なぎさくん。

待永 晄愛

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なぎさくん、なにしたの?

津々

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お父さんが死んでしまったことを光ねぇはしょうがないと言ったけど、悲しいという気持ちよりも悔しいという気持ちが強く溢れていて少し苛立っている。

そんな今日はもうバスがないから泊まり。

そうなると光ねぇは決まって言う。

光「もう、帰らないくていいよ。」

苺「…でも、お祭りの仕入れに来ただけだから。」

光「それは町の理由でしょ?なんで私に電話してきたの?」

苺「それは…」

私が言葉に迷っていると、お風呂から上がってきた渚くんとぱちっと目が合う。

渚「お先に頂きました。」

光「うん。2人とも好きなだけここにいていいからね。」

苺「…光ねぇ。」

光「お金の心配は要らないから。」

苺「やめてって…。」

強引に私たちを引き止める光ねぇに私は町の人と同じくらい嫌なものを感じていると、お風呂あがりの渚くんが突然光ねぇの手を触れて掴んだ。

渚「帰らないと。」

そう言った渚くんを瞬きひとつせず見つめる光ねぇは一粒涙を流したと同時に息を乱して泣き始めてしまった。

渚「帰って、準備しないと。」

そう念押しした渚くんがそっと手を離すと、光ねぇは渚くんを見て笑顔を作った。

光「分かった。」

苺「え…?」

光「お祭りは楽しまないといけないもんね。」

光ねぇは人が変わったように引き止めるのをやめてお祭りのための買い物まで手伝ってくれて見送ってくれた。

それが不思議でしょうがなかったけど、憑き物が取れたかのようにいつもの笑顔より自然な笑いを見せてくれた光ねぇに何か聞く勇気はなかった。

渚「今日は帰らないと。」

と、仕入れの物を呼々夏おじさんに確認してもらった渚くんは少し焦るそぶりを見せる。

呼々夏「体貸してもらって悪かった。これ持っていけ。」

そう言って呼々夏おじさんはいつも以上に大きいビニール袋に入ったおつまみやお酒を渚くんに渡して日が暮れる前に帰らせてしまった。

苺「…呼々夏おじさんって渚くんのー…お父さん?と知り合いなの?」

私は呼々夏おじさんの存在を知っていた男の人のことを聞くと呼々夏おじさんは頷いて答えてくれた。

呼々夏「正確には母親と元々知り合いで帰ってきたときにあいつと知り合ったって感じだ。」

苺「へー…。潮原くんのお父さんお母さんってどんな人?」

呼々夏「父親は呑んだくれで母親は遊び好きだな。」

お酒臭かったのはそう言うことなの…?

それで今日もビニール袋におつまみとお酒、3本のジュースを渚くんにあげたの?

呼々夏「2人してまともに働けない奴だから渚が働いてる。」

苺「…病気?」

呼々夏「アルコールとギャンブルの依存症だよなー…。」

と、呼々夏おじさんはとても辛そうにため息をついてお祭りの道具を段ボールに詰め始めた。

呼々夏「子ども2人は世話出来ないって言ってこっちに戻ってきたらしいんだが、それ以前に世話なんかしてねーんだよな…。」

苺「親なのに?」

呼々夏「親になっても自分で生んだ子を世話しない奴なんかざらにいるんだよ。だから実家のばあさんに頼みにきたんだろ。」

苺「おばあちゃん…?」

呼々夏「渚の母方の母親。そういえば最近ここらで見てないな。」

過ぎた日々を思い出すように空を見上げる呼々夏おじさんは手元の作業を止めてお店脇にあるレジに置いてあった写真たてを持って私の元に戻ってきた。

呼々夏「これが茉耶まやばぁ。もともとこのばあさんがここの店経営してたんだけど、足が悪くなってこの家の段差が辛くなって俺にくれたんだ。」

苺「へーっ。茉耶ばぁ可愛い。」

私は呼々夏おじさんの半分しかない身長のおばあちゃんを見る。

けど、私は一度も会ったことがないので不思議だった。

苺「いつお店もらったの?」

呼々夏「大体5年前か。そっから段々と来れなくなって…会ってなくて1年経つか?」

苺「潮原くんがこっち来たくらい?」

呼々夏「あーそうだな。そっから更に足が悪くなったって聞いたな。」

そっか。

私がここに来るようになったのはお小遣いがもらえるようになった中学生からだし、ちょうど足が悪くなっちゃったときだったんだ。

苺「だからジュース3本?」

呼々夏「リンゴは茉耶ばぁの好物だからな。」

いつもはあまり笑わない呼々夏おじさんも茉耶ばぁという渚くんのおばあちゃんには心を開いているみたいで昔話をたくさん教えてくれる。

その中で聞いたことある名前が出てきた。

呼々夏「親友の津田とよくここ来てツケアイス食ってたんだよ。」

苺「…津田くん?」

私がその名前を繰り返すと呼々夏おじさんはハッとした顔をして私の目を見て額にじんわりと汗をかき始める。

呼々夏「まあ引っ越しちまったんだけどな。頭がいい奴だから今頃なんかの先生さんになってるだろうよ。」

苺「呼々夏おじさんって何歳だっけ?」

呼々夏「…なんでだ?」

苺「お姉ちゃんの知り合いにも津田くんって人がいるから同じ人なのかなって。」

そう言うと呼々夏おじさんは目をパチクリさせてそばから言葉をかき集めるように目を回すと、少し震える口を動かした。

呼々夏「俺は今年で31だからきっと違う津田だ。苺の姉ちゃんはいくつだ?」

苺「26歳。」

呼々夏「ああ、だったら違うな。俺の津田は同い年だから。」

苺「そっか。」

なのになんでまだ焦ってるの?

私は嘘をつくのが得意じゃない呼々夏おじさんの手元にある茉耶ばぁをもう一度見てしっかりと顔を覚える。

小さい体に小さな顔。

全てが小さいのに大きいなお団子を頭に乗せて右側の唇上にチョコチップみたいなホクロがある顔立ちがとても綺麗なおばあちゃん。

目は渚くんと似て幅広い二重に負けないくらいまつ毛が長くてすっぴんでもお人形さんみたいに可愛い。

この人なら私の知らない昔のこと、たくさん教えてくれそう。

そう思い、私は渚くんにお願いすることにした。




待永 晄愛/なぎさくん。
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