かさなる、かさねる

ユウキ カノ

文字の大きさ
25 / 39
8.わかってあげたい

8-③

しおりを挟む
 補習はあいかわらず退屈だった。学校は嫌いではないけれど、勉強は好きではない。あたりまえだ。好きならこうやって補習を受けていたりはしない。中学三年の後半は、いまから思えば頭がおかしくなってたのではないかと思うくらい勉強していたけれど、その反動かいまでは机に向かうこと自体が苦手になっていた。
「明ってなんだかんだ真面目だよな」
 休み時間もエアコンのついている教室で、俺と武本は教科書をうちわにして涼んでいた。武本は、あまりにもしみじみとした声でそう言った。
「なんつーか、耳がちゃんと先生のほう向いてるって感じする」
 普段は黒板なんて見ようともしない俺でも、少人数の補習ではなぜか背筋が伸びているような気がした。補習中の自分の姿を思い浮かべようとして、脳裏に見えたのはシュウの後姿だった。知らないあいだにシュウのくせが身についているのかもしれない。
「感化されたかな」
「感化?」
 なんだかおもしろくなって笑った俺を、武本は不思議そうに眺めている。
「シュウのさ、くせが移ったかなって」
 合点がいったように武本がうなずいて、そうしてやはりいつものようににかっと笑った。
「いいなあ、俺もシュウみたいに頭よくなりたいわ」
 本人のいない場所でシュウのことが話題にのぼるなんて、いままで一度もなかったことだった。こんなにもシュウのことを考えている自分がいることに驚く。ずっと興味がなかったのに、あいつのことを好ましくさえ思っている自分が、心底不思議だった。
 頭を動かしつづけていると、夏休みだというのに休んでいる気がしない。それでも学校にいると、走っていても余計なことを言われる必要がなかった。地元はちいさな町で、中学時代、俺の走っている姿が有名になったことがあった。走っている途中で見かけるひとたちはみんな知りあいだった。学校のなかで浮いていた俺が町の噂になるまで、たいした時間はかからなかったのだ。
 学校の周囲はほかの部活がランニングをしていることもあるし、夏休みだからといって俺が半日走っていようが気にする住民はだれもいない。煩わしいことを避けていられるのはありがたかった。こういう瞬間、俺はやはりひと付き合いが苦手なのだと実感する。
 シュウが受けている進学組の講習は午後も続いていて、その終わりと俺の練習終わりとが頻繁にかぶるようになった。最初に夕方の校門で鉢合わせた日、学校の近くにあるスーパーにシュウを誘って、一緒にアイスを食べた。たいした話はしなかったけれど、ふたりでいる時間を心地よく思った。
 花火の日以来、シュウはよく笑うようになった。これまでも笑っていたけれど、それはずっと自分のなかに踏みこませないようにするための盾だったように思う。そして俺も、ひとと関わることからずっと逃げていたのに、いまはシュウと向き合いたいと思えた。
「おつかれ」
「シュウもな」
 シュウはいま、すくなくとも俺に対しては本物の笑顔を作れるようになっていた。そう感じるのは、俺のうぬぼれだろうか。足の筋肉がパンパンになったことを感じて、気持ちよくランを終えたあと、部室棟から校舎のほうへと向かう。シュウは生徒玄関の日陰で、俺の部活が終わるのを待っていた。毎日ではない。ないけれど、こうしてふたりですごす時間に違和感を覚えなくなるくらいには頻繁に連れ立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

処理中です...