なぎさくん。

待永 晄愛

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なぎさくん、どこにいるの?

風向

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「あれ、なぁに?」

私が禅くんに缶けりのルールを教えていると、禅くんは初めての鬼ごっこルールに飽きたらしく門の向こうに見える町を指した。

苺「あー。あれは結婚式のお祝いにあげる狼煙だよ。」

禅「へーっ。」

苺「白がお婿さんで赤がお嫁さんなんだよ。」

禅「けっこんしきってなーにぃ?」

そこから?

幼い子にどう説明したらいいか悩んでいると、山を降りて買い物に行ってきた渚くんが帰ってきた。

苺「呼々夏おじさん心配してた?」

私がお帰りよりも先にずっと気になっていたことを聞くと渚くんは大丈夫と言って買い物袋を下げたまま町を見下ろした。

渚「あの煙、何?」

苺「結婚式が決まった人の家で狼煙をあげるのがここの町の決まり。狭い町だからみんなでお祝いするためだよ。」

渚「…気持ち悪い。」

苺「なんで?」

渚「こっちが聞きたい。なんでそんなに町のみんなで何かしようとするの?」

そんなこと、思ったことなかった。

小さい町、狭い町、向こうからは少し離れてる町。

だからこそ、みんなで協力して助け合っていくのがこの町の暗黙のルール。

それが普通だと思ってたから1人でいることの方が違和感があった。

だから引っ越してきた渚くんが1人行動をしているのが目についたし、みんなが渚くんから一歩距離を取っている理由だった。

そんな渚くんが呼々夏おじさんの所で働いていることを知った時、朝早く来て本を読んでいることも、部活に入らないのも、放課後になると教室から1番に出ることも理解出来た。

けど、その様子を知っていた配達先に住んでいるみんなはなんでそれを理解しないんだろうと私は思うようになって、初めて自分の住んでいる町に疑問を持つようになった。

毎週ある町内会では一家の代表1人が必ず行くことや、毎月お母さんが財さんから借りている家の土地代を支払いに行くことや、毎年ある幸呼神社のお祭りが町1番の輝きを持つのに観光客が一切来ないこと。

私の普通が渚くんを通して普通じゃなくなっていく感じが少し嫌だったけど、光ねぇがここを嫌いと言う意味が分かった気がして嬉しくもなったりした。

だから渚くんの事を今でも好きと思うけど、最近はちょっと怒りっぽくて嫌。

渚「みんなでひとつのことをするってそんなに大切なこと?」

苺「…大切っていうか、自分がみんなと一緒って思えるからそうしたいのかなって最近は思う。」

渚「実際は一緒じゃないのに。」

…やっぱり、なんか怒ってる。

ここまで来るのに疲れたっていうのもあるんだろうけど、この町の人が普通と思っていることは渚くんにとって癇に障るんだろう。

禅「ねぇ。」

と、ピリついた私たちの空気を破るように私のシャツの裾を引っ張った禅くんはここから見える白い狼煙を指差した。

禅「おむこさんはなに?」

苺「ずっと一緒にいることを約束してくれる男の人、かな。」

禅「いっしょはだぁれ?」

苺「んー…、あそこら辺は…」

私は狼煙が上がっている火元を追うように町を見下ろすとそこは財さんのお屋敷だった。

けど、乙武家は乙武先生しか子どもがいなかったはず。

ということは2か月前くらいに奥さんが病死してしまった財さんが結婚するっていうこと?

今このタイミングになんでと思うけど、昨日楽しげに満彦おじさんと何か話していた姿は幸せが溢れていた気がしたし、年齢も年齢だから早く結婚の話を進めたいんだろう。

そう思っていると、お昼ご飯のそうめんを湯がいていた茉耶ばぁがカラカラと引き戸を開けて出てくると狼煙を見るように空を見上げた。

茉耶「まぁ…、ここ数年は見なかったねぇ。」

苺「乙武さんが結婚するっぽいです。」

茉耶「富士波くんか?」

苺「そっちはこの間死んじゃったので…、財さんだと思います。」

私がそう言うと茉耶ばぁは目を見開いて淡いピンクが残る空をペロッと舐めた指差し、そこから下へ指先と視線を落とした。

茉耶「光ちゃん家。」

と、茉耶ばぁは私の家付近を指して呟いた。

苺「…財さんとお母さんが?」

そう聞いたけど茉耶ばぁはなにも言わずにご飯食べようと言ってプレハブ小屋に戻ってしまった。

禅「タカラって、おたから?」

苺「違うよ…。ここら辺の土地を管理してる人…。」

禅「とちぃ…?」

苺「帰らないと。」

私は貸してもらっていたスニーカーの紐を結び直そうと手を伸ばすとそれと止めるように冷えた手が現れて掴まれた。

渚「帰らないんじゃないの?」

と、渚くんは私をじっと見てお腹の底から湧き上がる焦りを少し抑えてくれる。

苺「お父さんが死んで寂しいのは分かるけど、乙武さんとは家族になりたくない。」

渚「なんで?お金持ちじゃん。」

苺「…嫌なの。乙武って人が。」

渚「乙武先生は死んだよ?」

苺「それでも嫌。昔から好きじゃない。」

ずっと昔からみんなが慕っている乙武家はなんだか好きと思えない。

多分、みんなが渚くんから一歩距離を置くことと近い感じ。

けど、一歩距離を置くのはただ違う世界の人って事ではなくて近づいたら自分が全て飲み込まれちゃいそうな感じがするから。

だからたまに集金日にお母さんについていく事があっても玄関先で2人のお話が終わるまで2、3時間は待ってた。

お屋敷の使用人さんに別の部屋にどうぞとも言われたけど、あの家に入ったらダメな感じがしてあそこは玄関のイメージしかない。

その玄関には魔除けの鬼面やトゲトゲした額縁の姿見、高そうな壺や奇妙な猫だらけの絵があってそれが財さんのイメージになったんだと思うけど、私の知らないところで『乙武 苺』にはなりたくない。

苺「止められるとは思ってないけど、お父さんとの思い出がいっぱい詰まってる家はあの人に荒らされたくないから帰るの。だから邪魔しないで。」

私は痛いほど冷たい渚くんの手を払い、紐を結び直すと渚くんが私の前に立った。

苺「帰る。ばいばい。」

渚くんを無視するように一歩踏み出すと、私の手をまた渚くんは掴んできた。

渚「送る。」

そう言って渚くんはひとりでは絶対帰れなかった階段と道のりを案内し、幸呼神社前までやってくるとずっと私を支えてくれた手を離した。

渚「なにかあったら僕の家来て。」

苺「…呼々夏おじさんのとこじゃなくて?」

私がそう聞くと渚くんは少しだけ眉を寄せてムズムズさせる口を開いた。

渚「呼々夏さんはお祭りの準備で忙しいからあんまりいないんだって。」

苺「そっか…。」

そしたら今から幸呼神社に行って、呼々夏おじさんと満彦おじさんに話を聞きに行こうかなと林の向こうに見える幸呼神社を見ているとそれを隠すように腕が伸びてきて体から冷気まで感じる渚くんに引き寄せられた。

渚「シシナって呼べばいつでも来るから。」

と、渚くんは私の耳元でそう呟くとじゃあと言って喪雨月山の方へ戻っていってしまった。

私は渚くんに一瞬抱きしめられたことで胸の高鳴りが抑えきれず、そのまま興奮気味の足で家に走って向かった。




待永 晄愛/なぎさくん。
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