」
アズール様は恋に狂った。あらゆるものが自分とパトリシアを引き裂こうとしていると思い込んだ。
「私がパトリシア様と話すと彼女を貶めたと言い、話さないと蔑ろにしたと言う。その態度に周りの貴族が反感を持つと、私が扇動してると言う。それを注意する臣下を遠ざける。何もかも悪く受け取られ、もう、面倒くさくなってしまって…」
私がパトリシア様を謀殺しようとしたとの冤罪をかけて婚約破棄を言い渡した時には、これで解放されると喜んでしまったくらいだ。
証拠も無いお粗末な冤罪だが罪は罪、私は国外追放か王都追放かどこか遠い修道院か、と思ったのだが、目の届かない所に行かれても心配のようで、私は没落貴族の娘という事にして王都のはずれの村に住むことになった。
「目立つ馬車ですみません。何人もの護衛でがちがちに固めるより、これで行った方がいいかと思って」
「分かっております」
贅を凝らした馬車を作るのは、財力を見せびらかすためではない。“いかにも高貴な人が乗っている馬車”にすることによって、大抵の人がその馬車に近づこうとしなくなる。それでも近づこうとする人だけを警戒すればいいのだ。馬車一つで警備の手間がずっと少なくなる。
「でも、私などに護衛など必要ありませんのに」
「そんなことありません。アイリスさんを安全に城まで届けるよう言いつかっております」
「騎士様は仕事熱心ですのね」
「安全と言えば、アイリスさんはあの家にお一人で住んでらして不用心では無いのですか?」
「ええ、村は行き止まりなので“通過する人”がいないのです。見覚えの無い人がいたら、あっという間に村中に広まりますわ。今頃、村では寝たきりのソーラばあさんだってこの馬車のことを知ってますわよ」
「でも、以前は貴族だったので、ご不自由でしょう」
「もう慣れましたわ」
最初は大変だった。お茶を飲むのに、水汲みをして薪を割ってお湯をわかさないといけないなんて。お風呂に入ろうとしたら、半日かけて割った薪が無くなってしまうなんて。なるほど、屋敷に使用人が何人も必要なわけだ、と納得した。
でも、今は自分の世話くらい自分でできるようになった。手抜きも覚えた。家も料理も完璧にしようなんて思わなければやっていけるものだ。
王都の繁華街に入る。街は賑わい、戦争の爪痕など無いようだ。短期間で戦争が終わって良かった。
馬車は誰に襲われる事もなく王城に着いた。
馬車から降りると、騎士様は薄い色のレンズの眼鏡をかけて、降りる私に手を差し出す。眼鏡の騎士様は、ちょっと大人に見える。
騎士様に案内されるままに城を進む。
着いたのは、普通の公務室の一つだった。大きな机に向かっていた貫禄のある年配の男性が出迎えてくれる。見覚えの無い人なので、多分ベータムの役人だろう。小さな机に向かって仕事をしている十人程の文官はアルファス人のようだ。
年配の男性に、部屋の片隅にある応接コーナーに案内される。ソファに座ると、騎士様は私の後ろに立った。もう護衛は要らないのに。
年配の男性は、ソルドレイルと名乗った。
「さて、アイリス・コンウォール侯爵令嬢、でいいですかな?」
「いいえ、コンウォール家からは籍を抜きました。今は平民のアイリスですわ」
「それはアズール国王陛下との婚約破棄のせいで?」
「はい。当時は彼はまだ王太子でしたが…。もう五年も前です」
「いやいや、私の歳になると五年なんて“ちょっと前”でしてね。申し訳ないが、何があったか詳しく教えてもらえませんか?」
「よくある話かと思いますが…」
私は、幼い頃から四歳年上のこの国の王太子・アズールの婚約者だった。二人は仲の良いまま成長し、このまま結婚するのだろうと、私も周囲も思っていた。
だが五年前に、アズールがパトリシア・シモンズ伯爵令嬢と恋に落ちた。
「私はショックでしたが、人の心はどうしようもありません。シモンズ家は家格も問題ないし、パトリシア様も優秀な方でしたので、婚約者のすげ替えになっても誰も異を唱えないお相手でした。でも、それはスムーズに行かなかったのです」
アズール様は恋に狂った。あらゆるものが自分とパトリシアを引き裂こうとしていると思い込んだ。
「私がパトリシア様と話すと彼女を貶めたと言い、話さないと蔑ろにしたと言う。その態度に周りの貴族が反感を持つと、私が扇動してると言う。それを注意する臣下を遠ざける。何もかも悪く受け取られ、もう、面倒くさくなってしまって…」
私がパトリシア様を謀殺しようとしたとの冤罪をかけて婚約破棄を言い渡した時には、これで解放されると喜んでしまったくらいだ。
証拠も無いお粗末な冤罪だが罪は罪、私は国外追放か王都追放かどこか遠い修道院か、と思ったのだが、目の届かない所に行かれても心配のようで、私は没落貴族の娘という事にして王都のはずれの村に住むことになった。
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