なぎさくん。

待永 晄愛

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なぎさくん、どうしたの?

想先

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渚くんが学校に来なくなって1ヶ月間、私はずっと昔の渚くんを思い出していた。

それはキモいと思われてもしょうがないけど、やっぱり好きだし恋人同士になったらっていう妄想もする。

けど今の渚くんは唯一の友達と言える田中くんが少し暑苦しいのか、なんだか避けているように見えた。

今まであんなに仲が良さそうだったのにどうしたんだろう。

そう思っていると、突然目の前に恵奈の顔が現れた。

恵奈「また見てる。」

苺「…違うよ。」

恵奈「田中のどこがいいかねー。」

と、私の好きを勘違いしている恵奈は教室から逃げる渚くんを見ていた私から、女子の目線を隠すように空席になった渚くんの椅子に座った。

恵奈「まあ、モテ男が誰を選ぶかって話だから誰を妬んでも意味ないけどっ。」

恵奈は自分の口から“田中”という名前を出してしまったので、女子の目線を蹴散らすため少し大きな声でそう言った。

けど、恵奈も田中くんのこと好きそうだけど。

私は渚くんの背中を心配そうに見送る田中くんを横目で見る恵奈の目を見てまたそう思ったけど、何も言わないでおく。

恵奈「ねー、今日テス勉一緒にしよー。」

苺「あ、ごめん。今日は用事ある。」

今日はバイトの日だけど、渚くんが戻ってきたからお役御免なはず。

だから洗った前掛けを返して今後のことを話すことにした。

恵奈「用事?」

苺「うん。パパ活。」

恵奈「こんなど田舎でそんなことしたらすぐバレるよ。」

苺「まあ、本当のパパとー、ママとー、お姉ちゃんとで向こうの焼肉屋さん行くだけ。」

恵奈「…給食で焼肉出ないかなぁ。」

と、恵奈はため息をつき、渚くんの机に突っ伏すと休み時間1分前にしっかりと戻ってきた渚くんがその後ろにいて私は心臓が止まりそうになる。

苺「恵奈、潮原くん座りたいって。」

恵奈「ん?あ、ごめん。私も戻る。」

私に引っ張られた恵奈は悪びれた顔を一切せずに謝ると、そそくさと席に戻っていった。

苺「…ごめんね。」

私は静かに席に着いた渚くんに小声で謝ると、渚くんは横目で少し前にあの玄関先で見た眼光で私を一瞬睨み、口を少し開いた。

渚「べつに。」

と、朝見せてくれた笑顔の人と同一人物と思えないくらい、渚くんは冷たい返事をして机の中から次の授業の準備をし始める。

…嫌われた。

しかも、恵奈のせいで。

私はそれに落ち込み、隣に渚くんがいるという初日に地獄のような空気感で学校の1日を終え、自宅でバイト先に行く持ち物を揃えてから向かうとちょうど呼々夏おじさんと渚くんが話しているところに出くわした。

呼々夏「おー。ちょうどいいところに来た。」

とってもバットタイミング。

私はそう思ったけど、呼々夏おじさんはポンっと渚くんの肩を叩き、背後にあるサビがなくなったお店の自転車を指した。

呼々夏「あいつが直してくれたから礼のひとつくらい言っとけ。」

そう言うと呼々夏おじさんは私たちを置いて涼しいお店の中へ先に入っていってしまった。

しかも、渚くんは綺麗になった自転車を見るかのようにその下にあるアリの行列を見つめて私との時間を濁す。

それにしっかりと“嫌い”を感じた私は乗ってきた自分の自転車を道脇に止め、返すことにした前掛けが入っているトートバッグを抱きしめてお店に逃げようとすると渚くんがトートバッグの紐を掴んで引き止めた。

渚「…どうやったの。」

怒ってもいない、喜んでもいない、淡とした一言。

苺「どうって…。サビ取りの道具、使っただけ…。」

渚「そっか。」

えっと、なんて返せばいいのかな。

呼々夏おじさんはお礼を言いなって言ってたのに、渚くんは自転車の手入れの仕方をなぜか聞いてきた。

それに面食らった私は固まった口を開こうとしていると、先に渚くんの口が動いた。

渚「そんな簡単なことだったんだ。」

と、渚くんは寿命が尽きかけている自転車をまだ使おうとしているらしく、目尻を下げてそう呟いた。

苺「…あと、空気入れとかオイルも持ってきたから今度から使って。」

私は全てがボロボロだった呼々夏おじさんの酒屋さんを少しだけ活性化させるように、自分の給料で買った手入れ道具を置いているお店裏へ渚くんを案内すると私の背後にぴったりと着いてきているはずの渚くんの足音が聞こえないことに気づき、振り返る。

渚「なに?」

と、足音も気配もなかった渚くんが突然振り向いた私を見て不思議そうにする。

苺「い、いなくなったと思って…。」

渚「いるよ。」

…何かが変。

学校の時は冷たかったのに、今ここにいる渚くんは優しく私に笑いかけてる。

前の渚くんなら気分を表に出すようなこと、あまりしなかったのに。

それが大人っぽくてかっこいいなって思ってたのに。

けど、好きな人が私だけに笑顔を見せてくれる特別感はそれよりも好きを加速させて胸が重圧に耐えられなくなりそうになる。

苺「こっ、ここ。この物置の中にサビ取りの…」

1人で恋心を走らせる私はそれを紛らわせるように物置の扉に手を掛けると、それを止めるように渚くんは私の腕を掴んで自分の隣へ引っ張った。

すると、私たちより大きな物置は1秒を1分にするかのようにゆっくりと倒れて地面へ朽ちるように壊れた。

それに私が驚いて固まっていると、渚くんはその物置のクズを蹴飛ばしながら私が買った綺麗な空気入れを見つけて手に取った。

渚「これね。ありがとう。」

と、渚くんは何もなかったかのように私に笑顔を見せたけれど、物置が倒れた音を聞きつけて呼々夏おじさんの重い足音が駆けつけた。

呼々夏「すげー音したけど、大丈夫か?」

渚「僕は大丈夫です。哀川さんは?」

私は呼びかけられ、やっと現実に引き戻されて声を出せるようになった。

苺「怪我、…ないです。」

呼々夏「…よかった。詫びと言ったらしょぼいけど好きなもん食ってけ。」

そう言って、私の肩に手を置いた呼々夏おじさんの手はとても温かくてふとさっきの手を思い出す。

渚くんの手、夏にしては冷たかった。

ただ、冷え性で汗ばんだ手がとても冷たく感じたのかもしれない。

けど、冬で凍えた鉄パイプような渚くんの体温が私の腕に残り好きになったあの冬を思い出す。

渚「ありがとうございます。行こ?」

苺「…う、うん。」

私はぱちっと目を合わせて視線で引っ張った渚くんの汗の池がない背中についていき、涼しいお店の中で気を休ませてもらった。




待永 晄愛/なぎさくん。
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