なぎさくん。

待永 晄愛

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なぎさくん、どこにいるの?

狼煙

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さっきまで誰もいなかったのに私の家から町の入り口まで続いている行列は帰るまでにとても邪魔。

みんなには家出少女とされて探されていると田中くんに言われた手前、こんなにケロッとした感じで帰ってきていいのかと悩んでいるとトンと肩に手を置かれた。

「おい。」

…熱い。

から、きっと渚くんじゃない。

って言うことは…。

私はその腕を掴み、体があることをちゃんと確認してから後ろを見ると少し火照っている田中くんが私を見て驚いていた。

満路「なんでこんなとこにいんの?」

と、身をかがめて茂みに隠れていた私と同じように田中くんは体を小さくして隣に座った。

苺「お祝いの狼煙が見えたから。」

満路「…ああ。あれな。」

苺「田中くんは知ってたの?」

満路「知らないよ。今日、帰ってきたことも結婚するのも知った。」

苺「帰ってきた…?」

満路「光姉さんと話してないのか?」

電話は一方的にしか出来ないし、この間会った時はこっちに帰ってくるなんて一言もいってなかった。

苺「行かなきゃ。」

私は田中くんが掴みかけた手を振り払い、なりふり構わずみんなが綺麗に並ぶ道へ出ると騒めきが聞こえる。

けど、それよりもお母さんの結婚と光ねぇの帰省の意味が知りたい私は家に一直線に走り、最前にいた人を押しのけて家に入ると光ねぇがお祝いのプレゼントを受け取ってお母さんが深々と頭を下げていた。

光「苺、おかえり。」

と、光ねぇはいつもの笑顔で私を迎え入れた。

苺「なんで…、いるの?」

母「結婚するから。」

お母さんは嬉しそうに穏やかな笑顔を浮かべるけれど、私はもう何がなんだか分からなくてそのまま家に入り、お父さんの部屋だったベランダがある2階の部屋に行く。

すると、生活感がないほど綺麗に物が片付けられていて服や小物がない。

しかも、お気に入りのライターを置く定位置になっていた私が図工の授業で作ったぬいぐるみ用の机さえない。

…全部捨てられた時、こういう気持ちになるんだ。

私はあの日の光ねぇのように泣きじゃくるけど、すぐに涙を拭いてくれる人はいなくてそのまま畳の上に崩れていると隣から熱い空気がやってきてそれが私の背中を撫で始めた。

苺「…熱いからやめて。」

この生温い部屋で暑い日を浴びて火照っている田中くんの体温もみんなと同じくらい嫌で背中だけで逃げると、田中くんは呆れたように立ち上がって蝉時雨がとてもうるさい外と繋げるように窓を開けた。

満路「そういえば哀川がおねしょしたのもそこら辺で寝てた時か。」

苺「なにそれ。」

今変なことを言ってくる田中くんが意味分からなすぎて悔しさの涙が止まってしまったので私は体を起こし、おねしょした場所からそっと離れるように体を動かすと田中くんに笑われた。

満路「ここの部屋で遊んで俺が泊まったじゃん。覚えてない?」

苺「そんなことあったっけ。」

そんな記憶がない私は思い出を辿るように部屋を見渡したけど、家族で過ごした思い出しか思い出せない。

満路「マヒロくんと俺と3人で泡風呂で遊んだのも覚えてない?」

苺「…マヒロくんって誰?」

満路「光姉さんといつも一緒にいた人。」

苺「それって…」

私があの名前を出そうとすると誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。

満路「明日、みんなで遊びに行こうよ。」

苺「え?」

満路「ね?光姉さん。」

と、田中くんが声をかけた瞬間に顔が現れた光ねぇに話しかけた。

光「何が?」

満路「 みんなで川遊びしに行かない?」

光「…私はいいけど、お祭りの準備はいいの?」

満路「ひとりが抜けたってどうってことないでしょ。」

光「そうだけど…、跡取りの息子が遊びに行っちゃって大丈夫なの?」

満路「いいよ、別に。」

…光ねぇと田中くんってこんな風に話すほど、仲良かったっけ。

この間まで挨拶をしてるところも見たことなかったし、2人揃って一緒にいるのは久しぶり?というか初めてな気がする。

…初めてな気がする?

初めてなはずなのに、なんだか懐かしいという気持ちの方が強いのはなんでなんだろう。

光「じゃあ前に行ったとこ?」

満路「もちろん。次はバレないようにね。」

遊びの約束を取り付けた田中くんは光ねぇとバトンタッチするように部屋の外へ出て帰ってしまった。

光「…帰ってこなくてよかったのに。」

と、光ねぇは腰を落としながら私のそばに来てそう呟くと、お気に入りのキャラが刺繍されているハンドタオルで私の顔を拭いてくれた。

苺「だって結婚してほしくないんだもん。」

私は本音が言えなくなったお母さんの代わりを光ねぇにしてもらう。

けど、光ねぇはいつも通りすぐには回答をくれなくて何か他のことを考えている様子だった。

苺「帰ってきちゃったし、もう辞められないなら荷物まとめて出てく。光ねぇのとこに行ってもいい?」

そうお願いしてみたけど光ねぇは申し訳なさそうに首を振り、私の首元にあるコインケースを取り出すと自分のポケットに入れていた真新しいコインケースを出した。

光「新しいのとお年玉。大切に使ってね。」

と、古いコインケースを自分のズボンのポケットに入れた光ねぇはまだ手伝わないといけないと言って下に戻ってしまった。

お父さんの部屋に残された私はコインケースに入れられたキャッシュカードと新しい連絡先、カードの暗証番号の4桁が刻まれていることを確認した。

私はもう光ねぇにすら頼ることが出来ないと理解し、音を立てずに誰も知らない新しい場所へ行く荷造りをして次の日、光ねぇたちと川遊びに向かった。




待永 晄愛/なぎさくん。
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