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始まりは王女の名で
偽りの朝①
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寝返りをうったと同時に目を覚ましてしまった。まだ慣れない寝台に横たわったまま、視線を四方にめぐらせてみる。きっちりと閉じられたカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいて、思わず嘆息してしまう。
メイドだった私は、朝になれば慌ただしく身支度を整えて持ち場に向かう。それが当たり前の毎日で何の不満もなかった。……そりゃまぁ、ちょっとはあった。部屋付きメイドの衣装が可愛くて羨ましいとか、メイド長のお小言が長すぎるとか、そんな些細なこと。
目まぐるしい生活の中で出てくる小さな不満は夜が明けないことを願う程のことではないし、日常の小さな不満をくるりと押し込めるほど充実した毎日を送っていた。だから、朝日を見て溜息を付く日が来るなんて、思ってもみなかった。でも、今、朝日に向かって悪態を付きたい自分がいる。
それはなぜかというと、また……偽りの一日が始まるから。
そんなことを考えていたら完全に目が覚めてしまい、ゆっくりと半身を起こす。暑い生地のカーテンは僅かに朝日の侵入を許しているけれど、それでも部屋全体は薄暗い。
ほんの少し前なら習慣で勢い良くカーテンを左右に開け、そのままの勢いで窓も開けて、夜の湿った空気を入れ替えていた。けれど今は、両手を胸の上で強く組むのが習慣となってしまった。その姿は、まるで、祈りを捧げているかのよう。
大丈夫、まだ、気付かれてはいない
祈りというよりは、自分に言い聞かせるように、組んだ指に力を入れて何度も大丈夫と心の中で呟く。このまま時が過ぎ去れば逃げ切れる。だから絶対に、絶対に見つかってはいけない。気付かれてもいけない。
俯いた瞬間、橡色の髪がさらりと肩から落ちる。それを指でつまみ再び嘆息する。幼い頃は癖のない黒色だった髪が、成長するにしたがい色素の薄い橡色になってしまった。この髪がせめて黒色のままだったら、少しは違ったのだろうか。
そんな憂う気持ちをよそに控えめな足音が聞こえてきた。その足音はゆっくりと、だが確実に近づいて私の部屋の前で止まった。
「おはようございます、ティリアさま。開けてもよろしいでしょうか?朝食をお持ちしました」
軽いノックの音と共に、涼やかな女性の声が扉越しに向けられる。毎度のことだけどその度にびくっと体が強張ってしまう。いつか慣れる日が来るのだろうか。
「……おはようユズリ、大丈夫、起きているわ。……どうぞお入りなさい」
かさついた唇を少し湿らせて、ゆっくりと慎重に声をかける。一拍の後、静かに扉が開き、女性が朝食とお茶が用意されたワゴンを引きながら滑るように部屋に入ってきた。
「ティリアさま、よく眠れましたか?」
そう私に声をかける女性ことユズリは、とても美しかった。艶のある金髪をうなじで一つに纏め、黒色の地味なメイドの衣装を着ていても、凛とした美しさは目を離せないもの。
自国だったアスラリア国の王城の部屋付きのメイドより、口調も所作も遥かに品がある。
「ええ、ユズリ、ありがとう」
私はそう言うと、王女らしく優雅に微笑んだ。
さて嫌だ嫌だと言っていても、昨日と同じ偽りの一日が始まってしまった。今、この瞬間から私は、《ティリア王女》を演じなければならない。
ちなみに私の名は《スラリス》。そしてティリア王女の身代わり。本当だったら死んでいなければいけない人間。
ちなみにこの屋敷にいる数名は、誰も私の本当の名を知らない。
なぜなら私がずっと、ここにいる人たちを欺いているから。
メイドだった私は、朝になれば慌ただしく身支度を整えて持ち場に向かう。それが当たり前の毎日で何の不満もなかった。……そりゃまぁ、ちょっとはあった。部屋付きメイドの衣装が可愛くて羨ましいとか、メイド長のお小言が長すぎるとか、そんな些細なこと。
目まぐるしい生活の中で出てくる小さな不満は夜が明けないことを願う程のことではないし、日常の小さな不満をくるりと押し込めるほど充実した毎日を送っていた。だから、朝日を見て溜息を付く日が来るなんて、思ってもみなかった。でも、今、朝日に向かって悪態を付きたい自分がいる。
それはなぜかというと、また……偽りの一日が始まるから。
そんなことを考えていたら完全に目が覚めてしまい、ゆっくりと半身を起こす。暑い生地のカーテンは僅かに朝日の侵入を許しているけれど、それでも部屋全体は薄暗い。
ほんの少し前なら習慣で勢い良くカーテンを左右に開け、そのままの勢いで窓も開けて、夜の湿った空気を入れ替えていた。けれど今は、両手を胸の上で強く組むのが習慣となってしまった。その姿は、まるで、祈りを捧げているかのよう。
大丈夫、まだ、気付かれてはいない
祈りというよりは、自分に言い聞かせるように、組んだ指に力を入れて何度も大丈夫と心の中で呟く。このまま時が過ぎ去れば逃げ切れる。だから絶対に、絶対に見つかってはいけない。気付かれてもいけない。
俯いた瞬間、橡色の髪がさらりと肩から落ちる。それを指でつまみ再び嘆息する。幼い頃は癖のない黒色だった髪が、成長するにしたがい色素の薄い橡色になってしまった。この髪がせめて黒色のままだったら、少しは違ったのだろうか。
そんな憂う気持ちをよそに控えめな足音が聞こえてきた。その足音はゆっくりと、だが確実に近づいて私の部屋の前で止まった。
「おはようございます、ティリアさま。開けてもよろしいでしょうか?朝食をお持ちしました」
軽いノックの音と共に、涼やかな女性の声が扉越しに向けられる。毎度のことだけどその度にびくっと体が強張ってしまう。いつか慣れる日が来るのだろうか。
「……おはようユズリ、大丈夫、起きているわ。……どうぞお入りなさい」
かさついた唇を少し湿らせて、ゆっくりと慎重に声をかける。一拍の後、静かに扉が開き、女性が朝食とお茶が用意されたワゴンを引きながら滑るように部屋に入ってきた。
「ティリアさま、よく眠れましたか?」
そう私に声をかける女性ことユズリは、とても美しかった。艶のある金髪をうなじで一つに纏め、黒色の地味なメイドの衣装を着ていても、凛とした美しさは目を離せないもの。
自国だったアスラリア国の王城の部屋付きのメイドより、口調も所作も遥かに品がある。
「ええ、ユズリ、ありがとう」
私はそう言うと、王女らしく優雅に微笑んだ。
さて嫌だ嫌だと言っていても、昨日と同じ偽りの一日が始まってしまった。今、この瞬間から私は、《ティリア王女》を演じなければならない。
ちなみに私の名は《スラリス》。そしてティリア王女の身代わり。本当だったら死んでいなければいけない人間。
ちなみにこの屋敷にいる数名は、誰も私の本当の名を知らない。
なぜなら私がずっと、ここにいる人たちを欺いているから。
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