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第1話 突然の異世界転移

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 ベッドに横になっている叶恵の目から、涙がボロボロと溢れている。
「この人、泣いてるわ。どうしたのかしら」
ある女性が眠っている叶恵の頭を撫でた。

 叶恵はバチッと目が覚めた。目の横には涙の痕があった。どんな夢を見ていたかは覚えていない。でも、とにかく悲しくて、完全に寝惚けた状態で「ううっ」と声が出たと思ったら、又ボロボロと涙を流した。そしてしばらく声を殺して泣いた。(なんでこんなに悲しいんだろう)と思いながら。

 しばらくして叶恵は涙を拭い、やっと落ち着いた。寝ぼけた状態ではなくなったことで、天井がいつもの部屋と全く違うことにようやく気づいた。

「私の部屋じゃない!ここ、どこ?!」

あまりの驚きに、声に出しながらガバッと飛び起きた。その時、首から下げたままのクリスタルペンダントが動いたのを感じた。

「あら、起きたのね。眠ったまま泣いていたからどうしたのかと思ったわ」
「えっ!」
いきなり知らない女性の声がして、ビクッと驚いてそちらに振り向く。無意識にクリスタルペンダントを服の上から握りしめる。
(誰?っていうかここどこだろう?)

 叶恵の視線の先には、緑っぽい髪色で、肩までのボブの女性が立っていた。服装はワンピース?というか、とにかく真っ黒で、ロングスカートのような、足元まで布がきていた。
「あの、申し訳ないんですけど、あなたは誰ですか?というかここはどこですか?私昨日、自分の部屋で寝たはずなんですけど・・・」

叶恵は申し訳ないと思いつつ、目の前にいる女性を質問攻めにしてしまう。本当に何もかもわからないからだ。不安からか、クリスタルを服の上から握りしめたままだ。

目の前の女性はニコッと笑って言った。
「私の名前はララ。ここは私の家。あなたが、なぜか道端に倒れていたから、私の家に連れてきたのよ」
(ララ?そんな名前聞いたことない。私、外国に来たのかな?)
「私の名前は斉藤叶恵です」

目の前の女性、ララが、きょとんとした顔をした。
「サイトウカナエ?そんな名前聞いたことがないわ。この世界の人達の名前は、みんな私のような感じよ」
(んん?何かがおかしい。この世界?私のような名前を聞いたことない?日本に普通にある名前なのに?)
叶恵はまさに大混乱。

 ララがまたにっこり笑って言った。
「喉がかわいたでしょう?お茶を淹れるわね」
本当に喉が渇いていたから、ありがたく頂くことにした。
「ありがとうございます」

次の瞬間、叶恵は目を疑った。

 ララが手をかざし、「プレパラーテ!」と詠唱すると勝手にお茶の入った瓶?が棚から飛び上がり宙を舞い、ララの目の前にあるテーブルに着地した。さらに別方向に手をかざし「カリエンテ!」と詠唱すると、水道から湯気が立つほどのお湯が勝手に出て、ポットもお湯の下に動いて着地し、きちんとお湯が入ると蓋がしまった。今度はポットとカップが宙を舞い、またララの前にあるテーブルに着地。ララはポットの底をふきんで拭いた後にお茶の葉を入れると、少しくるくると回した後、またポットに向けて両手をかざすと「アバンザ!」と詠唱する。今度は自分でポットを持ちカップに注いだ。最後に、お茶の入ったカップを叶恵の前に差し出してくれた。ここまでわずか数分。

「はい、どうぞ。自家製のお茶の葉っぱなのよ」

 叶恵は驚いてしまいお茶どころじゃない。
「い、今のって・・・。まさか、魔法ですか?」

今度は、ララが不思議そうな顔をした。
「何驚いているの?魔法はこの世界では当たり前でしょう?」
当然のように言った。
「ちなみに、さっき両手をかざしたのは、葉っぱの味が早く広がるように少しだけポットの中の時間を進めたのよ」

この言葉で確信した。ここは叶恵が昨日まで生きていた世界ではない。魔法や剣術が当たり前に存在する、いわゆる異世界というやつだ。よくあるゲームの世界のような。でも、叶恵はそんなゲームをほとんどしたことがない。だからゲームに関する知識、いわゆる魔法や剣術に関する知識も全くといっていいほどなかった。

「あの、ララ・・・さん」
「どうしたの?ええと、何て呼べばいいかしら」
「あ、じゃ、カナエって呼んでください」
「カナエね。わかったわ。それで、どうしたの?」
カナエはぐっと言葉に詰まった。ララに信じてもらえるかはわからないけれど、本当のことを言うしかない。また無意識にペンダントを服の上から握りしめる。ここで、いろいろな意味で落ち着くためにお茶を飲んだ。ハーブティーのようで美味しい。ふぅーと息を吐いた。

「・・・あの、私。多分この世界じゃなく、違う世界から来たんだと思います。いえ、来ました」
ララが一瞬驚いたような顔をした。でも、すぐにニコッと笑った。
「やっぱり」
「え?!」
思ったのと違う反応に、カナエは逆に驚いた。
「なにか変だと思ってたのよね。名前からして違う感じだったし。魔法にすごく驚いているし」
「はい。私の生きていた世界では、魔法はありませんでした。だから驚いてしまって」
ララが興味深そうにうなずいた。

「あと、私、これまでの世界では、パソコンっていう機械を使って仕事をしていたんです。この世界に、パソコンはありますか?」
ララはまた不思議そうな顔をした。

「パソコン?知らないわね。この世界にはないわ」
「そうなんですか」
カナエはちょっと不安そうに下を向いた。
「パソコンってどんな機械なの?」

カナエは顔を上げた。
「パソコンはすごい機械で、いろいろなことができるんです。例えば、文章を書いたり、絵を描いたり。あと、写真や画像を変えることも。他にもできることがたくさんあります」
だんだん笑顔になっていった。パソコンで文章を書くのが大好きだからだ。
「そうなの。手を使わずに文章が書けたり絵が描けたりするの?」
「手を使わずに、っていうのはまた違うんですけど。手でキーボードを打った信号を、パソコンが画面に映す、みたいな。だから手で書くより早いんです」

ララが満足そうにうなずいた。
「へぇー。それだったら魔法でできるわね。だからこの世界にパソコンは普及しなかったのかしらね」
「ええっ?!魔法で文章を書いたり絵を描いたりできるんですか?」
「まぁ、魔法力が高い人だとできる人もいるわね。紙とペンを机に置いて、何を書くか考えて、魔法を使うとペンが動いて自動筆記してくれる、っていう感じ。でも、手で書いた方が早いって自分で書く人も多いわよ。絵も同じよ」
「そうなんですね!」

 カナエはこの世界は本当に魔法がある世界なんだと改めて実感した。さらに、ララの話を聞いている間にある強い思いが浮かんでいた。

 「ララさん」
「何?」
「あの、私魔法を使ったことがないんですけど、使えるようになりますか?」
「そうね。ごくたまに、生まれつき強い魔法力を持っている人もいるけど、大体は読み書きを学校で習うように、魔法は訓練して使えるようにしていくものよ。だから、逆に訓練すればするほど魔法力も強くなっていくわ」
「ララさん、私に魔法を教えてください!魔法を使えるようになりたいんです!」
ララは嬉しそうにうなずいた。
「もちろんよ。この世界で生きるのに魔法は必須だわ。でも、私よりもっと魔法を教えるのに適任がいるから、これから紹介するわね」
「これから?」
「ええ。ミアっていうのよ」
「そうなんですね」

 突然異世界に転移したカナエ。これからどんなことが起こるか、まだ知る由もなかった。
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