身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

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始まりは王女の名で

偽りの朝③

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 入室の許可を求める声が聞こえても、やんごとなき身分の人間は、まかり間違っても自分から【はーい】などと言って扉を開けに行ってはいけない。きっちりと3拍あけて傍らで控えているユズリに小さく頷く。それが合図となり、ユズリは無言で扉を開けた。

「おはようございます。入りますよ」

 部屋に入って来た青年は線が細く、肩にかかる髪は艶やかな漆黒。女装をすれば間違いなく見破られることはないだろう。肌のきめ細かさとかちょっと羨ましい。ちなみに彼が纏っているのは真っ白な上着。これは医療に携わるものの証。

「診察に参りました。ティリアさま」

 片手に薬箱を抱えながら寝台まで歩みを進めた彼の名は、ケイノフ。ユズリと同様に、この屋敷に住まう者の一人であり、現在、私の主治医でもある。

「お加減はいかがですか?」

 挨拶もそこそこに、ケイノフは私の寝台に腰を下ろす。異性がベッドに座っても驚くことはしない。なぜならもうすでに日常となりつつある、診察の時間だからである。

「……おかげさまで」

 何がおかげさまなのだろうかと、疑問がむくりと湧きあがるが、やんごとなき身分の人間は大抵この一言ですましている。
 
 湧きあがった懸念と不安を、与えられることが当然という笑顔で無理矢理押しつぶす。そして、少し首を傾げてケイノフを見つめれば、彼はそうですかと軽く頷くと、淡々と問診を続けた。

「では、めまいや吐き気は?」
「いいえ、大丈夫ですわ」

 ケイノフの言葉は、始終穏やかではあるが、どことなく有無を言わせないものがある。それは、彼が医師であるからか、それとも別の理由があるのかは、病気知らずで生きてきた私ではわからない。

「そうですか。それなら問題ありません。火傷のほうは手当てが早かったので、順調に回復しています。痕も残らないと思いますので安心してください。……ただ足の裏の傷は、まだ、時間がかかると思います。当分は安静にしていてください」

 ケイノフの言葉に素直に頷いた。今だ足の裏は熱を帯び疼くような痛みがある。ただ我慢できないほどの痛みではなかったので、つい昨日、ベッドから降りてみた。

 ……全体重が乗っかった足の裏が悲鳴を上げたのは当然のことで、私はその後ベッド息も絶え絶えに戻りこっそり悶絶するハメになったのだ。そんなこんなで、未だ私はここから、逃げ出せない。

「新しい塗り薬をご用意しましたので、後ほどユズリにやってもらってください。あと、飲み薬は引き続きお飲みください」
「ぅ……は、はい」

 うげっと顔を顰めそうになるのを何とか堪える。
 ケイノフの用意する飲み薬は恐ろしく苦い。ただ飲み始めてみると、傷の治りは驚くほど早かったので、効き目と苦さが正比例しているのだろう。贅沢を言うならば、できれば私の口に入る前に、味の改良もして欲しかった。

「それでは、どうぞお大事に。何か必要なものがありましたら、ユズリに申し付けくださいね」

 そう言い残すと、ケイノフはさっと部屋を出ていこうとした。が、そうは問屋が卸さない。

「お待ちください」

 慌ててティリア王女の声音を作り、ケイノフを引き留めた。次いで、もう何回目かになる質問を投げつけた。

「いい加減、この場所を教えてください。そして、あなた方のことも、もう少し詳しく教えてください」

 私の質問を受けたケイノフは、ちらりとユズリを見た。が、それは一瞬のことで彼は淡々と口を開いた。

「ここはアスラリアの城から少し離れた場所ですが追っ手は来ません。ですから安心して治療に専念してください。私達はあなたに決して危害を与えるようなものではありません。その点も、ご安心を」
「えっ、あの……そうじゃなくて……」

 曖昧すぎる。いつものことだが質問に答えているようで、ケイノフは何一つ明確に答えてくれない。けれど私は曖昧なままでいるつもりはない。再び追求しようと口を開きかけた瞬間───。

「姫さん、お目覚めですか~」

 今度は、断りも無く扉が開かれてしまった。
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