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8.わかってあげたい
8-③
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補習はあいかわらず退屈だった。学校は嫌いではないけれど、勉強は好きではない。あたりまえだ。好きならこうやって補習を受けていたりはしない。中学三年の後半は、いまから思えば頭がおかしくなってたのではないかと思うくらい勉強していたけれど、その反動かいまでは机に向かうこと自体が苦手になっていた。
「明ってなんだかんだ真面目だよな」
休み時間もエアコンのついている教室で、俺と武本は教科書をうちわにして涼んでいた。武本は、あまりにもしみじみとした声でそう言った。
「なんつーか、耳がちゃんと先生のほう向いてるって感じする」
普段は黒板なんて見ようともしない俺でも、少人数の補習ではなぜか背筋が伸びているような気がした。補習中の自分の姿を思い浮かべようとして、脳裏に見えたのはシュウの後姿だった。知らないあいだにシュウのくせが身についているのかもしれない。
「感化されたかな」
「感化?」
なんだかおもしろくなって笑った俺を、武本は不思議そうに眺めている。
「シュウのさ、くせが移ったかなって」
合点がいったように武本がうなずいて、そうしてやはりいつものようににかっと笑った。
「いいなあ、俺もシュウみたいに頭よくなりたいわ」
本人のいない場所でシュウのことが話題にのぼるなんて、いままで一度もなかったことだった。こんなにもシュウのことを考えている自分がいることに驚く。ずっと興味がなかったのに、あいつのことを好ましくさえ思っている自分が、心底不思議だった。
頭を動かしつづけていると、夏休みだというのに休んでいる気がしない。それでも学校にいると、走っていても余計なことを言われる必要がなかった。地元はちいさな町で、中学時代、俺の走っている姿が有名になったことがあった。走っている途中で見かけるひとたちはみんな知りあいだった。学校のなかで浮いていた俺が町の噂になるまで、たいした時間はかからなかったのだ。
学校の周囲はほかの部活がランニングをしていることもあるし、夏休みだからといって俺が半日走っていようが気にする住民はだれもいない。煩わしいことを避けていられるのはありがたかった。こういう瞬間、俺はやはりひと付き合いが苦手なのだと実感する。
シュウが受けている進学組の講習は午後も続いていて、その終わりと俺の練習終わりとが頻繁にかぶるようになった。最初に夕方の校門で鉢合わせた日、学校の近くにあるスーパーにシュウを誘って、一緒にアイスを食べた。たいした話はしなかったけれど、ふたりでいる時間を心地よく思った。
花火の日以来、シュウはよく笑うようになった。これまでも笑っていたけれど、それはずっと自分のなかに踏みこませないようにするための盾だったように思う。そして俺も、ひとと関わることからずっと逃げていたのに、いまはシュウと向き合いたいと思えた。
「おつかれ」
「シュウもな」
シュウはいま、すくなくとも俺に対しては本物の笑顔を作れるようになっていた。そう感じるのは、俺のうぬぼれだろうか。足の筋肉がパンパンになったことを感じて、気持ちよくランを終えたあと、部室棟から校舎のほうへと向かう。シュウは生徒玄関の日陰で、俺の部活が終わるのを待っていた。毎日ではない。ないけれど、こうしてふたりですごす時間に違和感を覚えなくなるくらいには頻繁に連れ立っていた。
「明ってなんだかんだ真面目だよな」
休み時間もエアコンのついている教室で、俺と武本は教科書をうちわにして涼んでいた。武本は、あまりにもしみじみとした声でそう言った。
「なんつーか、耳がちゃんと先生のほう向いてるって感じする」
普段は黒板なんて見ようともしない俺でも、少人数の補習ではなぜか背筋が伸びているような気がした。補習中の自分の姿を思い浮かべようとして、脳裏に見えたのはシュウの後姿だった。知らないあいだにシュウのくせが身についているのかもしれない。
「感化されたかな」
「感化?」
なんだかおもしろくなって笑った俺を、武本は不思議そうに眺めている。
「シュウのさ、くせが移ったかなって」
合点がいったように武本がうなずいて、そうしてやはりいつものようににかっと笑った。
「いいなあ、俺もシュウみたいに頭よくなりたいわ」
本人のいない場所でシュウのことが話題にのぼるなんて、いままで一度もなかったことだった。こんなにもシュウのことを考えている自分がいることに驚く。ずっと興味がなかったのに、あいつのことを好ましくさえ思っている自分が、心底不思議だった。
頭を動かしつづけていると、夏休みだというのに休んでいる気がしない。それでも学校にいると、走っていても余計なことを言われる必要がなかった。地元はちいさな町で、中学時代、俺の走っている姿が有名になったことがあった。走っている途中で見かけるひとたちはみんな知りあいだった。学校のなかで浮いていた俺が町の噂になるまで、たいした時間はかからなかったのだ。
学校の周囲はほかの部活がランニングをしていることもあるし、夏休みだからといって俺が半日走っていようが気にする住民はだれもいない。煩わしいことを避けていられるのはありがたかった。こういう瞬間、俺はやはりひと付き合いが苦手なのだと実感する。
シュウが受けている進学組の講習は午後も続いていて、その終わりと俺の練習終わりとが頻繁にかぶるようになった。最初に夕方の校門で鉢合わせた日、学校の近くにあるスーパーにシュウを誘って、一緒にアイスを食べた。たいした話はしなかったけれど、ふたりでいる時間を心地よく思った。
花火の日以来、シュウはよく笑うようになった。これまでも笑っていたけれど、それはずっと自分のなかに踏みこませないようにするための盾だったように思う。そして俺も、ひとと関わることからずっと逃げていたのに、いまはシュウと向き合いたいと思えた。
「おつかれ」
「シュウもな」
シュウはいま、すくなくとも俺に対しては本物の笑顔を作れるようになっていた。そう感じるのは、俺のうぬぼれだろうか。足の筋肉がパンパンになったことを感じて、気持ちよくランを終えたあと、部室棟から校舎のほうへと向かう。シュウは生徒玄関の日陰で、俺の部活が終わるのを待っていた。毎日ではない。ないけれど、こうしてふたりですごす時間に違和感を覚えなくなるくらいには頻繁に連れ立っていた。
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